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由緒ある神社のようです:御田八幡神社

第一京浜沿いを田町駅から品川駅方面へ歩き、札の辻交差点を過ぎると、右前方に奇妙な光景が目に入る。ビルの広告ではないだろうが、御田八幡神社と書かれている。
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八幡神社というからには由緒があるはずだが、宣伝も派手だし、何であろうと思っていた。最近近くを通りかかったのでその理由を調べて謎がわかったような気がする。ビルの名将が御田八幡ビルと書かれていた。多分、御田八幡神社が所有しているのではと思う。逆に品川駅方面から田町方面へ向かって進むと参道入口がせまいため、話をしながら歩いていると気がつかずに通りすぎてしまいそうである。
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さて、早速ネットで由緒を調べてみると以下のような記述がある
「和銅2年(709年)8月、東国鎮護の神として牟佐志国牧岡の地に祀られたのに始まる。寛弘7年(1011年)、武蔵国御田郷久保三田に遷座し、嵯峨源氏渡辺一党の氏神として尊崇される。その後、徳川家康の江戸城入城の際に奇瑞があったことから、現在地である荏原郡上高輪村海岸を開拓して社殿を造営し、寛文2年(1662年)8月に遷座が行われた。しかし、寛文8年2月の大火により社殿は全焼、仮殿が伊皿子坂薬師寺に置かれた。そして、寛文12年8月に社殿が再建され再度遷座され、慶応元年(1865年)に神祇官により延喜式記載の「稗田神社」に改称、明治5年(1874年)に「三田八幡神社」に改称し、郷社に列した。そして、明治30年(1897年)に現在の「御田八幡神社」に改称するものの、昭和20年の東京大空襲で寛文12年造営の社殿が焼失し、戦後の昭和29年に再び復興され、現在に至る。」
今から1300年以上も前に祀られた、歴史ある神社ということがわかる。その後いろいろな場所に遷座し、江戸時代にこの地に遷座したそうである。狛犬であるが、拝殿左右に奉献されている。第二次大戦で拝殿などは焼失してしまったと記録に残っているが、狛犬だけは戦火を逃れてこのように健在な姿を残しているのが印象的であった。
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三田という土地柄か、寄進もされているようで、境内には企業名が入ったものや今話題の代議士のものなどがあった。そういえばこの人ここが地盤であった。
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by motokunnk | 2011-02-05 08:23 | 神社・仏閣・城郭
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