真夏の祭典、鈴鹿8時間耐久レース

今年も8耐の季節がやってきた。昨日、鈴鹿サーキットで毎年恒例となった鈴鹿8時間耐久レースが開催された。私が8耐とのちながりは1985年である。それより前も8耐のことは知っていたが、レース自体を見たことはなかった。ひょんなことで1985年はTVの録画放送で8耐を見た記憶がある。
この年は、ケニーロバーツが平忠彦と組んでヤマハのワークスマシンで参戦したことで当時有名となった。ただ結果はゴール30分前まで2位以下をリードしていたが、その後エンジントラブルでリタイアしてしまった。そして優勝したのはワインガートナー、徳野組のホンダのワークスチームであった。
このレース以来、ガードナーファンとなってしまった私であるが、そのガードナーも引退し、最近は8耐といっても結果をチェックするぐらいであった。そして今年の8耐も新聞では予選ではヨシムラスズキがポールポジションをとったことは知っていた。そして今朝の新聞でF.C.C. TSR Hondaが優勝したことを知った。
ライダーの名前の中に伊藤真一の名を発見し、昨年末に引退したのではと思い、調べてみると何と彼は宮城県出身であった。東日本大震災から復興しようとする地元を励ますために引退を撤回して8耐に参加したそうである。そういえば、昨日のスポーツニュースで2002年のワールドカップで日本初ゴールを決めた鈴木隆行も茨城県出身でアメリカサッカーチームのコーチのオファーを断って水戸のJ2チームに入団し、昨日の勝利に貢献したとか、何かに秀でたスポーツ選手の頑張りが地元に勇気を与えているのは事実のようである。
伊藤真一というライダーであるが、彼は若いときからメチャクチャ速く、今で言うMotoGP(当時はGP500クラス)に1993年からフル参戦している。優勝経験は1度もないが、速さは一級品であったと記憶している。ホンダワークスチーム所属だったためか、GPマシン開発もあり、GP500挑戦は4年間で終了その後はマシン開発や日本のレースで光る走りを見せてくれたライダーである。その彼が引退を撤回して8耐に参戦し、見事に優勝してしまう。何かドラマよりもかっこいいではないかと思う。
今回は震災による節電対策の影響でレースもゴール時間を午後6時半に設定するなど、いつものライトを点灯してのゴールではなかったそうだが、きっと表彰式は盛り上がったのではないかと思う。

鈴鹿8時間耐久レース → 公式ホームページ(結果、談話など盛りだくさんの内容)
伊藤真一 → 伊藤真一(ウィキペディア:外部リンクにSHIN1KRT.NETあり、一見の価値あり)
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by motokunnk | 2011-08-01 19:32 | スポーツ全般 | Trackback | Comments(0)
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