神社と狛犬その1・金王八幡宮内御嶽神社

週末は健康維持のため、近所の散策が日課となっている。我家の周りには神社が多い。これはどの地方でも一緒なのかもしれないが、健常なときはそれほど気がつかなかったことである。
さて神社にいくと、必ずといっていいほど狛犬が本殿両脇にたち、本殿を守っているようにみえる。これは日本古来からなのであろうか。例によってネットで調べてみると、狛犬について調べている先達の多いことにビックリした。この話題は別の機会に話をしようと思う。
まず例によってウィキペディアで狛犬をひくと
「獅子や犬に似た想像上の獣の像である。一般的に神社や寺院の入口の両脇、あるいは本殿・本堂の正面左右などに一対で向き合う形、または守るべき寺社に背を向け、参拝者と正対する形で置かれる。
飛鳥時代に日本に伝わった当初は左右の姿に差異はなかったが、平安時代になってそれぞれ異なる外見を持つ獅子と狛犬の像が対で置かれるようになり、やがて二頭の外見上の違いが少なくなって、現在では左右いずれの像も狛犬と呼ぶのが一般化している。」
左右で外見が異なっているとは知らなかった。また名称も当初は獅子と狛犬であったとは、またまた勉強となった。さて、予備知識を得て、実際の狛犬を見てみることにする。写真は金王八幡宮にある御嶽神社の狛犬である。
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御嶽神社の由緒が書いてある説明板を読むと
「御嶽神社は、「開運」「商売繁盛」の神として、特に客商売を営む人々の信仰を広くあつめており、本社は武州御嶽山にあります。大鳥大神と称える日本武尊は、古来より武道守護の神として武士の信仰をあつめておりました。ここに祀られたのも、この地が部門の誉れ高き澁谷氏の居城であったからと考えられます。また、社前の狛犬一対と西参道の鳥居は、かつて実践女子学園の校内にあった「香雪神社」のものを移設したものです。」
とある。狛犬がオカッパ頭に見えるのはそのせいかと納得してしまった。一方、台座をみると、「昭和十二年十月吉日 實踐女學校嚶鳴會」とある。この時期は日独同盟が結ばれた時期であり、なんとなくナチスドイツのヘルメットにも似ているような気もする。とは狛犬を調べてみつけたホームページに書かれていた内容そのものであるが、私も同感であったのであえて転載することとした。実際のホームページはこちらである。
今後は、折に触れて神社と狛犬について考察していこうかと思っている。
話は変わるが、帰宅途中の渋谷駅新南口にむかう廊下の階段上に以前、このブログで紹介した自販機が設置されていた。なるほど、売り切れがない自販機とはよくいったものである。
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# by motokunnk | 2010-12-28 17:40 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

東京オリンピックの選手村・代々木公園散策その5

代々木公園は古くは(と言っても明治時代からであるが)陸軍の練兵場であった。それが第二次世界大戦後は、米軍キャンプ地となり(ワシントンハイツと呼ばれて、米国空軍の宿舎が建設されていた)、そして東京オリンピック開催のときに日本に返還され選手村として利用された。
私の少年時代はこの場所がワシントンハイツと呼ばれてアメリカ人の将校が住んでいると聞かされていたものである。東京オリンピックが終わり、敷地の一部が代々木公園となり都民に開放されて今日を迎えている。隣接する国立オリンピック記念青少年総合センターも古くは「ワシントンハイツ」であった。
さて、代々木公園の一角には東京オリンピックの選手村であったことを示す記念の宿舎が残っている。ただし、昔はかなり草ぼうぼうで宿舎も今のように周辺が花壇で囲まれて美しくなかったようである(過去の写真はこちら)。どうもリオに決まってしまった2016年のオリンピック招致活動の際に東京都が整備したようである。
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オリンピックは来ないが、宿泊施設の周辺がきれいになることはよいことだと思う。代々木公園を訪れる人にとっては憩いの場ともなっているようだ。現に私が訪ねたときも若いカップルが記念写真をとるなどしており、「公園内の名所」と位置づけられているようだ。見所スポットや園内マップにも表示されている。
りっぱな説明板も用意されており次のように書かれている。
「1964年第18回オリンピック大会が東京で開催され、その時の選手村の跡が代々木公園になりました。この建物は当時各国の選手が利用した宿舎のひとつで(オランダ選手宿舎)、東京オリンピックを記念して保存されています。見本園(宿舎の左手奥)の樹木は、オリンピックの時に世界各国の選手が持ち寄った種から育てたもので、東京オリンピックを記念して育てられています。」
ここから左手奥のところに見本園があるが、それは次回に説明することとする。
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# by motokunnk | 2010-12-27 19:41 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

