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2011年 05月 29日 ( 2 )

オルフェーヴルの強さが際立った日本ダービー

不良馬場が苦手ではないかと言われていた(私が思っていたのかもしれないが)オルフェーヴルが最後の直線で弾けだすという表現がぴったりのように1頭抜け出して見事に2冠を達成した。
同じ勝負服のユニバーサルバンクに注目してレースを見ていたのだが、最後の直線で弾けるような足は残っておらずに馬群の中に消えてしまった。反対にオルフェーヴルはどこをどうやってきたのかわからないぐらいに馬群をぬって皐月賞と同じように最後は独走に近い走りであった。
ウインバリアシオンもうまく立ち回り2着に入ったのが精一杯だったようである。父親のハーツクライの雪辱はならなかった。
ドリームジャーニーの全弟にあたるオルフェーヴル、兄、父が遅咲きであったが、この子は3歳クラシック路線から大活躍! 母の父がメジロマックイーンということから3冠馬となる可能性は大いにあるように思う。菊花賞が楽しみとなってきた日本ダービーであった。
反対に良血馬といわれていたリベルタスであるが、競争を中止したようである。馬自体に異常はないようにTVでは見受けられたが、皐月賞の大敗(ゴール前では歩いているようだった)に続きどうしたことであろうか。やはり体調面で問題があるのかもしれない。しっかり休んで立て直して欲しい。

日本ダービーの結果 → netkeiba Homepage
by motokunnk | 2011-05-29 16:29 | スポーツ全般 | Trackback | Comments(0)

散歩を楽しく/神社と狛犬その17・櫻田神社

今日は朝から雨降りである。こんな日は気持ちが病んでしまうような気がする。さて先週、麻布エリアを散策した際に、六本木ヒルズ付近で神社を発見したので早速お参り方々狛犬の写真を撮ってきたので紹介する。
このような場所に神社があったとは知らなかったが、帰宅しネットで調べると由緒ある神社のようである。
散歩を楽しく/神社と狛犬その17・櫻田神社_d0183174_1157823.jpg

「源頼朝の命により、渋谷庄司重国が霞山(現在の霞ヶ関桜田門外)に祀ったことに起こるという。文治5年(1189)奥州征伐の奉賽として、源頼朝より30貫の田地を寄進された。この御神田の境界に桜を植えたところ、その桜が見事に咲き誇ったことから「桜田」と讃え、村の名も桜田村と称したとされる(ただし、桜田郷の名はすでに平安時代の『和名類聚抄』に見える。ともかく桜田は御田などと並んで江戸でも最も古い集落の一つであり、古くから鎮守として祀られていたことは間違いないだろう)。文明年間(1469~87)には太田道潅が社殿を再興し、太刀甲冑を奉納した。寛永元年(1624)、江戸の整備に伴い、氏子とともに霞ヶ関から現社地に遷った。江戸城桜田門は桜田郷の名に因む。また、現在の西新橋1丁目の一部(芝桜田)はかつての桜田村の一部であり、現在も桜田神社の氏子である。」
とある。(http://goshuin.ko-kon.net/touto_jinja/03_sakurada_azabu.htmlより)
そしてこの神社何と港区の七福神の寿老人を祀っているそうである。参道(といってもそれほど長くはなく、いかにも都会にある神社といった短さであるが)左にご覧のような木の板に寿老神の文字と港七福神の内という文字が読み取れる。
初詣の際に七福神の話を書いたが、すっかり忘れていた。忘れたころに偶然見つけてしまう、なにやら探し物を偶然見つけたような不思議な感じがした先週の日曜日であった。
狛犬の話がおろそかになってしまったが、ご覧の1対の狛犬が本殿を守る形で本殿下の階段脇に祀られていた。
散歩を楽しく/神社と狛犬その17・櫻田神社_d0183174_11573030.jpg


港七福神のページ → 麻布十番商店街の紹介ページ
本ブログ内で関連する記事
七福神のある神社の紹介その1 → 神社と狛犬その5・都内23区の七福神
七福神のある神社の紹介その2 → 麻布の神社めぐり・十番稲荷と氷川神社
by motokunnk | 2011-05-29 11:58 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback(4) | Comments(0)