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カテゴリ:神社・仏閣・城郭( 107 )

根津神社とつつじまつり

先日散歩をしていると、根津神社のつつじまつりのポスターが目にとまった。4月6日からG/Wまで開催されているらしい。ネットで調べてみると、文京つつじまつりとして有名のようである。
根津神社は名前は知っていたがまだ参拝したことがなかったのでいい機会なので参拝がてらつつじを見にいくことにした。表参道駅から東京メトロ・千代田線に乗り、根津駅で下車する。前をつつじまつりを見にいきそうな2人連れが歩いているのでそれについていくことにする。不忍通りには文京つつじまつりの幟や案内が各所に掲示されており迷うことなく神社に行けそうである。通りを歩いていくと根津神社入口という信号がある。車2台がすれ違える路地を歩いていくと右手に目指す根津神社が現れる。
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りっぱな鳥居と灯篭が迎えてくれた。またつつじまつりの期間中なのか、屋台もでており「まつり」の雰囲気が感じられた。境内はそこそこの広さがあり、まずは本殿で参拝、本社大神輿展覧という看板があるのでそちらにいくと徳川家宣が奉納した立派な神輿が飾られていた。説明を読むと4年に1度の大祭のときに繰り出されるそうだ。
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さて本題のつつじであるが、境内のある部分を区切って丘のようなものがありその一帯をつつじが埋め尽くしているりっぱなものであった。平日の午後ではあったが、多数の観光客が来ており、つつじ見物をしていた。毎年来ている人の話によればまだ満開ではないそうで、来週ぐらいが一番の見ごろではないかとのことであった。それにしてもよくこれだけのつつじを揃えたものだと感心してしまう。いわれを見ると、甲府徳川家の下屋敷であったそうで、その時代からつつじが植えられていたということのようだ。
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都内の公園は江戸時代の大名の下屋敷跡が多いが神社も下屋敷跡があることを初めて知ったのはよかった。帰りに文京区の工芸展を区の施設で開催されていたのでそれを見て帰ることにした。
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充実した午後のひとときであった。
参考URL → 根津神社
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by motokunnk | 2014-04-18 08:59 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

散歩の途中で見つけた2つの寺院

天気がよいときは散歩も気持ちがよいもので、ふだん歩かないような路地裏などを散策してみたくなるものである。この路はどこにでるのだろうなどとあきらかに行き止まりの路以外に足を運んでみたくなる。
そんな途中で見つけた寺院を紹介する。まずは室泉寺である。この寺院は明治通りからちょっと入ったところにある寺院で私は気がつかなかったが、寺院からの参道(というのかどうかは不明)が明治通りまで伸びていた。明治通りに沿った路地を散歩していて見つけた寺院である。
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歴史もありそうで、本殿のつくりも立派である。弘法大師をお祀りしてあるので真言宗系の寺院と見受けられる。新旧の仏像などもあり由緒正しき寺院のようだ。ネットで調べると「創建は不明だが、当初浄土真宗西本願寺派の寺院として芝金杉にあったものを、松平外記忠益が抱屋敷を和泉神鳳寺中興快圓比丘に寄附した際に、寺蹟を譲り受け、真言宗に改め寶泉寺と号して和泉神鳳寺中興快圓比丘の宿寺としたという。」とある。無断駐車厳禁の貼紙が目立つ寺院であった。
そしてこの寺院より恵比須よりにあるのが東北寺である。室泉寺と異なっていることは墓地を持っていることのようだ。境内は広くはないが囲いで囲われた箱庭もありなかなかの風情を感じさせる寺院である。これまたネットで調べると「至道無難(俗名相川源左衛門、延宝4年1676年没)が至道庵を営み、寛永6年麻布桜田町に創建、上杉弾正大弼の室(法名生善院慶巌栄余)が中興開基となり、元禄9年(1696)当地へ移転し、寺号を東北寺に改めたという。」とある。
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また別のサイトによれば、この寺院は島津家の菩提寺となっているそうで、島津家の墓がかなりの数あるようだ。墓地には島津以外にも有名人の墓があるそうで、戦国武将の坪内家定の墓もあるという。かわったところでは吉良上野介の正室富子の墓もあるそうだ。
我家の周りには由緒正しき寺院が数多くあるようだ。渋谷の地も若者ばかりが来る街ではなく、歴史を紐解く人たちの街であってもいいような気がした散歩であった。
参考URL → 猫のあしあと(東京の神社仏閣ガイド)

