ムーアの好騎乗でスノーフェアリーが3カ国でG1勝利

凱旋門賞を制したジョッキーだけのことはあった。4コーナーから直線に向かう際、1頭だけ内ラチ沿に進路を変えて追い出しを図ると、他の人気馬をあざ笑うかのように矢のような加速を見せてスノーフェアリーは一気にトップにたった。
後は、後続との差を維持するだけで楽々ゴール、横綱相撲とはこのような競馬を指すのかもしれない。そう思わせる圧勝劇であった。
メイショウベルーガもよく追い込んだが、1着馬とは直線のコースどりの差が着差となって現れたようである。アパパネも現状で精一杯の走りを見せたと思うが、やはり歴戦の疲れが残っていたのかもしれない。人気馬による決着となったエリザベス女王杯であった。
エリザベス女王杯結果
1▲ 6 スノーフェアリー 牝3 54.0 R.ムーア 2:12.5  
2○ 9 メイショウベルーガ 牝5 56.0 池添謙一 2:13.2 4
3◎ 5 アパパネ 牝3 54.0 蛯名正義 2:13.5 1 3/4
4 17 リトルアマポーラ 牝5 56.0 福永祐一 2:13.5 ハナ
5△10 ヒカルアマランサス 牝4 56.0 C.ルメール 2:13.6 3/4

聞くところによると、スノーフェアリーはセリで売れ残ってしまった馬だったとか、日本円で21万円という値段で引き取られた馬がその百倍以上の賞金を稼ぐ孝行娘となったそれこ馬主にとってはそシンデレラのような存在であろう。
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# by motokunnk | 2010-11-14 16:16 | スポーツ全般 | Trackback(2) | Comments(0)

新宿中央公園のはずれには

新宿駅から中央公園を抜けるところにこの神社は建てられている。正確にはこの神社のほうが先に建てられているわけであるから、この神社から新宿駅よりにむけて公園が整備されたというほうが正しいのかもしれない。というわけで、十二社熊野神社のあらましについて調べてみる。
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十二社熊野神社の歴史を開設されているホームページから抜粋すると
室町時代の応永年間に中野長者と呼ばれた鈴木九郎が、故郷である紀州の熊野三山より十二所権現をうつし祠ったものと伝えられている。
江戸時代には、熊野十二所権現社と呼ばれ、幕府による社殿の整備や修復も何回か行われた。享保年間(17266~1735)には八代将軍吉宗が鷹狩を機会に参拝するようになり、滝や池を擁した周辺の風致は江戸西郊の景勝地として賑わい、文人墨客も多数訪れたという。
明治維新後は、現在の櫛御気野大神・伊邪奈美大神を祭神とし、熊野神社と改称し現在にいたっている
とある。江戸時代にはそうとう栄えた神社であったようである。
たまたま、年に1回のMRIの検査があり、近所の病院を訪ねた後に参拝したのであるが、時節柄七五三のお参りにきている家族連れが多く、記念写真を撮っている風景に出くわした。それと知らなかったことであるが、文化財も数多くあり、わざわざ栞を作成して参拝者に配布(といって本殿においてあるわけだが)している。その内容はホームページに文化財の項目があり、絵馬や神輿蔵、狛犬などが紹介されている。
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特に狛犬といえば、神社にかかせないものであるが、この神社の狛犬はご覧のように腹の下がくりぬきになっていない珍しいものである。享保12年(1727)「角筈村上野百姓店児講中」により寄進されたものといわれている。

公式ホームページ → http://homepage3.nifty.com/12so-kumanojinja/
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# by motokunnk | 2010-11-14 09:35 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

