人気ブログランキング |

記憶に残るレーシングカー

土曜日に「クラシックカーフェスタ」に行ってしまったのが発端なのかもしれないが、車好きだった過去(自動車レース好きと訂正しなければいけないかもしれない)を思い出してしまった。
というわけではないが、過去に撮った写真をベースに思い出などをつづってみたい。まず1回目は「トヨタ7」についてである。この車は1969年に活躍した車であり、ちょうどそのころ人気のあったグループ7のレースで優勝した車のレプリカであろうと思われる。
d0183174_1940660.jpg
1966年から北米大陸ではCan-AMシリーズというグループ7(オープン2シーターのレーシングカー)のレースがはじまり、人気を集めていた。そして1968年にシリーズ終了後に日本にシリーズを戦ったチームを呼んで日本Can-Amなるレースが開催された。第1回は、P.レブソンのマクラーレンが優勝し、日本から参戦した「トヨタ7」が福沢幸雄のドライブで4位に入っている。福沢はあの福沢諭吉の曾孫で、翌年の1969年に今回説明する「トヨタ7」試作車のテストドライブ中に不慮の事故で一命を亡くしてしまった。当時は週刊誌を賑わしたものである。
そして1969年の第2回日本Can-Amでこの「トヨタ7」が優勝するわけである。前年は3リッターV8エンジン搭載であったが、この年は5リッターV8エンジンを搭載し、海外のグループ7勢に負けない馬力を有していた。ただ、海外の一流チームが来日しなかったこともあるが、ぶっちぎりの優勝であったと記憶している。優勝したドライバーは川合稔であり、当時タレントの小川ローザと付き合い、結婚したように記憶している。ただ、この川合稔も1970年にトヨタが本場のCan-Amに挑戦するために作成した「トヨタ7」のテスト中に事故死してしまう。ちょうどオイルショックの時期でもあり、トヨタのレーシング活動が休止された。このこともあり日本のレースシーンはプライベート中心のレースが主流となっていく。
さて写真のトヨタ7であるが、前年のトヨタ7をモディファイした製作されている。10月に開催された日本GPではウィングが禁止されており、リアスタイルは平凡であったのが、日本Can-Amの際には、ご覧のようにウィングが装着され、操縦性がかなり改善されていたようである。この写真は数年前のお台場で撮ったものであり、レストアされて本邦初公開であったように記憶している。
by motokunnk | 2010-11-30 19:43 | Racing Car | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://kmotokun.exblog.jp/tb/12393453
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
<< 記憶に残るレーシングカー・その2 「なんじゃもんじゃ」の名木・外... >>