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2011年 09月 20日 ( 1 )

日本デザイナー学院と代官山弁財天

代官山の裏通りを歩いていると、ご覧のイラストにお目にかかることができる。どちらも東急東横線・代官山駅から渋谷方面に歩いてきた高架の壁に描かれており、キャプションを見ると、「制作 日本デザイナー学院 イラストレーション科」となっている。
日本デザイナー学院と代官山弁財天_d0183174_19313550.jpg

近くには、専門学院として有名な日本デザイナー学院があるので、学院と地域の最近はやりの協働作業ではないかと思い、デザイナー学院のホームページを覗いてみると渋谷に限らず、いろいろな自治体や企業などとコラボレーションしているようである。渋コラと題したページには過去の作品がでているので興味のある人はご覧あれ。
話が横道にそれてしまったが、代官山にも弁財天があるとは知らなかった。このイラストも地域の人間でも見落としてしまいそうなものを導いてくれる効果があると実感した。
さて弁財天は民家の片隅の置かれており、散歩している限りではなかなか発見することは困難である。ただ一度見つけてしまうと度々訪れてみようかとも思ってしまうのは人間の性かもしれない。当然由来があるようで、りっぱな説明板が設置されている。
日本デザイナー学院と代官山弁財天_d0183174_193213.jpg
それによると、
「昭和18年、戦争が激化し東京も空襲を受けるようになったことから、この地に防空壕を造ろうとしたところ、怪我人が続出し、心配された当時の町会長・永沢氏が、中目黒・現耀寺の鈴木住職に拝んでいただいたところ、住職の脳裏に昔この辺りにあった大きな沼が見え、種々の動物、特に白蛇の姿が多く見られ、彼らの安住の地にシャベルを入れ掘り起こした為の怒りと判り、その魂を鎮めるようにと、水の神と云われる弁財天を祭神として建立された。
その為か、前方に見える東横線の向こう側は戦災により恵比寿の方まで焼失したにも関わらず、この地は無傷で残ったという。」
というようなことが書かれている。その隣に弁財天が祀られている。賽銭箱も用意されており、ちゃんと水場も用意され、中には金魚が泳いでいた。
さて折角なので「弁財天」について調べてみると、
「経典に準拠した漢字表記は本来「弁才天」だが、日本では「才」が「財」の音に通じることから財宝神としての性格が付与され、「弁財天」と表記する場合も多い。弁天とも言われ、弁才天(弁財天)を本尊とする堂宇は、弁天堂、弁天社などと称されることが多い。
本来、仏教の尊格だが、日本では神道の神とも見なされ、七福神の一員である。仏教においては、妙音菩薩(みょうおんぼさつ)と同一視されることがある。また、宗像三女神と同一視されることも多く、古くから弁才天を祭っていた社では明治以降、宗像三女神または市杵嶋姫神を祭っているところが多い。」
日本デザイナー学院と代官山弁財天_d0183174_19322579.jpg

とある。弁才天というのが本来の意味のようである。また勉強してしまった。代官山弁財天の位置関係は左の写真を見てわかるように、極めて小さな弁財天である。右の写真は近所で見つけたデザイナー学院のイラストレーション科の作品である。すぐそばにはこれを模試したものもあったが、、、

日本デザイナー学院 → 公式ホームページ

弁財天 → 弁財天(ウィキペディアより)
by motokunnk | 2011-09-20 19:33 | 記念碑 | Trackback(1) | Comments(0)