人気ブログランキング |

2011年 06月 11日 ( 1 )

散歩を楽しく/白金番外編・北里柴三郎

今日は朝から首都圏は雨、雨の中の散歩はなしとして、撮りためた写真の中から数枚ピックアップして紹介することにする。先週の土曜日に白金地区を散策したのであるが、そのときに通勤で通る道の傍らにある大学のキャンパスに足を踏み入れてみた。
その大学というのが北里大学である。記念病院も併設しておりまた当日は臨床薬理試験研究会も予定されていた。大学の祖である北里柴三郎であるが、中学の国語の授業で学んだ記憶がある。確か細菌を発見し、日本の医療に多大な貢献をしたというようなことを教えられたような気がした。ここは北里柴三郎についてまず調べてみることにしよう。
例によって、ウィキペディアで調べてみる。
「熊本生まれ。細菌学者。庄屋の長男に生まれ、熊本医学校、東京大学医科大学を卒業後、内務省衛生局に勤務。ドイツに留学し、明治19年(1886)よりコッホに師事、22年(1889)に世界初の破傷風菌培養に成功した。24年(1891)医学博士となり、25年(1892)帰国後は伝染病研究所長を務めた。研究所の文部省移管に反対して辞職、大正4年(1915)北里研究所を設立し、6年(1917)には慶応義塾大学医学科創設に尽力した。」
とあり、細菌学では第一人者であったようである。それで、キャンパスにはコッホを祀った神社が建立されているのがわかる。
d0183174_9194858.jpg
建立の詳細が記述されている銅(だと思うが)のプレートが一緒に建てられている。北里といえば、初代の東京大学医科学研究所所(旧国立伝染病研究所)所長でもあり、白金にはゆかりのある人物のようである(研究所が東大の下部組織となることに反発して辞任して北里研究所を設立したとあるので、近くに土地を探して建設したのかもしれない、歴史は調べると因縁があって面白い!)。話は横道にそれてしまうが、東京大学医科学研究所内にある近代医科学記念館は当時の「伝染病研究所」の外観を模したものだそうである。知っていれば外観写真を撮っておくべきであった。写真は入口とそばに咲いていた紫陽花の花である。
d0183174_9201059.jpg

さて、北里柴三郎についてはこの程度にし、キャンパスをざっと見渡すと病院棟が入口から右手、研究棟が同左手にわかれていて整然と配置されている(キャンパス内には案内図が設置されていて初めて訪問した人にもやさしく応対してくれる)。
d0183174_9203684.jpg
病院奥には東洋医科学研究所と表示されたりっぱな研究棟が建てられている。研究棟エリアには中庭といえるスペースが設けられており、昼時などは学生が団欒するスペースとして活用されているのだと思った。
d0183174_9205424.jpg

リハビリ系学科、看護系学科も整備されているようで、総合とまではいかないがりっぱな医学系大学&病院といえるのだへないかと感じた。北里柴三郎の教えが引き継がれている学校だと思った。
最後に北里柴三郎の墓であるが、青山墓地にある(墓石の位置:1イ 19 2)。そばに「畝傍(うねび)の森」と題された庭園(ポケットパーク)があるので、近所まで行った際は覗いてみるのもいいかもしれない。「畝傍(うねび)の森」は一見の価値はあると思うのだが(下のブログ記事を読んでみて欲しい)、、、。
d0183174_9211030.jpg


北里柴三郎については → 近代日本人の肖像
北里研究所については → 公式ホームページ

関連している私のブログ → 散歩を楽しく/白金台編
関連している私のブログ → 巡洋艦「畝傍」と水雷砲艦「千島」
近代医科学記念館の全景 → 近代医科学記念館(この記事の最後に写真あり)
by motokunnk | 2011-06-11 09:21 | 街の風景 | Trackback | Comments(0)