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国木田独歩住居跡の紹介

渋谷には、過去多くの文豪が時代をまたいで住んでいた。渋谷区のホームページ「文化人の碑」にどこに何があるかが書かれている。
さて今回はそのトップで紹介されている「国木田独歩住居跡」について。
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渋谷区役所の前を通過し、税務事務所を越え、226事件慰霊碑を過ぎると、歩道脇にひとつの木製の碑を見つけることができる。ちょうどAMWAY本社ビルの目の前である。この木製の碑が「国木田独歩住居跡」である。
明治の文豪が作家としてデビューする直前、二十代半ばの一時期を過ごした場所がここである。そのころの渋谷は今と違い、まだ草深い東京郊外の地であった。今でいう武蔵野の面影が色濃くでている風景が広がっていたそうである。
「武蔵野」の冒頭には、『自分は二十九年の秋の初めから春の初めまで、渋谷村の小さな茅屋に住んでいた。』と書かれているので、この付近はまだ草深い東京といっても郊外であったことが証明できる文章でもある。事実、我家は大正時代に今の場所に移り住んだのであるが、当時は東京市豊多摩郡渋谷村という地番であったそうである(祖父母から聞いたことがあり、そのまま記述した。今ネットで調べると、東京府豊多摩郡渋谷町が正解のようである)。
また、「十年前の田園生活」では、独歩が住んだころ坂の下は一面田んぼで、今の井の頭通りと思われる道ももその中を走る小路に過ぎなかったようだ。坂の入口には扉も何もない形だけの門があり、くぐると今と同じように爪先上がりの勾配が続いていたという。 今の渋谷とは想像もできないような田園地帯であったようである。
木柱の横面には国木田独歩の簡単な略歴が書かれている。
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確かに、私が生まれた頃、そして幼児期は近所をよく駆け回って遊んだものである。今と違い、交通量も少なく(というよりは皆無)、交通事故など気にしたことはなかった。時代の変化はめまぐるしいものである。

国木田独歩について、より詳しく知りたいという人は、http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person38.html
をご覧あれ。ウィキペディアへのリンクもついている!
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by motokunnk | 2010-08-05 20:11 | 記念碑 | Trackback | Comments(0)
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