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今日は酉の市、今年は会社の近所の神社へ!

昨日、ブログで田中大臣について書いたが、今朝の新聞やニュースを見ると前言を撤回して3大学は認可するとの発言、この人何だったのと思ってしまう。ただ、前回の発言であった審議会のメンバーや制度改革はぜひやってほしい!
さて今日は酉の市である。三の酉まである年は火事が多いといわれている(昨年が該当)が、今年は二の酉までで火事の心配はいらないようだ。さて毎度、渋谷の宮益御嶽神社の酉の市の紹介ではつまらないので、今回は勤務先の近所にある酉の市を紹介することにする。
ネットの世界は便利なもので、酉の市と東京を掛け合わせると、都内で酉の市を開催している神社がヒットする。酉の市の夕方にはニュースなどで取り上げられている新宿の花園神社や浅草の鷲神社のほか、各所で酉の市が開催されている。自宅の周りを見ると、ブログでも紹介した渋谷宮益御嶽神社のほかには中目黒にある目黒大鳥神社でも酉の市がたっているようである。来年は時間がとれたら大鳥神社へ行ってみようかと思っているが果たしてどうなることやら。
さて会社は中央区なので中央区の神社で酉の市を開催している神社を探すと、築地の波除稲荷神社と人形町の松島神社で酉の市をやっていることがわかった。2つの神社のうち、波除稲荷神社は行ったことがあるので、そちらを候補にすることとした。また、そばのクライアントにも用事があるので昼間仕事で抜け出すには好都合である。
さて波除稲荷神社にはちょっとした思い出がある。それは数年前、築地市場移転がPFI事業でやられるとの計画があり(結局従来通りの工事体制となったが)、その際若干絡んでいた。そのプロジェクトで築地市場の見学をすることになり、この神社前で深夜に打合せをした記憶がある。それ以来の波除稲荷神社である。
そのときにも引率から聞いたような気がしたが神社の由来について調べておくことにした。ホームページによれば
「江戸時代、明暦の大火の後に4代将軍家綱公が手がけた最後の埋立の工事困難を極めたのが、この築地海面でした。堤防を築いても築いても激波にさらわれてしまうのです。或夜の事、海面を光りを放って漂うものがあり、人々は不思議に思って船を出してみると、それは立派な稲荷大神の御神体でした。皆は畏れて、早速現在の地に社殿を作りお祀りして、皆で盛大なお祭をしました。ところがそれからというものは、波風がピタリとおさまり、工事はやすやすと進み埋立も終了致しました。萬治2年(1659)の事です。人々は、その御神徳のあらたかさに驚き、稲荷大神に 『波除』 の尊称を奉り、又雲を従える<龍>、風を従える<虎>、一声で万物を威伏させる<獅子>の巨大な頭が数体奉納され、これを担いで回ったのが祭礼 『つきじ獅子祭』 の始まりです。それ以来今に至るまで、「災難を除き、波を乗り切る」 波除稲荷様として、災難除・厄除・商売繁盛・工事安全等の御神徳に崇敬が厚いのであります。その御神徳はその後も益々大きく、当時辺境の地であった築地も次第々々に開け、現在の如く繁華街となったのであります。」
とあり、由緒正しき神社であることがわかる。
午後に用事を作って、終了後に神社に立ち寄ることにした。思いのほか、用事が早く終了したので神社には午後3時過ぎには行くことができた。
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地図を持参しなかったが、付近までいくと、波除稲荷神社の(酉の市の)広告もあり、また街路塔にも宣伝があったので迷わずに行くことができた。神社はこじんまりとした造りではあるが、狭い境内には熊手の屋台がところ狭しと熊手を並べて商売をしていた。お客も市場関係者と見られる人が大きな熊手を購入する場面が見受けられた。
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やhり商売繁盛のゲン担ぎに熊手は必要なのかもしれない。
参考URL → 開運招福!商売繁盛!「東京の酉の市」
参考URL → 東京都内の酉の市
参考URL → 酉の市特集
参考URL → 波除稲荷神社
by motokunnk | 2012-11-08 19:43 | 神社・仏閣・城郭
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