墨田川沿いの七福神

東京スカイツリーに行ったついでといっては失礼な言い方だが、三囲神社(みめぐりじんじゃ)に参拝してきた。実は、ネットでスカイツリーを調べているとこの神社前の歩道から撮影したスカイつりーの写真があり、私もそこからの写真を撮ってみようかと結構いいかげんな目的で参拝に出向いたというのが真相である。
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参拝に行ってみて驚いたことが二つあった。そのひとつは日本橋の三越にある「ライオン」がおかれていたことである。何故この三囲神社にライオンがおいてあるのかと調べてみると、呉服店の三井越後屋は、三囲神社を篤く信仰しており、三越本店の屋上にも遷座してあるという。その関係で、ライオンがこちらにおかれているとのこと、納得である。
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さて2つめは墨田川七福神というものがあり、そのうちの2体がこの神社に祭られているとのことである。記念スタンプを貼る色紙も売っており、スカイツリー見学者を狙っての商売なのかと感心してしまった。墨田川沿いには案内板も用意されており、力が入っているようである。七福神の1対は「さくら餅」でも有名な長命寺に安置されているという。今度時間があれば、隅田川の七福神を訪ねてみようかとも考えている。そういえば目黒にも七福神があるという。区のホームページにでていたような気がする。23区のうち果たしていくつの区が七福神めぐりを広報しているのか調べてみる価値はあるかもしれない。ひょんなことで三囲神社を参拝したが、いろいろな新しい知識を得ることとなった。
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# by motokunnk | 2010-11-13 17:11 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

史上初の同一年牝馬四冠制覇か、エリザベス女王杯

栗東滞在も明日で終了のアパパネであるが、最後に勝利の美酒を飲むのであろうか。古馬との初対決、海外牝馬との初対決など、初物づくしのエリザベス女王杯である。
ライバルのメイショウベルーがが池添親子の悲願でもあるG1親子制覇がかかっている。調子はよさそうであるので、こちらも本命としたい1頭ではある。また、海外からも今年は英国、愛国のオークスを制したスノーフェアリーが参戦してきている。
ただ、アパパネの史上初ずくめの秋華賞を見てしまった後では、この馬はどんなことでもやってしまうのではないかとも思える。したがって、明日はアパパネ本命、メイショウベルーガを対抗としてみた。
今日のメインを制した、デムーロ、ルメール騎乗の馬にも注意が必要、特にサンテミリオンには何かをやりそうな気配がある。

エリザベス女王杯の予想
◎ アパパネ
○ メイショウベルーガ
▲ スノーフェアリー
△ アニメイトバイオ、サンテミリオン、ヒカルアマランサス
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# by motokunnk | 2010-11-13 16:35 | スポーツ全般 | Trackback(6) | Comments(0)

浅草の活性化と東京スカイツリー

浅草まで行ったついでに東京スカイツリーを見てきた。東武伊勢崎線業平橋駅の目の前に東京スカイツリーの工事現場があり、ホームから工事の一部始終が見える(左側の写真がホームから撮ったもの)。
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着工当初は高さを610.6mとする計画であったが2009年10月に高さが634mとなるように計画を変更したため、完成すれば電波塔としては世界一、人工の建造物としてはブルジュ・ハリファの828mに次ぐ世界第2位の高さとなる。2011年冬に竣工し、翌春に開業予定である。
ホームからは見上げないと全容がわからないほどの高さまで完成しており、かなり離れないと、全容を写真で撮ることはできない。円筒形の電波塔であり、建設技術の粋を集めて建設されているようである。詳しくは日建設計のホームページに設計コンセプトが出ているので参照してほしい。
建設中にもかかわらず、観光名所となった「東京スカイツリー」は浅草のシンボルとして集客効果満点のようである。平日にもかかわらず、カメラを持った観光客らしき集団とすれ違うことが多々あった。
ライトアップもされているようだし、ホームページもある。浅草地区の活性化に一役かっている「東京スカイツリー」のようである。

ホームページ → http://www.tokyo-skytree.jp/

私の関連するブログ → 中央大橋とメッセンジャーとスカイツリー
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# by motokunnk | 2010-11-12 21:21 | 最新技術 | Trackback | Comments(0)

