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北条氏の居城であった小田原城

小田原まで来たのであるから、やはり小田原城に行かなくてはいけないと思い、帰りに小田原城に寄ってきた。居神神社方面から小田原城へは北入口が便利なようで、正門からではなくの入場であった。
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さて歩いていくとすぐに天守閣を望む場所にたどりつくことができた。昔、訪れたときは何故か天守閣までが遠かったような気がしたが、それは気のせいだったのかもしれない。歴女という言葉があるように、今は歴史ブームのようで、戦国時代の衣装を貸すお店も出ていたし、いかにも歴女という女性が戦国武将のイデタチで散策している姿を見かけた。家族ずれまでが戦国衣装に身をつつんで散策している姿を見ると何となく心がなごんでしまったのも歳をとったせいかもしれない。
さて天守閣は建設当時のものがそのまま残っているのかと思ったがどうもそうではないようだ。歴史を見ていくと
「室町時代駿河国の大森氏が、今の小田原高校が建っている東側の八幡 山故郭と呼ばれる丘陵上に城を築いたのが始まりといわれている。 明応4年(1495年)に 北条早雲が攻略し当時の城主、大森藤頼を追放したが、その頃の小田原城は小規模であっ た。 その後 故郭を中心に同心円状に広がり、北条市の勢力拡大とともに、今の本丸や 二の丸にまで広がったという。」
また、その後も大火や天災などがあり、天守は被災して今の天守閣は再建されたものだそうである。
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天守閣から二の丸に下っていくと、常盤木門が目に入る。この門は小田原城の中で最も大きく堅牢であったという。惜しくも門自体は元禄年間の大地震で崩壊してしまったが当時の記録を元に昭和に入りご覧のように見事に再建されている。
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階段を下りていくと、小田原市指定の天然記念物となっている「小田原城跡のイヌマキ」(左の写真)の木や「小田原城跡のビャクシン」(右の写真)の木を見ることができる。いずれも高さが十数メートルにもなる大木である。大木を背景に記念写真をとる家族連れの姿もあり、小田原城に来て1日を過ごすのもよいかもしれないと思ってしまった。老後はノンビリと小田原あたりに居をかまえるのもいいかもしれないと考えてしまう小田原行脚であった。
by motokunnk | 2011-01-13 20:19 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)
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