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その後のキングヘイロー産駒

以前、私のアイドルホースはオグリキャップではなく、キングヘイローだということをこのブログで書いた。その主戦騎手(福永祐一)が初めてキングヘイロー産駒のフレイムへイローに騎乗しデビューするので注目しているとこのような記事であった。残念ながらデビュー戦は負けてしまったがこの日曜日に行われた未勝利戦で見事な勝利をあげた。
福永騎手は、4Rの新馬戦でもスカラブレイに騎乗し、圧勝している。血統面から見て順当にいけばこちらがお手馬となりそうであるが、この馬は今後放牧で秋の阪神で復帰という話である。できればそれまではフレイムヘイローに騎乗し、小倉で親子2代で2歳重賞勝ち(キングヘイローは東京スポーツ杯で福永に中央競馬初重賞をプレゼントしている)をあげて欲しいものである。頑張れ フレイムへイロー!
by motokunnk | 2010-08-10 06:43 | スポーツ全般 | Trackback | Comments(0)

そして今日は長崎

広島に続き、今日は長崎に原爆が投下されて65年目となる。こちらも午前10時過ぎから爆心地に近い平和公園で「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が営まれる予定である。
式典には広島には参加したが、米国代表は参加しない。しかし、核保有国の英仏、事実上の保有国とされるイスラエルの代表や、国際原子力機関の天野之弥事務局長が初めて列席する。参加国は過去最高の32カ国となる見通しである。やはり核兵器廃絶の動きが長崎も過去最高の海外からの参列者を記録させたのだと思う。
いつもこの時期がくるとこの本を取り出して繰り返し読むことにしている。今年も静かにこの本を読むことにする。
「ナガサキの郵便配達」 復刻されていると思う。私は数年前にここから購入したが、在庫がまだあるかは?である。
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参考の私が過去書いたブログ記事はこちら → http://kmotohiro.exblog.jp/7269019/
by motokunnk | 2010-08-09 07:45 | 日記 | Trackback | Comments(0)

啐啄同機という言葉

家でたまたま、NHKの土曜ドラマ「フルスィング]のDVDを見ていると、この言葉に出会った。言葉に入る前にドラマ「フルスィング」について少々説明したい。
このドラマは、打撃コーチ高畠導宏氏の実話である。七つのプロ球団を渡り歩き、落合、イチロー、小久保、田口を始め、30人以上のタイトルホルダーを育てた名伯楽であった彼は、還暦間近で福岡の高校の教師になった。わずか1年でがんに倒れ、志半ばで逝去した新米教師「高さん」と、彼の思いを受け止め、成長していく子どもたちと教師たちの感動の実話をドラマ化したもので、NHKの土曜ドラマとしては再放送もされていた、結構人気の高いドラマであったと記憶している。その中で、高橋克実演じる主人公の高林導宏が居酒屋で萩原聖人演じる野球部の監督・阿部一球に相談するシーンで、阿部一球からその言葉が発せられる。
数回DVDは見ていたがこのシーンはそれほど印象には残っていなかった。今回久しぶりに見て、このシーンで止まってしまった。というよりこの言葉に引きつけられてしまった。
本題の「啐啄同機」の意味であるが、
広辞苑によれば
「啐啄」 の「啐」は、鶏の卵がかえる時、鶏の中で雛がつつく音。「啄」は母鶏が殻を噛み破ること。
①禅宗で、師家(しけ)と弟子の働きが合致すること。 啐啄同時。
②逃したら、またと得難い、よい時機。
とある。
人生における絶好のタイミングをあらわしている言葉ではないかと思う。師弟関係、親子関係、恋人関係、得意先と下請けなど人生にはいろいろな関係がある。その中で今しかないという時が必ずあった。そのタイミングを見計らい、事を実行していればよかったと後悔したことは何回もあった。この言葉を知り、そのタイミングを理解していれば、違った人生を過ごしていたかもしれないと思ったひと時であった。

この言葉はドラマ内では「そったくどうき」と発言されているが本来は「さいたくどうき」と呼ぶらしい。どちらが正しいか、時間があれば調べて報告したい。
by motokunnk | 2010-08-08 08:17 | 日記 | Trackback | Comments(0)

