区の木、区の花は何だろう

今日は昨日とうってかわって朝から青空、いい天気である。今日は散策日和、どこまで足を伸ばそうかと悩んでいる。さて今週末からGWがはじまるが、私の場合はカレンダー通りの予定であり、連休といっても3連休が2回あるだけ、ただそれでも心はワクワクしてしまう。
母の日がちょうどGW最終日ということもあり、唯一こじ付けではあるが花について調べてみることにした。東京都の花は「ソメイヨシノ」という桜の木ということは都民であれば既知の事実であるが(多分小学生の社会科で教わったような気がする)、渋谷区の花と聞かれてとっさには出なかった。
毎日通勤で歩いている歩道にタイルが埋め込まれており、そこに区の花が描かれていることは知っていたのだがしっかりとは覚えていなかった。以前、渋谷川の暗渠調べでキャットストリートを歩いた際にも歩道にタイルが埋め込んであったのでそれを調べてみると「ハナショウブ」ということがわかった。ではいつから区の花となったのかと思い区のホームページを見ると、ちゃんと「区の花と区の木」というページがあり、昭和53年に制定されていたことが記載されていた。
同時に区の木が「ケヤキ」であることも知り、それでタイルにはそれぞれがやかれて歩道に埋め込んであることを理解した。それもわずか100mも離れていない場所でなんと色が異なるものを発見、写真に撮ってきたので見て欲しい。色合いが違っており、焼くときに手間がかかっているようである。
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当然時期が違うのでキャットストリートのものも違ったデザインとなっている(下の写真)。
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ハナショウブといえば、清正の井で有名となってしまった明治神宮・御苑の菖蒲田が区内では有名である。まだ時期ではないが梅雨のシーズンになったら今度は菖蒲を見に御苑に足を運んでみようかと思っている。
話は変わり、東京都のほかの区にも花や木を区の木、花として制定しているのではないかと思い調べてみると同じことに興味を持った先達の方がこのようなページを用意してくれている。これには名所までが書かれているので、東京都へ旅行する際には役立ちそうであるし、都道府県別にも同様のページが用意されているところがうれしいかぎりである。

表参道のケヤキ並木 → 散歩を楽しく/表参道・原宿編
明治神宮御苑の花菖蒲 → 明治神宮・御苑の花菖蒲

<追記2011.7.3.>
散歩の傍ら恵比寿公園を訪問した際に区の花の説明プレートとともに菖蒲の花が咲いていたので写真にのってきた。そして渋谷区役所の前にはケヤキの木が誇らしげに植わっている。どちらも説明プレートがついているので、近くに行った際に見られてはと思う。
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# by motokunnk | 2011-04-24 08:31 | 日記 | Trackback | Comments(0)

牡馬クラシック第1弾、府中の魔物は

府中の2000mは魔物が住むとよくいわれている。コース改修が実施されたあとはそれほど内枠有利ではなくなったが、それでも外枠は不利といえそうである。
まして先行馬にとって外枠はかなりデメリットがあるように思える。そこで内枠を中心に考えることにする。予想によるとサダムパテック、ナカヤマナイトが本命、対抗のようであるが、私は第3の候補があってもよいのではないかと思う。
私の本命はステラロッサである。この馬の上がりは全てのレースで最速タイムをマークしており、差し足は一級品である。そして桜花賞がディープ産駒第1号のG1勝利であったので、ハーツクライ産駒のステラロッサとしては初の勲章をぜひ取ってもらいたいと言う願望もある。最内枠ではあるが、最後の直線で内ラチ沿いを駆け上がってきて欲しいものである。
対抗と3番手はサダムパテック、ナカヤマナイトとし、その他に注目する馬はダノンバラード、カフナ、プレイ、ダノンミルとした。

皐月賞の予想
◎ ステラロッサ
○ サダムパテック
▲ ナカヤマナイト
△ ダノンバラード、カフナ、プレイ、ダノンミル
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# by motokunnk | 2011-04-23 17:24 | スポーツ全般 | Trackback(3) | Comments(0)