小惑星探査機「はやぶさ」のカプセル

某電気メーカーのユーザーフォーラムではやぶさのカプセルが展示されていることを聞き、見に行ってしまった。営業マンからは大盛況となると思います、整理券を配りますが、定員一杯となった場合はごめんなさいと言われていたが、会場は確かに盛況ではあったが、整理券は並ばずにもらうことができた。
はやぶさという人工衛星は知っており、小惑星「イトカワ」の探索から無事帰還することができたことも知っていた。しかし、このプロジェクトにこの電気メーカーが絡んでいた(重要な役割を担っていた)とは知らなかった。展示前には約10分ほどの技術者による「はやぶさ」への思い入れが語られた映像が流され、結構ため「イオンエンジン」などはになったし、諸外国でも1メーカーで宇宙開発にここまで携わっている企業がいないといわれ、事業仕分けのある人の言葉「何で2番じゃいけないの?」を思い出してしまった。
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さて、実際のはやぶさのカプセルであるが、各パーツ毎に展示されており、ケースに入れられてしっかり管理され来場者に見せていた。ここでも技術者の説明があり、実物を前にする説明は何故か説得力があったように感じた。何はともあれ、約20~30分ではやぶさのカプセル展示は全て終わってしまったが、なかなかためになる展示であった。JAXAのホームページにははやぶさのあれこれが掲載されている。これから読んでみようかと思っている。
写真はJAXAのホームページから転載してしまった。

JAXAのホームページ → JAXA|小惑星探査機「はやぶさ」(MUSES-C)
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# by motokunnk | 2010-11-11 19:50 | 最新技術 | Trackback | Comments(0)

工事現場も環境対策

最近の工事現場では環境対策を十分に配慮しているところが多い。退院後の通勤は、朝はバス(始発なので座れる)、帰りは電車というパターンであるが、朝のバス停からいつもこの光景を眺めている。
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太陽光パネル自体は目新しいものではないが、この姿勢(いかにも環境対策をしていますというアピール)は今までの工事現場になかったものではないかと思う。仮囲いをして、中を見せずにある日突然ビルが出現するという工事現場が多かったように思えるが、最近は週間予定などを掲示して周辺住民への情報告知も徹底し、そして環境対策へのアピールもしている。
建設現場も地球環境に配慮して工事をしているということをアピールしている時勢になったのだなあと毎日実感しているこの頃である。
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# by motokunnk | 2010-11-10 19:11 | 最新技術 | Trackback | Comments(0)

渋谷区のコミュニティバスと港区のコミュニティバス

ハチ公バスが渋谷区運営のコミュニティバスであることは以前から知っていた。というのは、我が家の近くを走っており、ちょくちょくかわいらしいハチ公のイラストが書かれたミニバスが走っている姿を見かけていたからである。そのバスが1年以上前に入院していた病院のそばを通る姿を病院の窓ごしに見つけてしまった。確かに渋谷区のホームページを見ると、病院のそばをハチ公バスが走っていることがわかり、親近感を覚えた記憶がある。
退院後、リハビリに通ったわけであるが、その際時間があえば、ハチ公バスを利用したものである。路線バスも並行して走っているが、リハビリには散歩というわけで、よく渋谷区役所前まで歩いていったものである。そのときはじめて、ハチ公バスは路線ごとにバスの塗装が違っていることに気がついた。以前我が家の近所を走っていた(「夕焼け小焼けルート」)バスの塗装色が今は、初台ルート(「春の小川ルート」)の塗装色となっているので入院中は気がつかなかったが、リハビリに通うようになり、渋谷区役所前の停留所で塗装の違うハチ公バスに遭遇し気付いたのである。他に「神宮の杜ルート」があり、つい最近「丘を越えて」ルートが開設され合わせて4ルートで運行されている。
さて、運営はホームページを見ると路線ごとに東急トランセと京王バス東及びフジエクスプレスに委託しているようで、特にフジエクスプレスは港区のコミュニティバスの運営も委託されている。そのせいではないとは思うが、「神宮の杜ルート」と「ちいばす」(港区のコミュニティバスの名称)の「青山ルート」は246号線のある部分がラップしている。停留所もご覧のように併設されており、時間帯にバスが鉢合わせという状況が起こりえるかもしれない。
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一部では民業圧迫という声も聞こえるようであるが、利用者からみれば、時刻表、間隔も民間路線バスとは異っており、今のところ問題ないと考えるがどうであろうか。
それよりは、自治体が工夫して努力している姿に拍手しようと思っているが。
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港区はコミュニティバス運営を一括して一社に委託しているので、しゃれたホームページを用意している(委託先のフジエクスプレスのホームページであるが)。
一方の渋谷区は区でホームページを開設している。そして東急トランセとフジエクスプレスは専用のハチ公バスページを用意しているが、京王バス東には残念ながらホームページは用意されていない。