今未明に行われたMotoGP第2戦では初戦に続いてマルケスが開幕2連勝を飾ったそうである。史上最年少のチャンピオンとなったマルケスの勢いはとどまることを知らないようだ。どこまで連勝を続けていくのであろう、ロッシの再来ではなく、既にロッシを超える存在になっているのかもしれない。
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by motokunnk | 2014-04-14 09:13 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

110番の日とオシドリ観察

昨日、明治神宮まで散歩にでかけた。さしたる理由はないのだがTV(たぶんどこぞの民放のニュースの一コマだったと思う)で渡り鳥の特集的な映像が流れていたので、明治神宮に出かけることにした。
明治神宮といって、どこに渡り鳥がきているのか不思議に思う人もいるかもしれない。実は、明治神宮の宝物殿前にある池にオシドリがきているのである。昨年、このことを知り見物しにでかけたことがある。そして今年も見にいくことにした。
明治神宮までは徒歩で30分程度なので散歩コースとしては適切である。真冬なので東京メトロ表参道、明治神宮前両駅の地下通路を利用していくことにした。このルートだと地上を歩くことが全行程の2/3程度であり、地下はエアコンがきいているので暖をとることができありがたい。
途中、表参道ヒルズでは新春セールが開催されているようで、開店を待つ人(10時過ぎに通ったので)の列があった。寒い中ご苦労なことである(他人のことは言えないが!)。ヒルズを抜けて歩いていくと交番があるが、その前で警視庁のゆるきゃらが何やらチラシを配っている。休日(毎日が休日となった私にとって最近曜日の感覚がなくなってしまった)でもないのに何事かと思っていたら1月10日、110番の日であることを思い出した。
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それで110番のかけ方などを告知したチラシ+クリアフォルダを路ゆく人に配っているようであった。
夕方のニュースでも各地で110番に絡んだ警察の広報活動が紹介されていた。
さて明治神宮は初詣の参拝客が一段落したのか、それほど混雑はしていなかった。どちらかというとすいているといったほうが正解であろう。参道を歩く人も少なく、また宝物殿にいく路ではほとんど人とすれ違うことはなかった。目的の宝物殿前の池でオシドリを観察(写真に撮るといったほうが正しい)している人もまばらでゆっくりとオシドリ観察を楽しむことができた。
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オシドリのほうもリラックスしているようですいすいと泳ぎ回っていた。近くの保育園児(幼稚園児?)の集団がお散歩コースでオシドリを見ているのが私が観察しているときに訪れた唯一の訪問者であった。
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昨日、ブログでも書いたが細川護熙氏が都知事選挙への出馬を決めたようである。75歳だそうで、もし東京都知事となり東京オリンピックをむかえるとなると82歳になってしまう。人柄(電話魔でカルボナーラが大好き)はいいのだが、ちょっと歳が心配である。
参考URL → 明治神宮-自然・見どころ
*公式ホームページでもオシドリが紹介されている!
参考URL → 110番の日 各地でさまざまなイベント開催
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by motokunnk | 2014-01-11 08:55 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

アースガーデンが明日、境内でフリーマーケット開催

d0183174_19505336.jpg近くの神社の掲示板に、2月2日に境内でフリーマーケットが開催されるというポスターが掲示されていた。シブサンマーケットと書かれていたので、ネットで検索してみると、ご覧のようにポスターが書かれているホームページを見つけることができた。
アースガーデンという団体主催とあるが、そもそもアースガーデンなる団体がいかなる団体なのか知らずに調べていくと「キミドリ」という渋谷の馬券場並びにあるカフェ&バーが関連していることがわかった。
アースガーデンについての記述を見ると『「オーガニック&エコロジーとライフスタイル」をメインテーマに『アースデイ東京』『ライフスタイル・フォーラム』『国連大学 世界環境デ ー』等、数多くのイベントで、企画提案や制作運営をおこなってきました。』とあり、かなり前から滑動していたことがうかがえる。
任意団体とはいえ活動もしっかり根付いているようで、明日、散歩がてら金王八幡宮の境内を見てみようかと思う。
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「キミドリ」というお店はちょっと見で垢抜けており、競馬ファン相手のお店ではないこと、またシャレたバンがお店の車で近くのマンションの駐車場に止まっていたことが理解できた。このような活動をしている団体であればあのような店造りやバンを所有していることも納得である。
明日未明に雨の予報がでているが、天候はどうであろうか。金王八幡宮は宮司さんが女性と聞いている。女性ならではというわけではないが、境内を利用した各種イベントをコーディネイトしているその手腕は見事である。
ちゃんと神社のホームページでもこのイベントが紹介されており、ついでといってはなんだが3日の節分祭の催しまで案内されていた。
参考URL → シブサンマーケット開催!
参考URL → アースガーデンとは
参考URL → 金王八幡宮
参考URL → キミドリ
参考URL → 岡田准一と宮崎あおいの出会いの場は渋谷3丁目!
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by motokunnk | 2013-02-01 19:53 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