目黒川に架かる橋・その2

今朝から首都圏は雨が降っている。これから雨脚は強まると先ほどの天気予報では言っていたが、今は若干小振りとなっているようである。
明日は統一地方選挙の第二弾であるが、イマイチ盛り上がっていない気がする。やはり東日本大震災の影響ではでな選挙戦は差し控えているのであろう。いつもであれば選挙カーからながれてくる騒音(私には候補の名前の連呼が騒音以外の何者でもないように聞こえる)がないことが平和である一方、誰が立候補しているのかポスターを見なければわからないというデメリットもある。
さて今日は先日目黒川に花見に行った際に橋の写真を撮りためておいたのでその橋の写真を紹介していくことにする。前回は山手通りに架かる目黒橋まで紹介したのでその次に架かる中の橋からはじめることとする。
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この橋は何故架けられているのかよくわからなかったが、桜の季節にきてその存在がわかるような気がした。歩行者専用の橋であり、橋の中央から川沿いに茂る桜を鑑賞することができる絶好のポイントであることがわかった。多分この目的で架けられた橋ではないかと思う。
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南部橋はその橋のたもとに記念碑があることは紹介した。菅刈公園への入口が橋から見え、この公園に散策に出かけるにはこの橋を覚えておけば迷わないと思う。
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柳橋を渡り山手通りへ出るところには安売りで有名な「ドンキホーテ」がある。花見の際にはこの建物裏に屋台がでていた。
千歳橋はもうひとつ普段散策している私にとっては行きつけの公園への入口となっている(というよりは目印かもしれない)。その公園は西郷山公園である。このブログにも何度も登場しているので説明する必要はないかもしれない。
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天神橋そ過ぎ、朝日橋に向かうことにする。この朝日橋のそばに以前紹介した北野神社がある。東京コカコーラの大きな工場があるそばの路地に面しているので、わかりづらいかもしれないが、この周辺をぐるりと回れば発見できると思う。
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宿山橋と書いてしゅくやまと読むそうである。次は文字通りの桜橋、この橋の上からも桜の花が手に取る距離で咲き誇っている。そして別所橋へと進んでいく。
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この橋の山手通り沿いには古くから「東急ストア」が立地している。東横線の中目黒駅から見えるので中目黒の東急ストアは地元ではかなり古くから有名なお店であると私は思う。
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そうこうするうちに川の上を東急東横線の電車が走っている姿をみながら日の出橋へとたどりつく。
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橋の左手は老舗の店が並び、山手通り側は再開発されたのか、新しい店舗が並んでいる。
今回紹介するのはこの橋まで、これで撮ってある写真は全てなのでこの先紹介することはかなり先の話となりそうであるし、地図で見る限り、この先には橋自体が至近距離では架けられておらず散策がけらというわけにはいきそうもなさそうである。
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# by motokunnk | 2011-04-23 09:06 | | Trackback | Comments(0)

神社と狛犬その15・乃木神社

先日、乃木神社に行ったことは報告したが、今回は狛犬について報告する。狛犬は2対あり、どちらも参拝する人に面している。
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通常はお互いに向きあう形で顔のみが参拝する人の方向を向いているようだが、この神社の狛犬はどちらも参拝する人に向かっているのが特徴である。神社に隣接して乃木公園がある。こちらも乃木邸からつながっているようだが、震災の影響で乃木邸が閉鎖されているので公開部分のみ見ることができた。
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ちょっと気になることといえば、一般に狛犬の近くには鳥居があるか拝殿があるものだが、こちらの狛犬の場合は狛犬のみで鳥居らしきものはなかった。大正時代に鎮座したのでそういうものかと思っていたが、帰宅し乃木神社のホームページを見ると、何と乃木神社の鳥居も東日本大震災で被害を受けていたことがわかった。この鳥居は損壊の恐れがあるとのことで取り壊されていた。納得である。
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# by motokunnk | 2011-04-22 19:12 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

