カテゴリ:公園・庭園・遊歩道( 51 )

公園造りの良し悪しとは・白金公園はいい公園?

渋谷区と港区の公園造りには明らかに差があるようである。渋谷川・古川に架かる橋の写真を撮っていて橋が架かっている公園に出くわした。今回紹介する白金公園である。
渋谷区の児童公園とは違い、いろいろためになるであろう展示がなされている。
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ひとつは「清流の復活」である。見ている範囲で同様の看板が建てられているのは天現橋のたもとと並木橋のたもとの2箇所、いずれも交通の便のよいところであり、人目につきやすい場所である。
明らかに2箇所とは違い、子供たちに見て欲しい、学んで欲しいという気持ちがあって建てられているような気がした。
もう1点は「白金親水テラス」である。親水テラスとは住民が水に親しめるよう、川岸を整備して作られた遊歩道や緑化地のことをいい、都内では神田川の親水テラスが有名のようであるが、ここ古川にもかわいいながら親水テラスが用意されている。
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そして「越前水仙」の花壇も用意されている。きっと水洗の花が咲くシーズンには黄色の鮮やかな花が咲き誇っているであおろうと想像してしまう丸い花壇。そばには、福井県越廼村から寄贈されたこと書かれ、水仙の由来(中国から伝わったそうである)や福井県の県の花が水仙であるといったことも説明されている看板が添えられている。
明らかに渋谷区に見かける公園とは違う内容の公園であるが、児童公園は単に遊べるスペースが潤沢にあるのがよい公園と考えるのがよいのか、遊んで学べる公園がよいと考えるのか、いい公園とはどちらなのか考えさせられてしまった。
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by motokunnk | 2011-03-17 19:51 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

三本きのこの休憩舎の利用法・代々木公園散策その11

代々木公園の見所スポット案内のホームページには園内各所に設置された休憩舎の紹介が載せられている。その説明には、「幼児や学童の方々の団体利用での拠点として利用するのに便利」と書かれている。
確かに週末、健康のために散策する機会があるが、身体障害者の方々がジョギングしている姿をよく目にする。必ず同伴者の方が横について走っているのであるが、よく声をかけながら走っている姿を見ると、頑張っていうるなあと元気を貰えるような気がする。さてその同伴者の荷物などどこにおいてあるのかと他人事ながら気にかかっていた。
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「三本きのこの休憩舎」周辺を散策する機会があったので、紹介するとご覧のようにボランティアグループの方の荷物がまとめておかれていた。「幼児や学童の方々の団体利用での拠点として利用するのに便利」という説明書きのように団体利用での拠点としての利用がなされていることを発見、目的通りの使われ方をされていることに安堵した。不況の世の中、弱者をいたわる心が欠けがちであるが、この公園では弱者をいたわり、その能力をフルに発揮させるためのボランティア活動がされていることを認識した。そのためのベースとして「三本きのこの休憩舎」が有効に利用されている。

一方、今朝のニュースでは大相撲の春場所開催中止が放送されていた。決定は今夜開催される臨時理事会だそうであるが、八百長問題を引きづったままでの開催は世論の賛同を得ることができないという判断をくだしたものだと思う。本場所の開催中止は65年ぶり、不祥事での開催中止は初めてだという。昨年の野球賭博事件のときは開催したが放送はなし、そして今回は開催中止、年6場所あるが、地方開催のときにこのような不祥事が発覚するのは単なる偶然であろうか。名古屋、大阪、九州と開催地の地元の相撲ファンのことを思うとちょっと割り切れない思いもする。もともと相撲は八百長が噂されていたグレーなスポーツである。いっそのこと公益法人の認可取消申請をして、一から出直しという選択をしてはどうかとも思うのだが。
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by motokunnk | 2011-02-06 08:50 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