散歩を楽しく/いつもと同じお正月

正月三が日の過ごし方はいつもとほとんど同じである。昨年は喪中であったのでちょっと違っていたが、1日の朝はお雑煮を食してその後近所の神社で初詣するのが日課(というのもおかしいかもしれない。)である。
いつものとおり、昨日もお雑煮を食してブログを更新して近所の神社へ初詣にでかけた。近所の神社とは2ヶ所あって、渋谷氷川神社と金王八幡宮である。まずは渋谷氷川神社からお参りすることにした。氷川神社は最近訪れることがなく(前を通り過ぎることもなかった)、鳥居のそばに寄付のお願いが立てられていることに初めて気づいたほどである。
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初詣に参拝にきている人は少数で、明治神宮や有名な神社に比較すると数えられる参拝者数である。それでも本堂の前には10人程度の列ができてお参りする順番を待つことになる。数年前はお祭りほどではないにせよ、境内には屋台がでていたが、今年は屋台の「屋」の字もない、さびしい境内(いいかたをかえればすっきりしたという表現のほうがいいかもしれない)であった。
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本堂にも寄付のお願いの貼紙があり、寄付をすると屋根に葺く銅版に名前が刻印されるようである。お参りを終えて、もうひとつの神社、金王八幡宮へむかうことにする。神社の距離はそれほど離れておらず、徒歩で5分ほどでいけるレベルである。町会の掲示板には新年の挨拶が貼られ、正月気分を幹事させてくれる。途中にあるペットショップでは1日から営業を開始していた。ペットを預けて帰省する人向けなのか、ペットホテルも開設しているようだ。
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金王八幡宮は通勤ルートになっているので、境内には足を踏み入れていないが、神社の催しなどは掲示版でよく目にしているので、親近感のある神社である。晦日近辺には「茅輪」がおかれて参拝する人の無病息災を祈願しているのは例年通りのことであり、参拝先着者には甘酒が振舞われるのも例年通りである(すでにこのサービスは終了していた)。
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金王八幡宮も参拝者は氷川神社と同レベルで何人が参拝しているのかを数えられる程度であった。
渋谷駅まで足をのばしてみたが、駅前はいつもの休日よりも閑散としており(ショップは2日が初売りなので)、唯一初詣に出かける人と思しき家族連れが目立つ程度であった。正月気分を感じるとすれば、街にあるショウウィンドウや看板などかもしれない。こんな元日の風景もいつもの年と変わらない、例年通りが何事もなくいいことだと思えるお正月のようである。
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by motokunnk | 2013-01-02 08:10 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

奈良市の世界文化遺産はひとつではない!

