カテゴリ:公園・庭園・遊歩道( 51 )

日本初飛行の地・代々木公園散策その1

代々木公園の一角にその場所はある。具体的には南門から入り、左手にこの記念碑が見える。
1910年(明治43年)12月19日, 当時代々木練兵場であったこの地において, 徳川好敏陸軍大尉はアンリ・フォルマン式複葉機を操縦して4分間, 距離3,000m, 高度70mの飛行に成功した。
継いで日野熊蔵陸軍大尉も, グラーデ式単葉機により1分間, 距離1,000m, 高度45mの飛行に成功した。これが日本航空史上, 最初の飛行である。
d0183174_223509.jpg

手前に設置されている説明板にはこのように記載されている。すぐそばには、徳川好敏陸軍大尉、日野熊蔵陸軍大尉の胸像も建てられている。練兵場とは、兵士の訓練場であり、この地は明治時代には陸軍の訓練場として活されていた。
第二次大戦後に、米軍に利用されて、その後1964年の東京オリンピックの際に選手村として活用され、その後に代々木公園として開放された。
そのためか、記念碑もこの「日本初飛行の地」以外に「大東塾十四烈士」などがある。
[PR]
by motokunnk | 2010-09-10 19:28 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

沢渡中央公園の紹介

今回は横浜市にある公園について紹介する。以前仕事で数回立ち寄った施設のすぐそばにあった公園で沢渡中央公園という名称である。特に有名な人の邸宅跡ということではないようで、市の紹介ページにもそれらしい文言は見つけられなかった。
d0183174_190651.jpg

ただ、市の防災拠点として指定されているだけあって、広い芝生がある。その奥には横浜市民防災センターがあり、一般公開している。そのホームページ施設紹介の中には、「、平常時には、市民防災教育の場として、知識の啓発・訓練等を行うほか、大地震等の災害時には、隣接公園と一体化した一時避難場所として、救護・給食・給水及び備蓄物資の放出等救援活動の拠点となります。 」とある。下の写真、奥に写っている建物が防災センターである。
d0183174_1902814.jpg

やはり、防災拠点として整備された公園であった。しかし、防災拠点といっても平常時は、市民憩いの場としての利用が可能であり、駅から10分程度の場所にこのyほうな公園があることは横浜市民にとってうれしいことだと思う。今度、時間を見つけて防災センターに足を運んでみることにしよう。
[PR]
by motokunnk | 2010-09-03 19:02 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

高橋是清翁記念公園の紹介

青山通り(国道246号線)沿い、カナダ大使館の隣にこの公園はある。公園を入ると、すぐ目につく説明板がある。
港区の設置した「最初の赤坂区役所跡・近代地方自治の発祥」という碑である。明治維新で廃藩置県が行われ、現在の港区は麻布区・赤坂区・芝区の3つの区にわかれていたそうである。
さて、明治初期の歴史を紐解くのは別の機会にし、高橋是清について調べてみる。高橋是清は明治の政治家で、首相経験者でもある。蔵相も7回も勤めるなど、金融界での重鎮というイメージが強い。その高橋是清の邸宅跡がこの公園である。
園内には高橋是清の銅像や公園の記念碑などがある。
d0183174_2126458.jpg
邸宅は第二次大戦で焼失してしまったが、母屋はそれ以前に移築され、「江戸東京たてもの園」(都立小金井公園内)で公開されているそうである。
[PR]
by motokunnk | 2010-08-31 21:26 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

日比谷公園の石桝

再び、日比谷公園内での発見物について。今回の発見は帝国ホテル側の入り口を入ってすぐのところにある石桝(いします)についてである。
d0183174_191634100.jpg

説明板によれば、江戸時代の上水道木管の石桝とのこと。園内各所に置かれているそうである。石桝の内側にその所在地を刻したものもあるそうである。
この石桝から江戸市内の大名屋敷に治水されていたという。勉強になった。
[PR]
by motokunnk | 2010-08-25 19:16 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

日比谷公園の雲形池と鶴の噴水

日比谷公園のシリーズも今回で3施設(回目)である。今回は鶴の噴水をとりあげる。こちらも説明板が設置されており、その説明によれば、明治38年ごろに現在の東京芸術大学・津田信夫、岡崎雪明に依頼製作し出来上がったものとのことである。
d0183174_14153965.jpg