記憶に残るレーシングカー・その8

何ヶ月ぶりかでF1マシンについて書くことにする。今回も昔撮影した写真の中から選んだ1台のマシンについてである。そのマシンとはウィリアムズFW11Bである。
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1987年、鈴鹿サーキットにF1が帰ってきた年にF1界を席巻したウィリアムズ+ホンダのマシン、そしてドライバーはネルソン・ピケが3回目のワールドチャンピオンとなったマシンである。
ピケとは同世代なので思い入れは多々ある。この年のピケはサンマリノGPで大クラッシュ事故を起こしてしまうが、奇跡的に無傷であった。欠場は1戦のみであったが、後日談によれば数レースは耳鳴りなどが激しくレースをできる状態ではなかったそうである。そのわりには4戦連続して2位入賞するなど、マシンに助けられたとはいえ抜群の成績を残してチャンピオン街道をまっしぐら、この年の初優勝はドイツGP、その後3勝をあげ、鈴鹿開催の日本GP予選でマンセルがクラッシュした関係でチャンピオンを確定した。
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ピケといえば、ブラバム時代の速さが記憶にある。しかし1987年、すでにベテランの域に達した年齢のピケが魅せたレース運びのうまさは印象に残っている。
その後は以前に比べるとパッとした活躍はできなかったが、私にはピケとこのFW11Bが記憶に残っている。
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# by motokunnk | 2011-04-21 19:42 | Racing Car | Trackback | Comments(0)

目黒川に架かる橋・その1

目黒川も都心に向かう部分は暗渠となっており、その上部は緑道(遊歩道)となり区民に開放されていることは先日のブログで書いたが、その遊歩道にも東仲橋という橋が架かっている。
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正確には路地に欄干柱(というにはお粗末だが)があり、その橋が架かっていたことがわかる仕組みとなっている。
さて、実際の目黒川はどこから暗渠ではないかというと、246号線に架かる大橋の下流で暗渠から解放され実際の川となって東京湾まで流れ込んでいるようである。
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渋谷川の場合と違い、ご覧のように暗渠となる部分の水量はかなりのものがある。きっと水源までかなり広い流域面積を確保しているのであろう。上部の遊歩道を見ればおのずと想像できるような気がする。
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さてこの目黒川も東京都の「清流の復活」プロジェクトの1河川となっているようである。説明プレートが用意されていた。また玉電の説明板も用意されている。玉電とは東京急行電鉄が走らせていた路面電車で渋谷から砧まで走っていた。玉電については機会があれば思い出など語ろうと思う。では目黒川に架かる橋について簡単に見ていくことにする。大橋の次に架かっている橋は常盤橋である。
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先ほどの暗渠を写した写真もこの常盤橋から撮ったものである。つい最近撮った写真なので花見をする人の姿も目立っている。この付近には水車の模型のようなものもあり、歴史を紐解く社会科見学にはうってつけかもしれない。そうこうするうちに万代橋が目に飛び込んでくる。
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万代橋の次は氷川橋である。
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このあたりまで来ると桜の木が多くなり花見見物の客が目立つようになってくる。
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東山橋の橋上には桜の写真を撮る絶好のポイントがあるらしく、かなりの人がデジカメ片手に写真を撮っている姿が見受けられた。そうこうするうちに山手通りと交差する目黒橋に到達した。
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目黒区もみどりの散歩道という散策コースを区内に張り巡らせており、このエリアは西郷山・目黒川コースとなっているようである。とりあえず、今日はここまで、次回はいつになるかわからないができれば東京湾にそそぐところまで紹介していければと思う。
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# by motokunnk | 2011-04-20 19:44 | | Trackback | Comments(0)