先日、パルコで開催されていた「PIECE OF PEACE」展覧会を見てからというわけではないが、以前からではあるが世界遺産に興味を示すようになっている。鎌倉市も世界遺産に申請して調査がはいっているとか、世界遺産にまつわる話題はあるようだ。
そんなおり、こちらも以前、ブログで紹介した奈良県正倉院の改修工事を担当している友人からいつもの近況を知らせるメールがとどいた。いつもの近況のほかに2通の添付ファイルがついており、1通は東京駅改修・復原についての写真、他1通は奈良県世界遺産についての写真集であった。
世界遺産に興味を示している身としては、この奈良県の世界遺産の資料はありがたく頂戴することとした。さて奈良県に世界遺産があるのかと調べてみると、奈良市に点在する8資産をまとめて指定されていることがわかった。
ユネスコのホームページの中にある世界遺産滑動の中に奈良県の文化遺産紹介のページがあり、そのページによれば指定を受けたのが1998年、遺産名は「Historic Monuments of Ancient Nara」、平城遷都1300年の文化を伝える古都と題して「8世紀に日本に伝わり、その後独自の発展をとげた仏教建築群から代表として8つの物件が世界遺産に登録されました。それぞれの建築物は、神道や仏教など日本の宗教空間の特徴を見事にあらわしています。奈良では今日でもこれらの建物を活用して宗教儀礼や行事がさかんに行われ、住民の生活や精神の中に文化としていき続けています。」と説明されている。
8つの物件とは次の6施設、2エリアである。東大寺(とうだいじ)、興福寺(こうふくじ)、春日大社境内(かすがたいしゃけいだい)、春日山原始林(かすがやまげんしりん)、元興寺(がんごうじ)、薬師寺(やくしじ)、唐招提寺(とうしょうだいじ)、平城宮跡(へいじょうきゅうせき)
友人の写真にも見てわかるように、世界遺産を示す碑と外観写真がセットで8頁にわたっている。ではその一つ一つについて概要について簡単に調べたものを織り交ぜていく(ウィキペディアを参考にした)。
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東大寺(とうだいじ)
奈良時代に聖武天皇が国力を尽くして建立した寺である。「奈良の大仏」として知られる盧舎那仏(るしゃなぶつ)を本尊とした。今の大仏殿などが建立されたのは、天平年間(747年~)のようである。
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興福寺(こうふくじ)
藤原鎌足夫人の鏡大王が夫の病気平癒を願い、鎌足発願の釈迦三尊像を本尊として、天智天皇8年(669年)山背国山階(現京都府京都市山科区)に創建した山階寺(やましなでら)が当寺の起源である。和銅3年(710年)の平城遷都に際し、鎌足の子不比等は厩坂寺を平城京左京の現在地に移転し「興福寺」と名付けた。この710年が実質的な興福寺の創建年といえる。なぜか、大化の改新を調べている気分である。
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春日大社境内(かすがたいしゃけいだい)
奈良・平城京に遷都された710年(和銅3年)、藤原不比等が藤原氏の氏神である鹿島神(武甕槌命)を春日の御蓋山(みかさやま)に遷して祀り、春日神と称したのに始まる。境内では鹿が放し飼いされており、以前(20年以上も前のこと)訪問したときは鹿せんべいを与えた記憶がある。今でも当時と同じなのであろう、先日ニュースで秋篠宮一家が奈良を訪問したときの様子が放映されていた。
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春日山原始林(かすがやまげんしりん)
春日大社の山として神聖視され、樹木伐採が841年(承和8年)から禁じられてきたため、森林が極相に達した原生林が広がっている地域である。春日大社後方の御蓋山(みかさやま)からその東にある主峰の花山(標高498m)、香山(高山・こうぜん)らを含む一帯を総称して春日山という。今度、奈良を訪問する機会があれば是非行ってみたいエリアだと思う。
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元興寺(がんごうじ)
蘇我馬子が飛鳥に建立した、日本最古の本格的仏教寺院である法興寺がその前身である。法興寺は平城京遷都に伴って飛鳥から新都へ移転し、元興寺となった(ただし、飛鳥の法興寺も元の場所に残り、今日の飛鳥寺となっている)
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薬師寺(やくしじ)
天武天皇9年(680年)、天武天皇の発願により、飛鳥の藤原京(奈良県橿原市城殿(きどの)町)の地に造営が開始され、平城遷都後の8世紀初めに現在地の西ノ京に移転したものである。飛鳥の薬師寺(本薬師寺)の伽藍も10世紀頃までは引き続き存続していたと見られる。
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唐招提寺(とうしょうだいじ)
唐招提寺は唐僧・鑑真が天平宝字3年(759年)、新田部親王(天武天皇第7皇子)の旧宅跡を朝廷から譲り受け、寺としたものである。
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平城宮跡(へいじょうきゅうせき)
平城宮(へいぜいきゅう、へいじょうきゅう)は奈良の古都平城京の大内裏。現在復原された宮がある。d0183174_19505572.jpg
地図を見ると、半径数㎞に点在しているので、一日で観てまわるにはかなり厳しい工程になるであろうと思う。友人も数回にわけて休日を利用して見学したのではと思うと、もともと遺跡な歴史的建造物に興味がある人といえども頭の下がる思いである。
私もリタイアしたらぜひ古都奈良の散策をしてみようと思ているが、果たしていつ実現するかは?である。
参考URL → ユネスコ
参考URL → 平城宮跡
参考URL → 春日山原始林
参考URL → 元興寺
参考URL → 興福寺
参考URL → 春日大社
参考URL → 東大寺
参考URL → 薬師寺
参考URL → 唐招提寺
参考URL → 平城京節内の全座標を示した地図(GoogleMap)
参考URL → 友人からのメールと正倉院改修工事(私のブログ記事)
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by motokunnk | 2012-12-06 19:54 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

今日は酉の市、今年は会社の近所の神社へ!