展望デッキの落書き・代々木公園散策その10

今日は2月1日、首都圏では私立中学入試の日である。そのせいというわけではないだろうが、今朝いつものように通勤経路となっている金王八幡宮の前を通ると、着飾った親子連れが階段を走って登っていく光景に出くわした。多分これから受験に向かうであろう親子が最後の神頼みではないにしろお願いごとをしにお参りにいったのだと思う。
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さてそんな日であるが、変わったものを見つけたので紹介する。といってこんなものに興味を示したのは私だけかもしれない。変わったものというのは代々木公園にある展望デッキである。NHKの方から歩いていくと、階段があり、代々木公園に行くことができる。その階段は下を道路が通っており、その先にデッキが設けられ、代々木公園を一望できるスポットとなっており、代々木公園の見所でも紹介されている。
私が興味をもったのはその柱に書かれた落書き(失礼!)である。左右に赤と青をベースに書かれており、よく見ると龍をイメージしている。龍といえば来年の干支であり、きっと来年までこの芸術作品(私は絵の才能がないのでこの手の絵を見ると芸術だと思ってしまう)が残っていれば話題となること間違いなしだとおもうのだが。
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見所にはこのように書かれている「森林公園という自然的性格の中に、人工的なペデストリアンデッキ(高架式遊歩道:長さ145m、幅6m、高さ6m)を通って利用者が公園に入る形式で、眺望に最適の場所である。日本初の試みでその後各地に建設されている。」
日本で最初のデッキであるということ、そしてその足元に龍が書かれている、何とも妙な取り合わせかもしれない!
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by motokunnk | 2011-02-01 19:41 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

りっぱに成長した樹木園・代々木公園散策その8

原宿から代々木公園に入ってすぐ右手の場所に東京オリンピック選手村の宿舎が展示されていることは以前、このブログで紹介した。今回紹介するのはその続きである。
宿舎を横目に見て左へ進むと見事な樹木園が一杯に広がった光景を見つけることができる。この樹木園が「東京オリンピック記念樹木園」である。
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実際に樹木園にある説明板によると
「1964年、世界各国の若人たちが東京オリンピックに参加し、代々木の選手村で青春の日々を過ごしました。彼らはオリンピックを記念し、心の交流と世界平和を願って、自国の代表的な樹木の種子を持ち寄りました。ここにはそれらの種子を育成した樹木が植えられています。
当初、東京に持ち寄られた22カ国24種類の種子は育成のため各地林業試験場に送られました。昭和42年(1967年)には苗木になって代々木公園に戻り、現在の場所に植えられました。」
とある。横に樹木園の地図があり、そこには樹木名(国名)が書かれてある。残念ながら「マルバトネリコ」(イラク)には枯渇と記されており、実際には存在していない。
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他の樹木には、その樹木が何であるか、どこの国からのものかがわかる世界地図が表示されたプレートが添えられて、散策をする人に解りやすい説明をしてくれている。東京オリンピックから40年以上が過ぎ、当時は苗木だったがご覧のように今は一人前のりっぱな樹木となって見る者に緑を満喫させている。
代々木公園にはまだ知られていない場所が多々あるようである。
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by motokunnk | 2011-01-15 15:58 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

メキシコからの贈り物・代々木公園散策その7

メキシコ政府からサリナス大統領(当時)夫人来日に際して写真にあるケツァルコアトルの像が寄贈された。
ケツァルコアトルとは、古代ナワトル語で「羽毛ある蛇」(ケツァルが鳥の名前、コアトルが蛇の意)を意味し、宗教画などでもしばしばその様な姿で描かれている。代々木公園の像もそのような形に見えなくはないが、その説明を受ける前はこれが「羽毛ある蛇」とはとても思えないのが本音である。何かの彫刻のようでもあり、また太古の砲台のようにも見える。
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公園内では原宿駅からの入口近くにあり、よく待ち合わせ、集合場所として利用されているようである。
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by motokunnk | 2011-01-06 20:03 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