今日は65回目の終戦記念日(何故、敗戦といわないのか子供の頃から不思議に感じていた、どなたかそのわけを知っているなら教えて欲しい)だが、第二次大戦中の金属回収のため、台座の銅が石に変更されてしまった。東京では記念式典が開催されている。その一方で道を隔てた靖国神社には閣僚の参拝はないという。政教分離なのかどうかはわからないが、総理はニュースでは軽井沢静養から武道館まで来たそうである。ちょっと足を伸ばせばよいのだから、神社参拝をしてもいいのではないかと思う。ただこれは一個人の考えで、マスコミ等は面白く、書き立てるのであろう。
さて噴水の話に戻るが、鶴の噴水は都市公園の中では3番目に古い噴水ということである。一番目は長崎諏訪神社、二番目は大阪箕面公園であるそうだ。
大阪府といえば、自治体運営の施設見直しで有名だが、この公園も指定管理者が交代していた。最近は話題となることが少ないが、昨年、一昨年は随分話題となったものである。その後の検証はいったいどうなったのか、マスコミで特集して欲しい。
旧管理者のページ → http://www.osaka-park.or.jp/hokubu/mino/main.html
大阪箕面公園 → http://www.mino-park.jp/
長崎諏訪神社 → http://www.osuwasan.jp/index.html
話題はあらぬ方向にいってしまったが、機会があれば、日本最古の公園内の噴水、2番目の噴水を訪ねてみたい。ただいずれの公園のホームページにもそれらしきことは書かれていないので果たして本当に噴水があるのかどうか、そちらも心配である。
[PR]
by motokunnk | 2010-08-15 14:14 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

日比谷公園と京橋の欄干柱

昨日に引き続き、日比谷公園内で見つけたものについての紹介である。イチョウ並木を過ぎ、鶴の噴水がある池に向かう途中に説明板とともに橋の欄干柱を見つけることができる。どこの橋のものか、説明板を読んでみると何と京橋のものではないか。
d0183174_8245324.jpg

私事で恐縮であるが、私の勤務している会社の本社が元あった場所である。今は移転して銀座、京橋界隈には行っていないが、なつかしい地名でもあり、15年近く通勤した土地でもある。
京橋については、橋の名がつくとおり、江戸時代から日本橋と同様に有名な橋であったそうである。それが昭和34年に下を流れる京橋川の埋め立てにより橋そのものが撤去されたという。
この欄干柱はその前、大正11年、橋の架け替え時にここに移されたものであり、当時は親柱も移された。その後、昭和9年に京橋の橋台地が整備された際にそちらに移されたと説明板に記述されていた。
なるほどそういう歴史があったのかと認識したしだいである。東京には私の知らない歴史がまだ随所にあるのだなあと感じてしまった。今度は「京橋の親柱」を探しにいってみよう。
[PR]
by motokunnk | 2010-08-14 08:26 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(2)

日比谷公園のイチョウ並木

先日、日比谷公園を散策した。日比谷公会堂には来たことがあったが、実際公園内に立ち入ったのは20数年ぶりのことである。一昨年以来話題となることの多い公園であるが、じっくり見てみると意外に日本初とか、珍しいものが多々ある。
ちょっと歴史を紐解いてみると、江戸時代は佐賀鍋島家、萩毛利家などの上屋敷が置かれており、明治時代となり陸軍近衛師団の練兵場となった。の後、本多静六と本郷高徳によって「都市の公園」として設計され、1903年(明治36年)6月1日に日本初のドイツ式洋風近代式公園として開園した。園内には各所に説明板があり、初めて訪れる人にとってはありがたい仕組みとなっている。
そして今回は、イチョウ並木についての紹介である。
d0183174_831419.jpg
園内松本楼の前にイチョウの木が植わっている。その木の説明には、イチョウはジュラ紀から生息していた樹木で生きた化石といわれている(初めて知った!)。
平瀬作五郎博士によるイチョウの精子の発見も紹介されている。平瀬なにがしを調べてみると
安政3年1月7日(1856年2月12日) - 大正14年(1925年)1月4日)は、明治・大正期の植物学者とある。
植物学に興味をいだき、東京大学植物学教室の助手の時代にイチョウの精子を世界ではじめて確認した。なかなか好奇心旺盛な人物であったようである。
平瀬作五郎の生涯はこちらに詳しくあるようだ。「イチョウ精子発見」の検証「平瀬作五郎の生涯」
さてイチョウ並木であるが、日比谷公園に移築されてりっぱに育っている。
d0183174_832845.jpg
なんでも日比谷公園の設計者である本多静六博士が、明治34年、現在の日比谷交差点にあったイチョウの大木を自分の首を賭けても移植を成功させてみせるとし、見事日比谷公園内に活着させたとのことである。
日比谷公園に行かれたさいはぜひご覧あれ。

日比谷公園の紹介は → http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index037.html
[PR]
by motokunnk | 2010-08-13 08:33 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

鍋島松濤公園の紹介

サブタイトルに(ご近所の旧跡めぐり)と名づけたものの8月に入ってからは日記ばかりであった。今日は久しぶりにご近所紹介シリーズとして、鍋島松濤公園を紹介する。この公園も渋谷区の健康づくり(まち歩きマップ)のなか、しぶやの散歩道 美術館コースに紹介されている。
d0183174_19454443.jpg