昨日、ブログで田中大臣について書いたが、今朝の新聞やニュースを見ると前言を撤回して3大学は認可するとの発言、この人何だったのと思ってしまう。ただ、前回の発言であった審議会のメンバーや制度改革はぜひやってほしい!
さて今日は酉の市である。三の酉まである年は火事が多いといわれている(昨年が該当)が、今年は二の酉までで火事の心配はいらないようだ。さて毎度、渋谷の宮益御嶽神社の酉の市の紹介ではつまらないので、今回は勤務先の近所にある酉の市を紹介することにする。
ネットの世界は便利なもので、酉の市と東京を掛け合わせると、都内で酉の市を開催している神社がヒットする。酉の市の夕方にはニュースなどで取り上げられている新宿の花園神社や浅草の鷲神社のほか、各所で酉の市が開催されている。自宅の周りを見ると、ブログでも紹介した渋谷宮益御嶽神社のほかには中目黒にある目黒大鳥神社でも酉の市がたっているようである。来年は時間がとれたら大鳥神社へ行ってみようかと思っているが果たしてどうなることやら。
さて会社は中央区なので中央区の神社で酉の市を開催している神社を探すと、築地の波除稲荷神社と人形町の松島神社で酉の市をやっていることがわかった。2つの神社のうち、波除稲荷神社は行ったことがあるので、そちらを候補にすることとした。また、そばのクライアントにも用事があるので昼間仕事で抜け出すには好都合である。
さて波除稲荷神社にはちょっとした思い出がある。それは数年前、築地市場移転がPFI事業でやられるとの計画があり(結局従来通りの工事体制となったが)、その際若干絡んでいた。そのプロジェクトで築地市場の見学をすることになり、この神社前で深夜に打合せをした記憶がある。それ以来の波除稲荷神社である。
そのときにも引率から聞いたような気がしたが神社の由来について調べておくことにした。ホームページによれば
「江戸時代、明暦の大火の後に4代将軍家綱公が手がけた最後の埋立の工事困難を極めたのが、この築地海面でした。堤防を築いても築いても激波にさらわれてしまうのです。或夜の事、海面を光りを放って漂うものがあり、人々は不思議に思って船を出してみると、それは立派な稲荷大神の御神体でした。皆は畏れて、早速現在の地に社殿を作りお祀りして、皆で盛大なお祭をしました。ところがそれからというものは、波風がピタリとおさまり、工事はやすやすと進み埋立も終了致しました。萬治2年(1659)の事です。人々は、その御神徳のあらたかさに驚き、稲荷大神に 『波除』 の尊称を奉り、又雲を従える<龍>、風を従える<虎>、一声で万物を威伏させる<獅子>の巨大な頭が数体奉納され、これを担いで回ったのが祭礼 『つきじ獅子祭』 の始まりです。それ以来今に至るまで、「災難を除き、波を乗り切る」 波除稲荷様として、災難除・厄除・商売繁盛・工事安全等の御神徳に崇敬が厚いのであります。その御神徳はその後も益々大きく、当時辺境の地であった築地も次第々々に開け、現在の如く繁華街となったのであります。」
とあり、由緒正しき神社であることがわかる。
午後に用事を作って、終了後に神社に立ち寄ることにした。思いのほか、用事が早く終了したので神社には午後3時過ぎには行くことができた。
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地図を持参しなかったが、付近までいくと、波除稲荷神社の(酉の市の)広告もあり、また街路塔にも宣伝があったので迷わずに行くことができた。神社はこじんまりとした造りではあるが、狭い境内には熊手の屋台がところ狭しと熊手を並べて商売をしていた。お客も市場関係者と見られる人が大きな熊手を購入する場面が見受けられた。
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やhり商売繁盛のゲン担ぎに熊手は必要なのかもしれない。
参考URL → 開運招福!商売繁盛!「東京の酉の市」
参考URL → 東京都内の酉の市
参考URL → 酉の市特集
参考URL → 波除稲荷神社
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by motokunnk | 2012-11-08 19:43 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