放送事業功労者を称える記念碑・代々木公園散策その6

東京オリンピック記念宿舎から見本園へ歩き、その先のほうに夫婦が仲良く腰掛けている銅像が見える。台座の説明によれば「しあわせの像」というのだそうである。
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㈱電通がこの像を建てたようで、電通のホームページには次のような記載がある
「 創立70周年にあたる昭和46年には、国民共有の財産ともいえる放送事業の育成発展に尽くし、国民生活の向上に大きく貢献した先覚者の功績を称える<放送功労者顕彰>が、計画どおりに実現しました。第1回の顕彰者には正力松太郎氏(日本テレビ放送網社長)、鹿倉吉次氏(東京放送社長)がその名を連ねており、すでにテレビ時代が始まっていたことが分かります。
顕彰記念像「しあわせの像」は谷口吉郎氏(東京工業大学名誉教授)の設計、菊池一雄氏(東京芸術大学名誉教授)の制作で、昭和46年、東京都渋谷区の代々木公園に建設されました。父親と母親、そして小さな子どもが家族のしあわせをあらわし、温かい家庭のある人生のしあわせを象徴しています。」
とある。 → とっておきの話 放送事業だけでなく新聞、広告それぞれ功労者を顕彰する仕組みがあり、それぞれに記念の銅像が建てられている。時間があれば他の銅像を見てくることにする。
台座にはかすれてしまってはいるが、歴代の放送功労顕彰者の名前が刻まれていた。ひっそりと建てられているところが妙に気になる銅像である。見所スポットなどでは紹介されていないが、代々木公園を散策しているブログではよく見かける銅像であり、訪問した人にとっては印象に残る銅像なのではないか、私もそのうちの一人ではあるが。さていよいよ明日は2010年の大晦日である。今年の10大ニュースなど書いてみようかと思っているが、明日になるとほかに書きたいネタがでてきるかもしれないのがブログのいいところかもしれない。
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by motokunnk | 2010-12-30 19:49 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

東京オリンピックの選手村・代々木公園散策その5

代々木公園は古くは(と言っても明治時代からであるが)陸軍の練兵場であった。それが第二次世界大戦後は、米軍キャンプ地となり(ワシントンハイツと呼ばれて、米国空軍の宿舎が建設されていた)、そして東京オリンピック開催のときに日本に返還され選手村として利用された。
私の少年時代はこの場所がワシントンハイツと呼ばれてアメリカ人の将校が住んでいると聞かされていたものである。東京オリンピックが終わり、敷地の一部が代々木公園となり都民に開放されて今日を迎えている。隣接する国立オリンピック記念青少年総合センターも古くは「ワシントンハイツ」であった。
さて、代々木公園の一角には東京オリンピックの選手村であったことを示す記念の宿舎が残っている。ただし、昔はかなり草ぼうぼうで宿舎も今のように周辺が花壇で囲まれて美しくなかったようである(過去の写真はこちら)。どうもリオに決まってしまった2016年のオリンピック招致活動の際に東京都が整備したようである。
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オリンピックは来ないが、宿泊施設の周辺がきれいになることはよいことだと思う。代々木公園を訪れる人にとっては憩いの場ともなっているようだ。現に私が訪ねたときも若いカップルが記念写真をとるなどしており、「公園内の名所」と位置づけられているようだ。見所スポットや園内マップにも表示されている。
りっぱな説明板も用意されており次のように書かれている。
「1964年第18回オリンピック大会が東京で開催され、その時の選手村の跡が代々木公園になりました。この建物は当時各国の選手が利用した宿舎のひとつで(オランダ選手宿舎)、東京オリンピックを記念して保存されています。見本園(宿舎の左手奥)の樹木は、オリンピックの時に世界各国の選手が持ち寄った種から育てたもので、東京オリンピックを記念して育てられています。」
ここから左手奥のところに見本園があるが、それは次回に説明することとする。
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by motokunnk | 2010-12-27 19:41 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