巡洋艦「畝傍」と水雷砲艦「千島」

この2隻について知っている人はよほどのマニアか私のようにある場所に行って興味がわいて調べた人のどちらかであろう。
そのある場所とは青山墓地、中央通りから上り階段がある場所を登りきったところに「畝傍(うねび)の森」と題された庭園(ポケットパーク)がある(震災の影響か、その階段はチェーンが貼られて通行止めとなっていたが。)
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さてその庭園入口にはプレートが貼られており(写真左)、霊園にゆかりのある記念碑などが建てられていると説明されている。確かに、正面には記念碑と砲身のようなものが飾られている。その前にはプレートがあり(写真右)、巡洋艦「畝傍」と水雷砲艦「千島」についてなぜここに飾られているかが説明されている。
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ただプレートの説明では、何故巡洋艦「畝傍」と水雷砲艦「千島」がここに祀られているかがわからない。帰宅し調べてみると畝傍と千島の間には少なからず関係があったことが判明した。それは長くなるが調べた結果を転記するとこのようになる。
「明治海軍は拡張計画に基づき巡洋艦三隻の建造を計画、英国に「浪速」「高千穂」が、仏国に「畝傍」が発注された。明治19年 8月竣工、同年10月18日に日本への回航されることとなり、飯牟礼俊住海軍大尉以下の八名が回航員として乗り組み、仏側は76名の操艦員が乗り組んだ。12月3日、最後の寄港地シンガポールを横浜に向けて出港したが、入港予定の13日になっても到着せず、その後の捜索でも遂に同艦を発見することは出来なかった。原因として、トップヘビーによる転覆が考えられるが、その真相は今もって謎に包まれている。日本政府は同艦の建造費の残金(半額)を払う必要が無くなったが、仏側は保険金で水雷砲艦「千島」を建造し、残額の回収を試みた。しかし「千島」も納品航海時に遭難した。」
そして「千島」について調べてみると
「水雷砲艦「千島」は、明治19年に仏国が日本の発注を受けて建造したが納品前に遭難亡失した巡洋艦「畝傍」の建造費残額の回収を目的として、保険金によって建造された。明治25年4月1日、仏国ロワール造船所にて竣工、同年11月24日に長崎入港、28日に神戸へ向けて出港した。30日、波静かなる暗夜、松山堀江沖の釣島水道において英国商船と衝突し、艦長の鏑木海軍大尉以下乗員90名とともに海没した。」
とある。
畝傍の保険金で建造された千島も数奇な運命をたどって沈没してしまったわけである。それで、ここ霊園を建てて英霊の御霊を葬っているということであると勝手に解釈してしまった。
正面の記念碑以外にも左右にりっぱな石碑が建てられており、一見の価値はあると思う。青山墓地に行かれたさいには立ち寄ってみてはどうだろうか。
なお水雷砲艦「千島」の慰霊碑は松山市の浄福寺にもあるそうである。
詳細な説明は以下を参照
巡洋艦「畝傍」 巡洋艦 畝傍
水雷砲艦「千島」 → 千島 (通報艦)
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# by motokunnk | 2011-04-18 19:41 | 記念碑 | Trackback | Comments(0)