デムーロ、2週連続のG1勝利、ブエナ敗れる

先週の朝日杯でグランプリボスを栄冠に導いたM・デムーロが今度はヴィクトワールピサをグランプリホースへと導いてしまった。
圧倒的1番人気のブエナビスタは最後の直線、絶望的な位置から驚異的なスピードで追い込み、ヴィクトワールピサをとらえた瞬間がゴール板を越えた直後であった。デムーロの2戦連続してレースの流れを的確に把握した好騎乗が目立ったレースであった。
スミヨンもJCとは違い、今度は失敗できないという思いからか、直線は大外に持ち出して追い上げを開始した。これによるロスがなかったとはいえず、最後までその微々たる差が勝敗をわけたと考えるのが妥当と思う。現役最強馬は間違いなくブエナビスタであると確信したレースでもあった。
馬券にからんだ馬は全て外国人騎手であった。先週もそうであったが、日本人騎手の頑張りを来年は期待したい。また強いと言われている3歳牡馬がブエナビスタ以外で馬券に絡んだことも今年の競馬界を現している出来事であったかもしれない。
来年のG1は2月のフェブラリーS、ダート巧者が勢揃いして欲しいものである。

有馬記念の結果
1△ 1 ヴィクトワールピサ 牡3 M.デムーロ     2:32.6  
2◎ 7 ブエナビスタ 牝4 C.スミヨン ハナ
3 11 トゥザグローリー 牡3 C.ウィリアムズ クビ
4△14 ペルーサ 牡3 安藤勝己 3/4
5 4 トーセンジョーダン 牡4 三浦皇成 1.1/2

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# by motokunnk | 2010-12-26 16:54 | スポーツ全般 | Trackback(1) | Comments(0)

明治38年戦没者記念碑が2箇所に存在

明治38年といえば、日露戦争が終結した年である。現在NHKでは「坂の上の雲」が放送され、今夜が第2部の最終回、ちょうど日露戦争開戦の回となっている。
さて、標題の記念碑であるが、ブログで何回も取り上げている「金王八幡宮」と「宮益御嶽神社」に存在する。
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まず、「金王八幡宮」の記念碑についてである写真ではわかりずらいが「希典」のサインがあり、戦没者の慰霊碑ではなく、記念碑となっていること、及び傍らに十五年、二十年、二十五年、三十年の記念碑も併せて建っていることが珍しいと脇の説明板には書かれている。
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さて、「宮益御嶽神社」の慰霊碑であるが、こちらは本堂脇に建てられている。日露戦争の戦没者の慰霊碑であるかどうかは定かではないが、台座の部分に明治三十八年の文字を読み取ることができるので、多分日露戦争戦没者の慰霊碑として建てられたものに間違いないと思う。
時節柄、神社は年末の「大祓」、年始の「初詣」の準備で繁忙のようである。初詣といわず、渋谷に来た際には駅から数分のところにある両神社を参拝し、記念碑を見て欲しい。いずれもすぐにわかる場所に建っている。

なお日露戦争については、ウィキペディアなどに詳しく説明されているのでそちらを参照してほしい。
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# by motokunnk | 2010-12-26 12:36 | 記念碑 | Trackback | Comments(0)