白根記念渋谷区郷土博物館・文学館の紹介

今日は立秋、暑中見舞いから残暑見舞いにかわる節目の日である。心なしか、日の光に秋を感じるのは私だけかもしれない。さて今日は白根記念渋谷区郷土博物館・文学館について紹介する。
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渋谷区に関する歴史・民俗・考古学などをテーマにした博物館展示と、渋谷区にゆかりのある作家の作品・資料を展示した文学館展示を常設している。生まれてからの大半を渋谷区で過ごしているが、新たな発見もあり、楽しいひと時を過ごすことができる。昭和40年代を意識した住まいの模型や東京オリンピックのポスターには懐かしさを感じた。
年に数回、企画展を開催しているので、ホームページをチェックすることもいいかもしれない。実はここを訪問し、渋谷には名だたる文豪が住んでいたことを認識したしだいである。ハチ公バスが目の前に止まるので、ハチ公バスを利用するのが便利である。ちなみに渋谷駅から徒歩15分程度、国学院大学の裏に位置する。
ホームページは → http://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/kyodo/index.html
by motokunnk | 2010-08-07 09:28 | 美術館・博物館・美術 | Trackback | Comments(0)

65回目の原爆記念日、世界が動き出す日となるか

今日は、広島に原爆が投下されて65回目の記念日である。朝からの式典には初めて米国駐在大使やイギリス、フランス、ロシアとパキスタンの核保有国代表も初参列した。そして国連の潘基文(パン・ギムン)国連事務総長も初参加している。
ニュース解説で国連の事務総長は「中立の立場でなければいけない」とのコメントをいっている解説員がいた。なるほど、それで今まで参加したくても参加できなかったのかと理解した。
さて何故今年、米国代表が参加してのか(できたのか)といえば、それは昨年のプラハでの「核兵器なき世界」を掲げるオバマ米大統領の演説とそれに続くノーベル賞受賞の影響があると思う。
未だに、核兵器の使用について(第二次大戦で使用したことについて)、米国の世論調査では半数以上の人が「戦争の早期終結のために必要であった」と答えているという。冷静に当時の戦況を分析すると、広島・長崎に原爆を投下しなくても終戦はほどなく来たと思われる。米国大使が参加したことにより、オバマ政権の核廃絶運動を米国内で加速させようとの思惑がみえるのは私だけではないと思う。
これはこれでいい動きだと思う。誰も好き好んで核兵器を利用しようなどとは思うはずはない。大国といわれる国が率先して核廃絶を行えば、自然と北朝鮮、イランなども核兵器開発をやめるとおもうのだが、どうもいたちごっこなのかもしれない。核兵器廃絶の動きをいたちごっこにしないためにも今年の記念大会をひとつのきっかけにして欲しい。
社会総合 - エキサイトニュース
by motokunnk | 2010-08-06 19:55 | 日記 | Trackback | Comments(0)

国木田独歩住居跡の紹介

渋谷には、過去多くの文豪が時代をまたいで住んでいた。渋谷区のホームページ「文化人の碑」にどこに何があるかが書かれている。
さて今回はそのトップで紹介されている「国木田独歩住居跡」について。
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渋谷区役所の前を通過し、税務事務所を越え、226事件慰霊碑を過ぎると、歩道脇にひとつの木製の碑を見つけることができる。ちょうどAMWAY本社ビルの目の前である。この木製の碑が「国木田独歩住居跡」である。
明治の文豪が作家としてデビューする直前、二十代半ばの一時期を過ごした場所がここである。そのころの渋谷は今と違い、まだ草深い東京郊外の地であった。今でいう武蔵野の面影が色濃くでている風景が広がっていたそうである。
「武蔵野」の冒頭には、『自分は二十九年の秋の初めから春の初めまで、渋谷村の小さな茅屋に住んでいた。』と書かれているので、この付近はまだ草深い東京といっても郊外であったことが証明できる文章でもある。事実、我家は大正時代に今の場所に移り住んだのであるが、当時は東京市豊多摩郡渋谷村という地番であったそうである(祖父母から聞いたことがあり、そのまま記述した。今ネットで調べると、東京府豊多摩郡渋谷町が正解のようである)。
また、「十年前の田園生活」では、独歩が住んだころ坂の下は一面田んぼで、今の井の頭通りと思われる道ももその中を走る小路に過ぎなかったようだ。坂の入口には扉も何もない形だけの門があり、くぐると今と同じように爪先上がりの勾配が続いていたという。 今の渋谷とは想像もできないような田園地帯であったようである。
木柱の横面には国木田独歩の簡単な略歴が書かれている。
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確かに、私が生まれた頃、そして幼児期は近所をよく駆け回って遊んだものである。今と違い、交通量も少なく(というよりは皆無)、交通事故など気にしたことはなかった。時代の変化はめまぐるしいものである。