乃木という名称がつく地名

港区青山界隈には乃木という名称がつく地名、施設が多数存在する。勿論由来は明治の偉人と言っていい乃木希典にちなんだものである。今日はそんな乃木希典についてしらべてみることにした。
乃木希典について私が知っていることと言えば、明治時代の軍人で日露戦争で日本を勝利に導いた人物、また明治天皇の崩御に従って夫婦で殉死したことなどである。乃木希典については、インターネットで検索するとかなりのページがヒットするのでここで説明するよりはそちらを見てもらったほうがよいと思う。
ただウィキペディアには乃木に対して世界的評価の一文が書かれていた。
「旅順攻囲戦は日露戦争における最激戦であったから、乃木は日露戦争を代表する将軍と評価され、その武功のみならず、降伏したロシア兵に対する寛大な処置もまた賞賛の対象となり、特に、水師営の会見におけるステッセリの処遇については、世界的に評価された。
乃木に対しては世界各国から書簡が寄せられ、敵国ロシアの『ニーヴァ』誌ですら、乃木を英雄的に描いた挿絵を掲載した。また、子供の名前や発足した会の名称に乃木や乃木が占領した旅順(アルツール)の名をもらう例が世界的に頻発した。
加えて、乃木に対しては、ドイツ帝国、フランス、チリ、ルーマニア及びイギリスの各国王室または政府から各種勲章が授与された。」
坂の上の雲で、乃木の活躍が書かれているが、やはり日露戦争での活躍が乃木希典の地位を確固たるものにさせたのかもしれない。
またその後学習院院長にも就任し次の句を残している。
「いさをある人を教への親として おほし立てなむ大和なでしこ」
さて乃木希典の人となりはこの程度にして、まずは東京メトロ「乃木坂駅」を降りてみる。
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一番出口から地上にでると乃木神社が目にはいる。境内に入るまえに、このプレートがめにつく。乃木坂の由来について説明されたプレートである。もともとは幽霊坂と呼ばれていた。大正元年(1912年)9月に乃木大将の殉死を悼み、赤坂区議会が改名を議決したことに由来すると書かれていた。没後この名称になったことがわかる。さて乃木神社にお参りすることにする。この神社も大正時代に旧乃木邸敷地に建設された。
太平洋戦争時に一度焼失したが、その後に再建され現在に至っているという。
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境内社は「赤坂王子稲荷神社」「正松神社」。いずれも乃木希典に関連した神社である。
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また拝殿横には、「さがれ石」という国家に一文がある石がおかれていた。宝物殿(といっても1室である)には乃木希典ゆかりのものが展示されている。
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乃木神社には旧乃木邸も見学できるようになっているが、ここでも東日本大震災の影響で保守点検作業のため、一般公開を中止していた。
さて、乃木坂トンネル(トンネルは車専用で歩行者用は横に通路が併設されている。その途中にこのようなプレートがあった。
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地震の後、自然エネルギー活用が叫ばれていることを知っていたかのようなプレートである)を超えて、青山墓地方面へ歩き乃木希典の墓を見て帰宅することにする。青山墓地には乃木将軍通りなるものがあり、その墓もりっぱなようである。
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これがその墓全貌である。本人が望んだのかどうかはわからないが(多分望んではいなかったと思う)、かなりりっぱな設えとなっている。1区画を独占して一族を含めた形の墓となっている。
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墓地としてははずれの方にあるので、探すときは十分注意したほうが賢明であるように思えた(あまり探す人もいないかもしれないが)。
今日のブログタイトルとは書いた内容がそぐわなかったようであるがこのあたりはご容赦願いたい。最後に我家のそばの神社にも乃木希典直筆の記念碑がある。
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# by motokunnk | 2011-04-17 09:01 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

渋谷川緑道ってどこにある?