やっと見つけた十四烈士の碑・代々木公園散策その4

探しあてれば何のことはなかった。代々木公園内の周回道路にご覧のような道標がありその先に大東塾十四烈士の記念碑が建てられていた。記念碑建立までの由来を記述した碑などあり、大きさではないが何故か威圧感を感じる記念碑であった。さて、時は昭和20年8月、何故このような集団自決が起こってしまったのであろうか、その背景についてしらべてみることにした。
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十四烈士が所属している大東塾(だいとうじゅく)とは、1939年(昭和14年)4月3日に影山正治が中心となって結成された右翼団体である。集団自決の中には正治の父、庄平もいた。
ウィキペディアによれば、「大東塾が動くときは昭和維新への決起の時」と言われたほどであり、右翼界・政界への影響力は極めて強かった。現在も活発な活動を行って居り、祭典や集会、講演会などを主催して居る。公安警察・公安調査庁の調査対象であるといわれる。
正治も集団自決には参加していなかったがその後の活動を活発に行い、月刊『不二』を発行。1947年(昭和22年)より毎年宮中勤労奉仕、勅題詠進、新穀献上を行う。伊勢神宮御造営奉賛活動、紀元節復活運動、「自衛隊内神社問題活動」、二重橋事件問責活動、明治維新百年祭運動、明治神宮復興奉賛活動、皇居防衛部隊設置要請活動、8月15日慰霊行事運動、勤皇村建設運動、靖国神社国家護持運動、元号法制化実現活動などを展開した。また前代表・鈴木正男が昭和天皇御製集「昭和天皇のおほみうた―御製に仰ぐご生涯」を刊行している。
その後、1979年(昭和54年)に青梅の大東塾農場内で自決、塾長を継いだ長谷川は病没、2003年(平成115年)には、塾長格の鈴木が同じ農場内で自決している。死というものを神格化している団体なのかもしれない。
大東会館が青山通りから1本入ったところにあるそうである。立派なホームページも用意されており、筋金入りの右翼団体(といっていいかどうか、法人格を取得している団体であるので)といえるかもしれない。
参考としたURI → http://manriki.sanpal.co.jp/shibuya/daitou.html
→ http://yukoku.xii.jp/yukoku/y04/03/index.html 特にこちらのホームページはいろいろ考えさせられることが記述されているのでぜひ見て欲しい。
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代々木公園を散策し、考えさせられる記念碑を見つけてしまった。何故この記念碑が「みどころ」や「園内マップ」に標記されていないのかわかるような気がしたのがこのブログを書くために調査した結論かもしれない。
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# by motokunnk | 2010-12-25 17:37 | 記念碑 | Trackback | Comments(0)

今年最後のG1有馬記念はJCの雪辱の舞台

グレード制が施行されG1で1着馬が降格となったのはメジロマックィーンとカワカミプリンセスの2頭であるが、その2頭とも次のG1では勝利することができなかった。
こういう事例があるが、今年のブエナビスタにはあてはまるであろうか。秋のG1・3連戦で全てで結果をだしたのはシンボリクりスエスだけであり、女傑といわれたエアグルーブも有馬記念では実績をあげていない。
これら過去の事例を見ると、ブエナビスタ絶対とはいえないが、それは秋の天皇賞勝利とJCで降着したとはいえ、追い出されてからの足を見たものにとっては規格外の強さのみがイメージとして残る。ここはブエナビスタを本命として間違いないと思う。
さて対抗であるが、ローズキングダムが出走を取り消したので、強い3歳世代からダノンシャンティを推薦したい。NHKマイルカップを日本レコードで制した実力は折り紙つき、故障さえなければダービーを制していたかもしれない逸材である。唯一の心配点は故障明けという点であるが、松国のことしっかり仕上げてきていると思う。
3番手はフォゲッタブルとしたい。そろそろ母にG1をプレゼントしてもいいのではないか、また弟との競演であり、兄としての威厳を示す意味でも3番手とした。面白いところでは相手なりにそこそこ走るジャミール、強い3歳世代からペルーサ、ヴィクトワールピサ、ルーラーシップを抑えておきたい。

