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2012年 01月 17日 ( 1 )

1月17日、阪神淡路大震災、あれから17年

17年前の1月17日午前6時前、阪神淡路大震災は発生した。あの日の朝起きるとTVで関西方面で大地震が発生したとの放送が流れていた。
首都圏では地震の揺れはそれほど大きなものではなく、私などは気がつかなかったほどである(震度3だと立って歯磨きをしていると気がつかないものである)。
ニュースでは報道用のヘリからの映像が映し出されていたと思うが、各所で火の手が上がっている様子は目にすることができた。食事をして出社すると(当時は資料室勤務であった)、白地図をコピーしにきている総務部の友人がいた。何をしているのかと聞くと、会社保有の施設をこの白地図にプロットして安全確認作業をするとのことであった。
「なるほど、地図をボードに貼り付けて、連絡がとれた場所から被災状況を付箋で貼っていけば被災地図ができるのか」と感心してしまった。ほどなくして今度は営業部の先輩が来て同じ目的で白地図のコピーをしだした。総務部の行動を見て、得意先の被災状況を地図に書き込むことをするそうである。
阪神淡路大震災の思い出というとこの事柄を真っ先に思い出してしまう。また、TVをつけっぱなしにしておいたので、臨時ニュースでは高速道路が倒壊し、観光バスがすんでのところで落下を免れた映像とか、ビルが傾いて今にも倒れそうな映像、そして何と言っても衝撃的な映像は火災であった。1ヶ所だけでなく、神戸市内の様々な場所で火災が発生して手の施しようのない状況であることをレポーターが話していたのを記憶している。
阪神淡路大震災は地震の被害も大きかったが、火災の被害もまた激しかった。建物は数々の地震のたびに耐震性は強化されて今回の東日本大震災でも倒壊した建物の数は地震の規模からすれば少なかったと思う。問題は津波であった。これも過去の歴史を紐解けば、津波による被害が教訓となって残されていた地域では被害はあったが甚大ではなかったとの報道もあった。
ただ大部分の地域では、津波の被害を心配するよりは利便性を追求した方がメリットがあるということで(必ずしもそうではないかもしれないが)、海沿いに生活基盤を設けてしまったエリアもあった。そのエリアの被災状況はご存知の通りである。そして福島原発である。東京電力の対応のまずさもあるが、政府の初期対応のまずさにも閉口である。もっと早い段階で策を講じておればこれほどの2次災害を起こさずに住んだのではないかと思う。福島の採石場の石を利用したコンクリートからセシウムがでてきたが、これなどは政府の対応がしっかりしていれば防げたと思う。
起きてしまったことはしかたがないが、2次災害、3次災害をいかにして防ぐか、阪神大震災慰霊の日にあたって二度と過ちは繰り返さないことを肝に銘じておきたいと感じた。

阪神淡路大震災 → いつものウィキペディア
by motokunnk | 2012-01-17 19:49 | 日記 | Trackback | Comments(0)