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2011年 06月 09日 ( 1 )

ニッサンR380-Ⅱのデビュー戦は1967年の、、、

先月末のノスタルジックカーショーでこれまた久しぶりにニッサンR380-Ⅱを見ることができた。カラーリングは赤と白のツートンカラーで1967年秋に矢田部サーキット(バンクのついた円形のサーキットで主として耐久テスト等が行われていた)でレーシングカーとしてのスピードレコード樹立のときのものである。
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それを遡ること約半年、5月に行われた第4回日本GPで必勝を約束されて昨年のR380とは全く新しいコンセプトで開発されたとのが真の目的であったのであろう。実際に4台のR380-Ⅱがエントリーされ(ドライバーは旧プリンス系が砂子と大石、旧ニッサン系が高橋と北野と仲良く2名ずつ)、同じく3台エントリーされたポルシェ906との決戦に備えていた。
結果はご存知のように昨年までプリンスのワークスドライバーであった生沢徹が見事に優勝し、R380ーⅡは2位に甘んじてしまった。ただ、レース開始直後から生沢と高橋国光のR380-Ⅱはテール・トゥ・ノーズの接戦を繰り広げ、18周目のS字で生沢がスピン、直後についてい高橋もその巻き添えを食ってしまい、生沢はすぐにレース復帰したが、高橋は大きくエスケープゾーンはずれまで回避してエンジンストール、再始動に手間取ってしまい優勝は去っていってしまったのが実際のところである。
このレースはTVで見ていたが、まさに手に汗握る戦いであったと記憶している。またこの後、生沢は同じポルシェの酒井正と後半40周過ぎからデットヒートを繰り広げるのであるが、こちらは酒井のポルシェが30度バンクでスピンしてリタイア(車は大破したしまったが、怪我はたいしたことはなかった)し、その後は燃費を考慮して若干ペースを落としてチェッカーを受けた。
これが第4回日本GPであるが、TVやその後の雑誌で見たR380-Ⅱはポルシェ906ライクなイメージがして美しかった。この頃は速いレーシングマシンは全て美しかったと記憶している(フェラーリしかり、ロータスしかり)。そしてミッドシップに搭載された直列6気筒エンジン改良型があのスカイラインGT-R(通称はこスカ)に搭載されるのである。

ウィキペディアより → ニッサンR380
ウィキペディアより → 第4回日本GP
by motokunnk | 2011-06-09 19:05 | Racing Car | Trackback | Comments(2)