まずは、
臼田亜浪の記念碑から。
まず臼田亜浪を知らない人(私もそうであった)に対してその略歴を調べると、明治12年小諸で生まれたとある。はじめ新聞記者であったが、大正四年「石楠」を創刊主宰し、昭和26年没するまで旺盛な作句活動をするとともに門下に多くの俊英を育てた。

その作品は抒情を秘めた雄渾な自然詠を特徴とし、愛誦すべき句があまたあるのだが、残念ながら今日亜浪の句業に接する機会は少ないのが実状であるという。
代々木八幡に刻まれている俳句は「そのむかし代々木の月のほととぎす」昭和8年に亜浪が55歳のときに詠んだ句である。
臼田亜浪を知りたいひとは →
http://www.geocities.jp/haikunomori/arou.html
そしてその次は、
表忠碑について。
明治37,38年の日露戦争の際にこの地域から出征した人達の名前を刻んだ碑ということである。 揮毫は小笠原長生子爵。 かつての代々幡村奨兵会の手によって幡代小学校内に建立された。

しかし第二次大戦後に、 戦後軍国主義の象徴として取り壊されそうになったものを、有志の手で神社境内に移され保存された。毎年3月23日に慰霊祭が行われているとのことである。
表忠碑という言葉も私は知らなかった。全国津々浦々に表忠碑があるそうで、Googleで検索すると、300万件以上のページがヒットする。
ちなみに一番目にヒットしたページは →
http://www.yaturugi.net/page011.html
どうも戦争に関連した記念碑の総称のようである。詳しい方がいたら教えて欲しい。