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2012年 01月 26日 ( 1 )

富士山から日露戦争へ

今朝のカミさんとの会話を一言でいうとこのようになる。発端はTVで富士山が世界自然遺産への申請候補として決定したというニュースが流れたことであった。
たまたま昨日名古屋へ遺産相続の件で行っていたので、新幹線から富士山が綺麗に見えたという話になった。そして「お座敷小唄」の話になり、この歌からお手玉をするときによく歌った歌の話になっていった。
そして、手鞠歌の話につながって「一列談判」まで話がすすんでしまった。カミさん曰く「多分、自分の母もその歌は母から教えてもらったのであろうと」。確かに私も母から教えてもらったような気はするが、母もまた日露戦争は知らないわけで誰かから教えてもらったのであろう。
最近はお手玉とか古来の遊具を使った遊びをしなくなったせいか、このような歌も廃れていく運命にあるのかもしれない。
一列談判の歌詞を読んで、本当にこのように信じていたら恐ろしいことだと思ってしまった。ロシアの兵はもっと勇敢であるし、敵前逃亡などしないはず、NHK「坂の上の雲」を見てそれを強く感じてしまった。
歴史は繰り返すではないが、第二次世界大戦でも米兵は臆病とか、すぐ逃げるとかまことしやかに教えられていたそうである。世の中、教育とは恐ろしいものだと認識をあらたにした次第である。
今朝の会話はおおよそこのようなものであった。文字にしてみると内容のない会話であった。

一列談判の歌詞

一列談判破裂して、日露戦争始まった
さっさと逃げるはロシヤの兵、死んでも尽すは日本の兵
五万の兵を引き連れて、六人残して皆殺し
七月十日の戦いに、哈爾浜(はるぴん)までも攻め破り
クロパトキンの首を取り、東郷元帥万々歳

数え歌となっているので、確かに1から10まで語呂合わせでつながっているところが面白い。

手鞠歌 → いつものウィキペディア
by motokunnk | 2012-01-26 19:28 | 日記 | Trackback | Comments(0)