日本初のバードサンクチュアリ・代々木公園散策その3

代々木公園はA、Bと2つの地区に分けられて管理されているという。A地区が公園部分、そしてB地区が陸上競技場やサッカー・ホッケー場のあるエリアのようである。
さて、A地区の中ほどに古ぼけた木の説明板があるエリアを発見した。
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見たところ何かが書かれている説明板のようである。字がかすんでよく読めないところもあるが、日本で初めてのバードサンクチュアリであるから、大切にしてほしいというようなことが書かれている。確かに、後はごらんのように保護柵が張り巡らされて立ち入ることはできなくなっている。
バードサンクチュアリ、英語ではbird sanctuary、文字通り鳥の聖域という意味である。聖域という意味を拡大して保護区のことをサンクチュアリと表現しているところもあるようだ。さしづめ代々木公園のバードサンクチュアリもこの類であると思う。代々木公園紹介のホームページによれば
「バードサンクチュアリは、日本で最初につくりました。野鳥の好む実のなる木を植え、保護柵で囲ってあります。サンクチュアリ内に入ることはできませんが、園内でも充分に野鳥の観察が行なえます。当初は、野鳥保護のためA地区への犬の連込みをご遠慮いただいたこともあります。」
とあるが、ネットでバードサンクチュアリを調べると、
「日本のバードサンクチュアリのはじまりは、1981年に北海道ウトナイ湖(苫小牧市)に設置された「日本野鳥の会ウトナイ湖サンクチュアリ」。このサンクチュアリをモデルにして、1982年には福島市が「福島市小鳥の森」を設置するなど、バードサンクチュアリ設置の取り組みは行政を含めて全国的に行われるようになった。」(EICネットより引用) → バードサンクチュアリ 
どちらが本当かはわからないが(説明板には昭和41年『多分?』)、いずれにしても自然の生態系が破壊されてしまった都会の中にこのような聖域が残されていることはうれしい限りである。私が子供の時代には、すずめが巣を作って飛び回っていたものである。ある時期からいなくなってしまったが、あのときのすずめは今どこにいってしまったのだろうか。
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by motokunnk | 2010-12-22 20:31 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

渋谷で飛行機が飛んだ・代々木公園散策その2

今からちょうど100年前に代々木の練兵場(今の代々木公園)で、日本で初めての飛行実験が成功した。その記念碑があることは以前このブログで紹介した。先日のTVニュースではどこかの自治体で当時の飛行機のレプリカが展示されていると放送されていた。そんなわけで昨日、散歩がてらに代々木公園にでかけ、記念碑でも見ようと思っていたが、いざ代々木公園まで行くと、他のものに目がいってしまった。
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それが、写真の松である。「竜爪槐」と説明板で紹介されている何の変哲もない松の木である。説明には
『昭和59年、東京都と北京市との友好都市5周年を記念して、北京市から寄贈された。「えんじゅ」は中国では、尊貴(そんき)の樹とされている。「りゅうのつめえんじゅ」は「えんじゅ」の変種の一つで、枝の形が「竜」の爪に似ているところから、この名がつけられたと言われている。
また、枝が湾曲に垂れ下がる様子から、日本では「しだれえんじゅ」とも呼ばれている。』
とある。近頃、尖閣諸島での中国漁船衝突問題から対中国関係がギクシャクしているが、日中国交正常化して、東京と北京が友好都市となり、その記念としてこの松が贈られ立派に成長しているのを見て、この頃の初心に戻って日中関係を考え直さなければいけないのではないかと感じた。中国政府にもそれ相応の責任を感じて行動してほしいのは勿論であるが。
話が初飛行からずれてしまったが、実は昨日、記念碑の前で式典が行われていたようである。今朝のネットニュースにはこのことが記載されていた。
新聞記事 → 国内初飛行100年、偉業しのぶ 東京で記念式典
そして、渋谷の郷土資料館では「企画展:渋谷で飛行機が飛んだ」が開催されているようだ。23日に行って見ようと思う。
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by motokunnk | 2010-12-20 19:51 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

区立公園を散策してみよう

渋谷区にはいくつの公園があるか。渋谷区のホームページにはこのようなページがある。区立公園そのページをみると116箇所の区立公園があるそうである。
その中で、鍋島松濤公園猿楽古代住居跡公園はブログで紹介したことがある。今日は恵比寿公園について紹介する。前2つの公園と違い、この公園は大名の下屋敷跡でもなく、古代の遺跡がでてきたところでもない何の変哲もない普通の公園である。
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ただ恵比寿駅から5分ほどの距離にあり、平日の昼時昼食をとるサラリーマン、OLの姿があり、夕方近くは遊具で遊ぶ子供たちなど、古きよき街の公園そのものという印象が強い。最近はこのような公園で遊ぶ子供たちの姿が見えなくなってしまったが、彼らはどこへ行ってしまったのだろうか。ちょっと心配である。
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by motokunnk | 2010-10-13 20:01 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)