港 区 → ちいばす
渋谷区 → ハチ公バス
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# by motokunnk | 2010-11-09 19:17 | 日記 | Trackback | Comments(0)

長泉寺の石仏群と酉の市

渋谷から明治通りを原宿方面へ徒歩5分ほど、先ごろ話題となった宮下公園を過ぎてほどなく、道路左手に長泉寺というお寺を見つけることができる。
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よく街中にある寺院と同じではあるが、境内に入るとすぐ右手に石仏がおかれている。その数約10体、大部分は地蔵であるが、中には観音像も見受けられる。近年の宅地開発から道沿いに建てられていたものがこの寺院に集められてきたものであるそうだ。
勝てられた年号から推察するとかなり古くからこの地域には地蔵信仰や観音信仰があり、グループで集まり念仏を唱えたり、酒席を設けたりして語らいの場をセットしていたそうである。教育委員会の説明板にはそのように書かれている。
寺院の奥には200を越える石仏がおかれているそうで、この地域の石仏信仰の広がりが想像できる。
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話は変わるが今日は酉の市である。古くから三の酉まである年は火事が多いと言われているが、今年は二の酉まで、火事は多くはなさそうである。以前ブログで紹介した宮益御嶽神社でも市がたつという。
酉の市に行ってきた。渋谷駅からほど近い宮益坂の神社では、ご覧のように普段からは想像できないほど参拝に訪れる人が多く、縁日も広くない境内でそれなりの数がでていた。
商売繁盛のご利益ははたしてあるのだろうか。
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長泉寺のホームページ → http://chousenzenji.com/home.html
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# by motokunnk | 2010-11-07 09:50 | 記念碑 | Trackback | Comments(0)

高野長栄の隠れ家と記念碑

青山通りには高野長英(港区のホームページでは長栄)にゆかりのある場所がある。そのひとつはスパイラルビルである。その片隅に記念碑(写真左)がある。
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高野長英といえば、江戸時代後期の蘭学者で、奥州水沢市出身である。長崎でシーボルドに師事し、蘭学を学び、語学の天才であったようで、塾で翻訳の教授を務めるようになったという。その後江戸にでて塾を開くが、モリソン号事件で幕府を非難し、自ら北町奉行所へ出頭して逮捕される。その後、獄舎の失火で3日間の解き放ちを利用して逃走、この火事は放火だったようで失踪した長英が疑われている。この際、薬品で顔を焼いた事は有名な話である。執拗な探索の中、学者仲間や門人などに守られながら諸国を用心深く逃避し、江川英龍(伊豆韮山の代官)・伊達宗城・島津斉彬らの庇護(ひご)を受けた。
1850年に江戸に戻り、沢三伯と変名して青山百人町に開業。鉄砲のことなどを講じたことから幕府に探知され、幕吏の捕方に襲われ自刃した。その江戸に戻って住んでいた場所が南青山スパイラルビル付近であったという。
名誉が回復されたのは没後48年たってからのことで、正四位が授与され、北青山の善光寺には勝海舟の撰文による顕彰碑がつくられた(上の写真右)。1837年、米船モリソン号の撃退事件を受けて、開国の必要を説いた『夢物語』を著し、逃亡中もなお蘭書の翻訳に励み『医療枢要』などの訳著書を残した長英。優れた蘭学者であり先覚者でありながら、その生涯はあまりにも不遇であった。
この記念碑は被害を受け、その一部を使い1964年に再建されたものだそうである。

参考にしたサイト → 港区ゆかりの人物データベース
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# by motokunnk | 2010-11-06 12:06 | 記念碑 | Trackback | Comments(0)