渋谷川は渋谷駅近くの稲荷橋から暗渠となってしまうことはブログで紹介した通りであるが、今から50年近く前は宮益坂下あたりでまた顔をだしていた記憶がある。ちょうど写真右の仮囲いで覆われたあたりに橋があり、その下を渋谷川が流れていたと記憶している。
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今は渋谷区の区営駐輪場となっているが、その中にステンレスの説明プレートと一緒に渋谷川緑道の標識が建てられていた。
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ここすなわち区営駐輪場のせまい道を緑道と命名したようである。一応桜の木などがあり、それなりの設えはあるが、目黒川の緑道とは大きな差があることも事実である。
そのようなことはさておき、先日NHK「ブラタモリ」で紹介されていた暗渠となった渋谷川の上を歩いてみることにする。
すぐに明治通りにつきあたるが、その通りをまたぐと、「みやしたばし」の欄干柱をみつけることができる。
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多分、ここに「みやしたばし」が架けられていたのであろう。それで宮下公園というのかもしれない。通称「キャットストリート」を原宿方面へ向かっていくと、渋谷学園(長男がここの幼稚園に通園していたので、週末はよく迎えに行っていた。幼稚園の入口が違う場所に変更になっていることに気がつき月日のたつのは早いものと思ってしまった。)を過ぎると道の真ん中にポケットパークが現れる。
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普段は児童たちが遊ぶ姿で一杯なのであろう。さらに進んでいくと目新しいお店がみえてきたあたり、風変わりな道標を見つけることができる。
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よく見ると富士山やエベレストまで何千キロという標識や近所のブティックまで何mという道標が混在しておりなかなか楽しい設えとなっている。隠田商店街には古くから商いをしているお店屋さんや新しく参入したであろうお店が混在しているが、微妙にバランスがとれているような気がした。
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そんな中、「ブラタモリ」で紹介された「隠田橋」の欄干柱を発見した。昭和33年竣功とあるが、この年に架けられたのであれば数年で渋谷川は暗渠となっているので橋自体も数年の命であったろうと思われる。
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今度隠田橋がいつまであったのか機会があれば調べてみようと思う。
さて、表参道からの通りには以前紹介した参道橋の欄干柱がある。歩道橋を渡るとそこには表参道街角庭園の説明プレートがあり、北斎の「隠田の水車」の説明がなされていた。
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それでこの参道橋をとりあげたブログでは隠田の水車がとりあげられていることが多いことに納得した(みんな孫引きでブログを作成していることにホッとしたのが実感ではある)。ここから遊歩道を先にすすんでいくことにする。
途中には渋谷区の施設などがあり、生活しやすさを追及しているような街づくりがなされているように思えた。さて、原宿橋という欄干柱がある地点までたどり着くとそこで遊歩道は終わっており、暗渠がその後どのようになっているのかは地上からは不明であった。
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後で帰宅してネットで調べると、このようなサイトがあり、ここで説明してきたことを含めて丁寧な解説がつけられていた。ちゃんと調べている人がいることに感銘した。時間があればこの先を調べてみようと思っている。

観音橋 → 散歩を楽しく/青山番外編
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# by motokunnk | 2011-04-16 08:39 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

東京ビッグサイトと水の広場公園

今日は仕事が一段落したので、久しぶりにお台場の先、東京ビッグサイトで開催されている展示会に行ってきた(といっても、一段落したと自分で勝手に決めつけているだけの話である)。
ゆりかもめに乗りレインボーブリッジを越えると、海上保安庁の巡視船が停泊しているのが見える。巡視船を見ると「海猿」を思い出してしまうのは私だけかもしれない。つい最近の映画「海猿3」も仙崎大輔のスーパーマンぶりが誇張されていたような気がする。さて話を戻して、ゆりかもめを国際展示場前駅で下車するといつものようにビッグサイトへ向かう人の波! その中である人があらぬ方向を向いて写真を撮っているではないか。その方向を見てみると、綺麗な公園が広がっている。
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展示会は後で行くとして公園に立ち寄ってみることにする。
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「水の広場公園」と名づけられているその公園は確かに水辺にあり、写真を見ればわかっていただけるが、本当に海に面しており、磯の香りがしそうね公園である。
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休日であれば若者たちのデートコースとしてもってこいの散策路だと感じた。
途中に休む場所もあり、絶好のデートスポットだと思ってしまった。今の若者は遊ぶ場所がたくさんあって羨ましいものである(老人の僻みかもしれない)。
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さて、ビッグサイトはいつものように人が一杯! 最近人ごみに慣れていないので、早々に退散することにしたが、ふと何のために展示会に来たのかと思ってしまった。まあ、ガイドブックは手に入れたので暇を見つけて知識を習得することにしよう。
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水の広場公園 → http://www.tptc.co.jp/park/mizunohiroba/tabid/384/Default.aspx
私が行った展示会 → http://www.photonix-expo.jp/
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# by motokunnk | 2011-04-15 18:31 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)