散歩を楽しく/恵比寿神社のべったら市

毎年10月19、20日は恵比寿講の祭事であるといくことは、昨年のブログにも書いた記憶がある。また、べったら市と恵比寿講についても調べて書いた記憶がある(恵比寿講とべったら市)。
今年は、週末に恵比寿神社の大祭が開催されるので昨日行ってみることにした。
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数週間前から、恵比寿駅周辺では、「べったら市」「恵比寿神社大祭」の幟やポスターがたてられており祭りの予感を感じさせてた。恵比寿駅前には恵比寿像なるものがあるが、渋谷のハチ公ほど有名ではないようで、待ち合わせの場所としての利用はほとんどないようであるが、週末はそれでも数グループの待ち合わせには利用されているようである。
恵比寿神社の大祭は初めて行くので、境内は狭いので屋台などはでていないのではとおもいきや、恵比寿駅前からの通りに屋台が所狭しと並んでいた。
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ただ、どの屋台もべったらを売っているのではなく、通常の神社のお祭りでみかけるような商品を売っている店が多かった。
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かわったところでは「あゆの塩焼」を売っているお店もでていた。お目当ての「べったら」を売っている店は。恵比寿神社に曲がる路地の手前にあり、そこから恵比寿神社にかけては「べったら市」という名前通りにべったらを売る屋台だらけであった。
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恵比寿神社も区画整理事業でこの場所に遷座したときに天津神社から名前を恵比寿神社にしたそうであり、天津神社のときにはべったら市が開催されていたかは定かではない。ただし、ここ数十年は恵比寿神社のべったら市はこの一角では知られているのかもしれない。けっこうな人だかりであった。

ウィキペディア → 恵比寿神社(渋谷)
日本橋商店会→ べったら市紹介ページ
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by motokunnk | 2012-10-21 09:16 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

暑さ寒さも彼岸まで

よく言われた格言であるが、今年も秋分の日がやってきた。昨日から東京地方も最高気温が30度に満たない日となり、ようやく暑かった夏も終わりを告げたようである。
そして今日は秋分の日、22日が秋分の日となるのは116年ぶりのことだそうである。そして昨日から秋の全国交通安全運動がはじまっている。
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通りには町内会のテントが設置され週末なので町会の人はいないが、平日であれば当番で子供たちの登下校を見守っているのであろう。
お彼岸は墓参りの季節でもあり、花を持った人がお寺に行く姿を見受ける。特に目的もなく歩いていると、渋谷区の教育委員会のプレートが貼られたお寺を発見した。
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お寺の中に何か由緒のあるものが祀られているのかと思い、そのプレートを読んでみると、「隠原小学校旧跡」とある。この寺の向かい側に隠田・原宿両村の連合公立小学校として1881年に開校し、生徒数の増加にともない、1888年にこの地に校舎を新築し移転してきたのだそうだ。
残念ながら1945年5月の空襲で校舎を焼失してその後は生徒数の激減もあり、廃校となってしまったそうである。
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ちなみにお寺は妙園寺というらしい。境内には原宿発祥の地なる石碑もあり由緒ありそうなお寺のようである。

ウィキペディア → 秋分の日
ウィキペディア → 隠原小学校(おんばらしょうがっこう)
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by motokunnk | 2012-09-22 13:49 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

宮益坂御嶽神社の例大祭

渋谷郵便局の隣にある神社である宮益坂御嶽神社の例大祭が今日開催された。この神社は狼の狛犬が祀られていることで一部のマニアでは有名のようだが、地域の人にとってはさほど有名な神社ではないようである。
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酉の市や狛犬で2~3回、このブログで取り上げたことはあるが、例大祭では初めてである。例大祭がウィークディに開催されるので、サラリーマンの身としては帰宅途中に立ち寄るしか方法がない。まして通勤路の途中にあればいいのだが、ちょっと遠回りをしなければならず、なんだかんだで足が遠のいてしまう要因となっていたようだ。
さて今日も朝から雨模様であったのでどうしたものかと悩んでいたが、帰宅する時間帯には雨もやみ、風が涼しく感じられたので立ち寄ってみることにした。
夕方にこの神社に行くのは2度目である。前回と同じようにお店は境内にはほとんどなく、宮益坂に出されており、通勤帰りのサラリーマンやOL、そして通学帰りの高校生相手に商売をしていた。ほとんどが食べ物主体の屋台といってほうがよいようで、中にはテーブルまで用意している店も見られた。
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お店からすれば、1日出店でナンボ稼げるかが勝負なのでアイディアをかけて売り上げを伸ばすことに全力をかけているようであった。といってうるさい呼び込みはなく、どちらかといえば静かな例大祭という雰囲気であった。

渋谷宮益坂ホームページ → 宮益御嶽神社
神社探訪 → 宮益御嶽神社
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by motokunnk | 2012-09-19 19:52 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)