有馬記念の予想
◎ ブエナビスタ
○ ダノンシャンティ
▲ フォゲッタブル
△ ジャミール、ペルーサ、ヴィクトワールピサ、ルーラーシップ
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# by motokunnk | 2010-12-25 16:38 | スポーツ全般 | Trackback(5) | Comments(0)

イノベーションワールドと名づけられた新しい施設

縁あって、品川に新しくオープンした、NECイノベーションワールドを見学してきた。24日、連休の谷間ということもあり、見学者は少なくゆっくりと見学することができた。一応は法人のみが見学対象となっているので、私の場合も担当の営業(正確には営業ではなくマーケティングのセクションである)からの誘いで見学したまでのことである。
ホームページも用意されているようで、ご丁寧に見学後はNECイノベーションワールドのセンター長から見学御礼のメールまでくるいたれつくせりのもてなしであった。当然今の時期であるので、卓上カレンダーのお土産もあった。
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イノベーションワールドという名前のとおり、上の絵のように全部で6つのテーマに関してのイノベーションが展示され、それぞれのブースには専門のコンパニオンが説明をしてくれるという内容であり、全てのブースで説明を聞くと1日かかってしまうのではと思えた。
私の場合は2時間もいなかったので、2つのブースで3つのプレゼンテーションを聞くのみであった。その他に展示はされていなかったが、オープンフローについて、NECの取り組みと製品についての説明(来年度の第1四半期に発売されるそうである)を受けた。オープンフローについては興味深い話であったので、ちょっと勉強して別の機会に紹介できればと考えている。
さすがNECという面もあるが、プレゼンテーションの内容はその道のプロに言わせると過去の導入事例の紹介であり、それほど目新しくないという酷評されかねない内容もあり、先端技術オンパレードというわけではないようである。ただ、その新技術を売っていくという姿勢は評価できると感じた一日であった。
ホームページは → NECイノベーションワールド
 パンフレットのダウンロードもできる(ブログの写真はパンフレットの1部を切り抜いたものである)
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# by motokunnk | 2010-12-24 21:54 | 最新技術 | Trackback | Comments(0)

セレンディピティーな出会い、発見

セレンディピティーとは求めずして思わぬ発見をする能力、思いがけないものの発見、運よく発見したものという意味で、イギリスの作家であるホレス・ウォルポールの造語だそうである。よく図書館や本屋で目当ての本以外に目がいってしまい衝動的に借りて(買って)しまうことがあるがそのような発見をセレンディピティーといってもよいと思う。セレンディピティーについてはこのぐらいにして、休日は朝一日何をしようかと考えることからはじまる。
今日は代々木公園に行き、以前から探そうと思っていた、「大東塾十四烈士」の碑を見つけ、帰りに区役所前から「ハチ公バス」に乗り、白根郷土資料館で降りて企画展「渋谷で飛行機が飛んだ」を見ることにしようとこのようなスケジュールを立てて我家から散歩に出かけた。
代々木公園について、A地区の西サイドにあるという「大東塾十四烈士」の碑を探したのだがいくら周辺を探しても見つけることはできなかった。いろんなホームページで代々木公園内にあるといわれているのに何故みつからないのか、落ち込んで状態でバスに乗った。するとバス路線の経路が変わっており(総合文化センター大和田が開館した関係からであろう)、いつもは宮下公園から渋谷駅をぬけ、渋警の前を左折するのが、ハチ公前を経由して「文化センター大和田」経由となっている。
しようがないので(若干の興味と)、「文化センター大和田」でおり、施設見学としゃれ込んだ。施設は図書館、子供ギャラリーなどがあることは知っていたが、なんとアンリファルマン模型があるではないか。今日の午後から組み立てられるという模型がバラバラ状態で子供科学センターにおいてあった。また1/2のエンジン(こちらも模型ではあるが)も見ることができた。まさしくセレンディピティーな出会いであった。
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それともうひとつのセレンディピティーな出会いがあった。それはプラネタリウムの投影機(東急文化会館で実際に利用されていたもののようである)が大和田図書館のある2階フロアに展示されていたことである。小学生の時代に父によく東急文化会館にあったプラネタリウムに連れていってもらった記憶が蘇ってきてしまった。今日は目的は達成することはできなかったがセレンディピティーな出会いを体験することができ、有意義な午前を過ごすことができたと自分で納得している。
「大東塾十四烈士」の碑探しは週末のお楽しみとしておくことにする。
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# by motokunnk | 2010-12-23 13:10 | 美術館・博物館・美術 | Trackback | Comments(0)

