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2010年 12月 03日 ( 1 )

記憶に残るレーシングカー・その4

第1期ホンダF1チームの代表的なマシンといえばRA272が有名であるが、今回は1968年、長くホンダがF1を休止してしまう最後の年に活躍したRA301についての思い出を語りたい。
前年の1967年、ホンダチームはJ.サーティースと契約し、チャンピオン獲得を目指していた。この年のイタリアGPでRA300が劇的な優勝をとげるわけであるが、このマシンはホンドーラとも呼ばれ、サーティースがローラと関係が深かったので、ローラのフォーミュラマシンを流用してホンダのエンジンを載せたとも言われ、このような呼び名がついている。
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その汚名返上のため、そしてワールドチャンピオン獲得のためにこのRA301は開発されたといえる。確かに、ホンダはエンジンは優秀だが、シャーシーは?といわれないために、シャーシーにも工夫をもらし、車重も軽量化されている。このマシンを駆ってホンダは快進撃をするはずであったが、シーズンが中盤を迎えてもマイナートラブルで完走すらままならない状態であった。そこに追い討ちをかけるようにオール空冷のRA302を発表し、サーティースの熟成もしていないマシンをデビューさせるのは時期尚早だとの忠告を無視して、何とフランスGPでシュレッサーの手によりデビューさせてしまった。当時ホンダはオール空冷の乗用車を発表しており、セールスプロモーションの一環でデビューをあせったのかもしれない。
その結果は最悪! 雨も災いしたのかもしれないが、なんと3周目にクラッシュしてドライバーのシュレッサーは死んでしまった。このこともあり、ホンダはこの年でF1から撤退し、20年近くを経てエンジンサプライヤーとしてカムバックするわけである。ある意味、RA301は悲劇のマシンであったかもしれない。ベルギーGPなどではトップを快走していたわけであり、熟成が進めばGPの勝利も確実だったのかもしれない。
写真は、お台場で撮ったもので、先に紹介した「ニッサンR382」と同じ年にこれもひっそりと展示されていたことを記憶している。
by motokunnk | 2010-12-03 20:06 | Racing Car | Trackback | Comments(0)