それとは別に近くを散策すると電信柱にご覧の表示があり、歩道にはベンチも用意され、流石は松涛地区と感心してしまう。
さて、鍋島松涛公園であるが、もともとは紀伊徳川家の下屋敷だったそうである。
d0183174_1946093.jpg
それを鍋島家が払い下げを受け、明治になって茶園を開いたそうである。茶園が廃止されてからは湧水池を中心とする一画が児童遊園として公開され、昭和7年に当時の東京市に寄贈された後、渋谷区に移管され、公園として一般に開放された。
池の周りにはツツジや桜、椿などが植えられ、四季折々花を楽しめる。特に春になると桜が見ごろ、カップルのデートコースとして紹介されているようである。近くに文化村もあり、若い人にとっては絶好の場所かもしれない写真は確か晩秋のときのものだが、桜やツツジが満開のときはそれは綺麗である。
d0183174_19461245.jpg

散策をしていくと、戸栗美術館、松涛美術館、観世能楽堂、国木田独歩住居跡、二・二六事件慰霊像がある。次回はそのあたりを紹介することにする。
[PR]
by motokunnk | 2010-08-03 19:49 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

菅刈公園の紹介

私の住んでいるところは渋谷区の並木橋付近である。従ってちょっと歩くと目黒区、港区にはいる地域である。
今日は、そんな目黒区の公園についての紹介。
目黒区のホームページにも渋谷区同様にみどりの散歩道というページが用意されている。このページはPDFではなく、HTML文で書かれているので、印刷して散歩のときの案内図としての利用は困難だが、住んでいる人にとってみれば、地番などは覚えているわけで、何気なく歩いていたところにこんな場所があったのかという発見につながる意味ではこの作り方でよいのかもしれない。
そして、みどりの散歩道コースガイドの販売というページも用意され、区役所等で販売されているようだ。結構商魂たくましい!
さて今回はその中から「西郷山・目黒川コース」にある「菅刈公園(すげかりこうえん)」について紹介する。
d0183174_840474.jpg

公園の所在する目黒区青葉台は豊後の岡藩の屋敷があり、滝や池のある回遊式の大名庭園として、江戸時代の地誌に江戸の名所として紹介されていたそうである。
その後、明治7年に西郷従道(西郷山公園【2010.7.23】の項参照)がこの土地を購入し、洋館や和館を建造した。
d0183174_8415820.jpg
庭園についても、池・滝・大芝生地など大改修が行われ、「東都一の名園」と言われた。その後、旧国鉄の職員宿舎などとなっていたが、平成9年の調査で、庭園調査を行い、在りし日の名園の姿を一部復原した公園として整備し、現在にいたっている。明治天皇も着たことがある。
d0183174_8421432.jpg

公園内の和館は西郷従道が建造したものを復元したもので、内部には展示室、庭園を一望することができる庭園展望室、お茶会・華道・句会などの利用に有料で貸し出している和室などがある。一般開放されているが、和室に予約が入っている場合は立ち入り禁止となるので注意が必要。
一方の洋館は、明治村に移築されている。和洋館の説明は下記を参照されたい。
和館 → http://www.city.meguro.tokyo.jp/kurashi/sports_koen_yoka/koen/omoshiro/sugekari/index.html
和館 → http://www.meijimura.com/visit/s08.asp#a01

公園内は、和館前に本庭園を再現した広場がある。また、芝生を敷き詰めた大きな広場もあり、設置されたブランコやすべり台では子どもが遊んでいる光景を見る。
傾斜地に公園があるので、坂の途中にはご覧のような近隣の小学校の家庭科研修のものと思われる農場もある。地域に根付いた公園のようである。
[PR]
by motokunnk | 2010-07-25 08:49 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

西郷山公園の紹介

代官山から旧山手通りを歩いていくと、猿楽塚(2010.07.15ブログ参照)が左手に見える。さらに歩いていくと西郷山公園が見えてくる。今回のテーマはその西郷山公園とする。
目黒区もホームページが充実しており、施設案内→施設で探す→公園 を選択すると区内にある公園一覧が表示され、そのなかに西郷山公園がある。その説明から引用すると以下のようになる。
d0183174_13235584.jpg

公園名の由来はこの土地が旧西郷邸(西郷隆盛の弟で明治期の政治家・軍人であった西郷従道(じゅうどう)の敷地)の北東部分にあたり、付近の人々が「西郷山」という通称で親しまれていたところから決まった。
d0183174_13242323.jpg

台地の端の斜面を利用してつくられた公園で、斜面には20メートルの落差をもつ人工の滝が作られているほか、ゆるやかな坂道の園路や展望台が設けられ、冬のよく晴れた日には遠くの富士山も望めむことができる。確かに真冬には富士山が見えたが、残念ながらそのときはデジカメを所持していなかったので写真はない。
台地の上には、明るい芝生広場とこれを一周する園路・人工の流れを配し、子どもたちがのびのび遊べるスペースになっている。滝や展望台からの眺めを楽しめる。
公園内には桜島から運んできた溶岩なども置かれている。また、猫ものんびりと昼寝をしている。
近所には西郷従道(じゅうどう)が土地を購入し、洋館や和館を建造した菅刈公園がある。これはまたの機会に紹介することとする。
[PR]
by motokunnk | 2010-07-23 19:25 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)