有望な若手ライダーの早世・富沢祥也、サンマリノに死す

MotoGP第12戦サンマリノGPのMoto2クラスの決勝レース、好スタートをきった富沢祥也は一時はトップにたち、開幕戦の輝きを取り戻したかに見えた。その後、順位を落としてしまったが、トップグループに食らいついて、差のない5位を走行しているときに事故は起こってしまった。
ニュースによれば縁石に乗り上げて転倒したとあるが、CATVを見ていた感じではハイサイドによる転倒であったかのように思えた。最初は誰が転倒したのかわからなかった(TVではトップをとらえていたので)が、解説の青木拓磨が冨沢ではないかと発言し、リプレィ画像で富沢祥也であることを確認したしだいである。事故自体はしょうがないが、悲惨だったのは、後続のライダーが避けきれずに富沢祥也をひいてしまったことである。
TVではレスキューによる活動も映し出されていたが(担架により、コース外への移動)、そのときの青木琢磨の一言が耳に残った。「たいしたことがなければいいのですが。」正確ではないが、このようなことを言ったようである。彼もバイクで脊髄損傷の大事故を経験している(青木三兄弟として有名で事故がなかれば、WGPでのチャンピオンは間違いないであろうといわれた逸材であったと私は思う)彼の一言にこれは重大な事故なのだと確信した。
確かに、富沢祥也は担架の上でぐったりしていたように見えた。普通意識があれば手を動かすなりしているものである。
レース終了後のテロップでメディカルセンターから病院に搬送されたことを知り、そして番組最後、MotoGPクラスレース後にアナウンサーの口から富沢祥也の訃報が報じられた。
レース中の事故はある程度しょうがないことではあるが、不幸だったのは、団子状態の先頭を走っている状態での転倒だったこと、そして後続のライダーが2人も避けられなかったことであろう。その意味では悔やんでも悔やみきれない事故だったと思う。
富沢祥也、このブログでも書いたことがあるが、彼は昨年からMotoGPへ本格参戦した日本の若手である。250ccが様替わりしMoto2クラスとなった今年の開幕戦で見事に優勝を飾り、一躍メジャーとなったいわばシンデレラボーイといっていいと思う。第2戦も2位となり、Moto2クラスのチャンピオン候補ではないかといわれたが、その後は不運にも見舞われて表彰台にはあがることができなかった。
夏の短いインターバル以降は予選では速いが、決勝ではマシントラブルがでていい結果を残せなかったが、サンマリノでは予選8位から好スタートをきりトップ争いをして久々の表彰台が狙える位置にいたのが災いしてしまったのかもしれない。限界を超えたライディングがハイサイドを招き転倒してしまったのかもしれない。非常に残念である。
富沢祥也の冥福をいのろうではないか。このブログでも富沢祥也のタグをつけていたが、こんな内容でラストをむかえるとは夢にも思わなかった。
なおホンダも追悼の一文を掲載している → http://www.honda.co.jp/HRC/news/topics/20100906/

事故のニュースは → http://www.afpbb.com/article/sports/motor-sports/wgp/2753558/6148924
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by motokunnk | 2010-09-06 19:36 | スポーツ全般 | Trackback | Comments(0)
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