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初詣の期間はいつまで?/東郷神社参拝記

喪中の年は初詣は控えることと一般に言われているが、初詣の期間はいつまでかと言うことは言われていない。そこでネットで調べてみると、明確には定義されていないようだ。
「一般的には、正月三が日に参拝するのを初詣といっているが、1月中に参拝も初詣とする考え方もある。」(ウィキペディアより)
三が日を過ぎれば初詣とは言わないということでよいようである。また、喪中の年の初詣は控えるという説も間違っているようで神社は×だが、寺院は○だそうだ。また神社についても「神社は絶対に初詣がダメかというと、実はそうでないケースもあります。神道では一般的に五十日祭を終えて忌明けになれば鳥居をくぐっていいと言われています。つまり没後五十日を過ぎれば神社へお参りしてもOKというわけです。」ということで没後50日を境に神社へのお参りは○とのことである。
私の場合は三が日でも1日のみは神社へのお参りは控えて、2日以降は50日以上となるので神社への初詣はOKということらしい。
お正月休みが終わったと思うまもなくの3連休も今日が最終日、明日からは仕事モードの1年がスタートする。ということではないが、昨日は今まで前は通るが一度もお参りしたことがなかった東郷神社へお参りにでかけた。
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読んで字のごとく、明治時代の海軍総指揮官であった「東郷平八郎」を祀っている神社である。詳しくは神社の由緒に書かれているのでそちらを見るとよりよくわかる。
我家の周辺には「乃木神社」もあれば「東郷神社」もあり年末にNHKで放送された「坂の上の雲」ででてきた陸軍大将と海軍大将それぞれを祀った神社があることになる。明治神宮も明治天皇を祀っているわけであるから、このエリアが明治時代を神格化しているシンボルとして捉えられていたのかもしれない。
それはさておき、東郷神社である。明治通りを歩いて竹下口を過ぎると道の左側にりっぱな鳥居と東郷神社の門柱が目に入る。
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境内に入ると、灯篭が目に入るがこれは日露戦争時代の駆逐艦部隊が献納したもののようで、灯篭わきに石碑が建てられていた。
中へ進んでいくと池があり、池から東郷記念館を望むことができる。
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東郷神社で神前結婚式をあげ、東郷記念館で披露宴というカップルにはもってこいのロケーションのようだ。披露宴でなくても何かの宴席で記念館を利用する際にはその前庭としての景色は美しいものがある。
池を過ぎると鳥居が目に入る。
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この鳥居はいわれがかかれており、元は築地にあった水交神社の鳥居を移設したものだそうだ。日露戦争での戦没者慰霊のために水交神社は建立されたそうで、ここにも日露戦争のかげが見てとれる。それほど日露戦争は明治・大正時代にあって、列強の仲間入りをした戦争として評価されていたのかもしれない。
鳥居をぬけると階段がありそれを登ると何と公道にでてしまった。境内の真ん中に公道があるのもユニークである。公道といっても多分、神社への取り付け道のようで、ほとんど車が通らないようである。道路をわたり、本殿がある敷地へ歩を進める。
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本殿を囲む回廊には絵がかけられている。社務所の方から順に番号がふられており、全部で13枚、東郷が薩摩時代からの半生が絵と文章で説明されている。当然日露戦争の日本海大戦の説明もあり、年末の「坂の上の雲」を思い出してしまった。
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他にも海軍総司令官を祀っている神社ということもあり、海軍関連の碑が多数あった。2、3紹介したい。
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まず、海軍経理学校敷石が本殿をでた階段下におかれている。そして海軍将年兵の碑がすぐそばに設置され、その碑の裏には昭和の白虎隊との説明板に書かれているように海軍将年兵についてのいわれが書かれていた。
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そして旧海軍館に設置されていた魚雷の模型も展示され、日本国海軍の記念品青空展示場のようであった。神社というより、海軍記念館といったような雰囲気となってしまった東郷神社参拝であった。

東郷神社 → 公式ホームページ
東郷平八郎 → いつものウィキペディアから
by motokunnk | 2012-01-09 09:21 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)
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