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2010年 08月 11日 ( 1 )

竹久夢二居住地跡の紹介

東急本店から東急ハンズへ行く道の右側に竹久夢二居住跡の石碑がある。文献にによると大正10年夏にお葉(夢二が名付ける・本名は佐々木カ子ヨ)と渋谷に所帯を持つとある。先日紹介した国木田独歩の場所からは歩いて2~3分の場所である。
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多くの叙情画集や「宵待草」の作詞で高まった人気も一段落した頃のことだ。当時ここに住んでいた歌人の西出朝風(ちょうふう)が、自分の隣の家を紹介したとのこと、ちなみにこの朝風とは口語体短歌の創始者という人物で、夢二のパトロンの義理の弟でもあった。
この家の様子を夢二は自伝的画文集「出帆」の中で次の様に描いている。
『…瓦斯燈のように頭でっかちでのっぽの家だったが、二階の窓下の木立の中から川瀬の音が聞こえてきた。すぐ隣が風呂屋で夜遅くまで流しの音がしたりして「まるで温泉へいったようだ」と友達が言った…』
この風呂屋というのが月の湯であろう。間取りは二階四畳半、一階六畳四畳半三畳というささやかなものであったとのことである。
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渋谷での暮らしも長くは続かず、大正13年暮れ、下松沢村松原(現在の世田谷区松原)に移り住んだとある。約3年の短い暮らし中、夢二はここで何を考えたのであろうか、私のような凡人にはとても想像できない。
by motokunnk | 2010-08-11 10:18 | 記念碑 | Trackback | Comments(0)