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赤坂氷川神社には歴史がいっぱい

白金の氷川神社にお参りし、都内の氷川神社を巡ってみようかとの思いが芽生え、とりあえずは近場にある氷川神社をこの3連休でお参りしようと今回は赤坂にある氷川神社をお参りした。
地下鉄千代田線の赤坂駅から徒歩で5~6分ほど歩くと目指す赤坂氷川神社の参道が目に入る。参道脇には看板があり、よく見ると徳川吉宗公即位300周年記念事業のご案内とあり、新社務所建築の寄付(奉賛金というそうである)のお願い看板であった。いずこの神社も記念事業ばやりであるようだ。
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さて、赤坂氷川神社はりっぱなホームページを公開しており、由緒などを調べるのに役に立つ。
ホームページの由緒によれば、
「創立の起源は、古い書物によると、天歴5年(村上天皇 951年)武州豊島郡人次ヶ原(俗称…古呂故ヶ岡・赤坂4丁目一ツ木台地)に祀られました。これよりおよそ百年後の治歴2年(後冷泉天皇 1066年)、関東に大旱魃が発生、降雨を祈るとその霊験(しるし)があり、以来よく祭事が行われました。
江戸時代、幕府の尊信は篤く、八代将軍 徳川吉宗公が享保元年(1716年)将軍職を継ぐに至り、同14年(1729年)に老中岡崎城主水野忠之に命じ、現在地(豊島郡赤坂今井台)に現社殿を造営、翌15年(1730年)4月26日に、一ツ木台地から現在地への遷宮が行われ、28日に将軍直々の御参拝がありました。
以後十四代家茂公まで歴代の朱印状(※港区文化財)を下附され、一層の御神徳を高め、開運・厄除・良縁の鎮守神として尊崇を深められました。」
現在の位置に社殿を作り、遷宮させたのは徳川吉宗ということがわかる。それで吉宗即位300周年記念事業となることが理解できた。
現在の社殿は東京都の有形文化財指定されているとのこと、ここも文化財がたくさんあるようである。境内には銀杏の大木もあるが、これも港区の指定文化財となっていた。
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さて階段をあがり境内を見渡すと古めかしい看板がある。近づいて読んでみると、何と浅野家下屋敷跡とあるではないか、ということは瑤泉院が大石内蔵助と討ち入り前に会った場所はここなのかと感心してしまった。
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帰りには何と南部坂を下り六本木から帰宅したので大石内蔵助気分を満喫したのである。(帰宅して、ネットで調べると、史実には「南部坂雪の別れ」はなく、大石がこの下屋敷を訪ねているのは1回のみだったそうである)。
また、ネットで調べていると、江戸七氷川という記載があり、赤坂氷川神社がその筆頭と書かれている。では残りの六氷川はどこなのかを調べてみると、これがよくわからないらしい。
唯一、赤坂氷川神社のホームページによれば
「望海毎談に云、氷川明神、江戸の中に七所有、赤坂御門外の社、江戸にては年久し、元大宮の近くに小呂子と云所、氷川を祀りたりし社なり、此所より遷したる所なれば、赤坂の宮居を小呂子の宮と呼びたるを、誤て小六の宮といふ、素盞男尊根の國に追せられ、手摩乳足摩乳が家に入給ふ所を、日の川上といふ所なれば、日の川上といふ詞を以て氷川と呼で素盞男尊を祭りたる神なり、大貴己命は素盞男の御子なりと申より此神は此地神の祖なるを以て、氷川の神靈には相共に祠る、世人大貴己命計を祠り申と覚へたり、(―中略―) 此外今井の盛徳寺の内の氷川の社、麻布一本松の市中の社、羽根田村にて新堀近き所の社、下渋谷にて羽根田の屋敷の社、又北の方にては上水のはたなる萬年寺山の社、巣鴨の入口なる氷川の社頭は坂より上へ見上ぐる所にして、いとかうかうしく何も氏子多く賑ふなり」
とあり、脚注に
①赤坂御門外 : 当神社遷座前のお社のことです。
②今井の盛徳寺 : 元氷川坂(現:本氷川坂)の盛徳寺(現:神奈川県伊勢原市)の敷地内にあり、当神社に勧請されました。
③麻布一本松 : 現在の麻布氷川神社のことです。天慶五年(938)源経基東征の時、麻布一本松付近に勧請しました。文明年間太田道灌ともいわれます。万治二年(1659)、芝増上寺の隠居地になるに伴い、現在地に遷座しました。麻布の総鎮守のお社です。
④羽根田村 : (調査中)
⑤下渋谷 : 現在の渋谷氷川神社のことです。明治22年以前、渋谷村は上渋谷・中渋谷・下渋谷に分かれていました。慶長十年に記された「氷川大明神豊泉寺縁起」によると景行天皇の御代の皇子日本武尊東征の時、当地に素盞鳴尊を勧請したとあります。
⑥萬年寺山 : (調査中)
⑦巣鴨の入口 : 文京区千石の簸川(ひかわ)神社のことです。もとは小石川植物園の地にありましたが、承応元(1652)年に、徳川綱吉の白山御殿が造営されることになり、同じ地にあった白山神社と共に移転しました。簸川神社が現在地に移ったのは元禄十二(1699)年です。
と記されている。
渋谷にある氷川神社も七氷川のひとつであることがよくわかる。
狛犬の写真を撮りに赤坂氷川神社までお参りにいったが、狛犬以外の新たな発見をした氷川神社参拝であった。この他(勝海舟が住んでいた、包丁塚など)にもいろいろな発見があったので、次回以降に書き記すこととする。

この記事を書くにあたっての参考→ 赤坂氷川神社ホームページ
by motokunnk | 2011-01-08 15:58 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)
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