日本初のバードサンクチュアリ・代々木公園散策その3

代々木公園はA、Bと2つの地区に分けられて管理されているという。A地区が公園部分、そしてB地区が陸上競技場やサッカー・ホッケー場のあるエリアのようである。
さて、A地区の中ほどに古ぼけた木の説明板があるエリアを発見した。
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見たところ何かが書かれている説明板のようである。字がかすんでよく読めないところもあるが、日本で初めてのバードサンクチュアリであるから、大切にしてほしいというようなことが書かれている。確かに、後はごらんのように保護柵が張り巡らされて立ち入ることはできなくなっている。
バードサンクチュアリ、英語ではbird sanctuary、文字通り鳥の聖域という意味である。聖域という意味を拡大して保護区のことをサンクチュアリと表現しているところもあるようだ。さしづめ代々木公園のバードサンクチュアリもこの類であると思う。代々木公園紹介のホームページによれば
「バードサンクチュアリは、日本で最初につくりました。野鳥の好む実のなる木を植え、保護柵で囲ってあります。サンクチュアリ内に入ることはできませんが、園内でも充分に野鳥の観察が行なえます。当初は、野鳥保護のためA地区への犬の連込みをご遠慮いただいたこともあります。」
とあるが、ネットでバードサンクチュアリを調べると、
「日本のバードサンクチュアリのはじまりは、1981年に北海道ウトナイ湖(苫小牧市)に設置された「日本野鳥の会ウトナイ湖サンクチュアリ」。このサンクチュアリをモデルにして、1982年には福島市が「福島市小鳥の森」を設置するなど、バードサンクチュアリ設置の取り組みは行政を含めて全国的に行われるようになった。」(EICネットより引用) → バードサンクチュアリ 
どちらが本当かはわからないが(説明板には昭和41年『多分?』)、いずれにしても自然の生態系が破壊されてしまった都会の中にこのような聖域が残されていることはうれしい限りである。私が子供の時代には、すずめが巣を作って飛び回っていたものである。ある時期からいなくなってしまったが、あのときのすずめは今どこにいってしまったのだろうか。
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# by motokunnk | 2010-12-22 20:31 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

皆既月食は雲に覆われて

今日は3年ぶりの皆既月食が見られる日であったが、東京地方は午後からあいにくの空模様で残念ながら皆既月食は見られなかった。
ネットニュースでは北海道釧路市では赤く染まった月が見られたそうで、写真も掲載されている。
掲載サイト → 時事通信社
        → 毎日新聞
さて、月食の月は何故赤いのかをわかりやすく説明してくれているイラストがある。
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上のイラストでわかるように、光の屈折率の違いにより青い光は発散してしまうが、赤い光が屈折率が小さいのでまわりこんで月を照らすのだそうである。
画像イラスト参照ページ → RBBTODAY
国立天文台のホームページでは「皆既月食を観察しよう」というホームページを立ち上げて、日食の生で見た人の声を集計している。
これを見ると、初めての人が結構多いことがわかり、やはり「はやぶさ」以降の天文ファンがいるということの裏づけとなる(若干、勝手な解釈だが)。
今回の月食は今春、ヨーロッパで起きた火山活動の影響で大気中に火山灰が大量に残り、光の屈折に影響を与えていると朝のニュースで言っていたので、できれば自らの目で確認したかった。TV映像を通じての確認しかできなかったことが唯一の心残りである。
次回はいつなのであろうか、日本では2014年10月8日のようである。あと4年待つことになるが、あっという間かもしれない。
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# by motokunnk | 2010-12-21 20:06 | 日記 | Trackback | Comments(0)