国木田独歩について、より詳しく知りたいという人は、http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person38.html
をご覧あれ。ウィキペディアへのリンクもついている!
by motokunnk | 2010-08-05 20:11 | 記念碑 | Trackback | Comments(0)

鍋島松濤公園の紹介

サブタイトルに(ご近所の旧跡めぐり)と名づけたものの8月に入ってからは日記ばかりであった。今日は久しぶりにご近所紹介シリーズとして、鍋島松濤公園を紹介する。この公園も渋谷区の健康づくり(まち歩きマップ)のなか、しぶやの散歩道 美術館コースに紹介されている。
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それとは別に近くを散策すると電信柱にご覧の表示があり、歩道にはベンチも用意され、流石は松涛地区と感心してしまう。
さて、鍋島松涛公園であるが、もともとは紀伊徳川家の下屋敷だったそうである。
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それを鍋島家が払い下げを受け、明治になって茶園を開いたそうである。茶園が廃止されてからは湧水池を中心とする一画が児童遊園として公開され、昭和7年に当時の東京市に寄贈された後、渋谷区に移管され、公園として一般に開放された。
池の周りにはツツジや桜、椿などが植えられ、四季折々花を楽しめる。特に春になると桜が見ごろ、カップルのデートコースとして紹介されているようである。近くに文化村もあり、若い人にとっては絶好の場所かもしれない写真は確か晩秋のときのものだが、桜やツツジが満開のときはそれは綺麗である。
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散策をしていくと、戸栗美術館、松涛美術館、観世能楽堂、国木田独歩住居跡、二・二六事件慰霊像がある。次回はそのあたりを紹介することにする。
by motokunnk | 2010-08-03 19:49 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

ウェーバーとベッテル

このタイトルでピンとくる人はF1通の人である。両者は、F1レッドブルチームのドライバーである。昨シーズンまでは、ベッテルが速さの面で一歩リードしており、今年のF1チャンピオンの筆頭であった(少なくとも私はそう感じていた)。
ところがシーズンが開幕すると、ベッテルは予選では速いのだが決勝レースでは不運なトラブルなどに見舞われてしまい、ライバルたちに一歩おくれをとってしまっている。
一方のウェーバーであるが、一昨年まではそれほど目立つドライバーではなかったが、今シーズンは確実にポイントをかせぎ、ハンガリーGP終了時点でポイントリーダーとなっている。今までは地元のオーストラリアGPでは速さを見せていたような気がする(あくまで私の印象であり、ウェーバーファンの方は当然違う感覚を持っているはずである)が派手さはなくどちらかといえば地味なドライバーであった。それが昨シーズンの初優勝を機に変わって今やチャンピオンを争うトップドライバーである。ではウェーバーのどこが変わったのかを考えてみる。
まず、ベッテルがチームに加入したことが大きい。今まではクルサードやデビューしたてのロズベルグなど、どちらかといえば自分より速さで劣るチームメイトだった。それが速さで勝るベッテルが加入したわけであるから、心中はおだやかではないはず、何かしなければ取り残されると考えたのではないか。そこでレースでの駆け引きなどに磨きをかけたと考えられる。
特に今年はレースでの強さが目立っている。昨日の東欧ハンガリーGPでもベッテルに不運なドライブスルーペナルティが与えられ、結果として優勝したといわれているが、1回目のセーフティカーの際にピットインせずにそのまま走り、トップにたち、ベッテルにプレッシャーを与えるなど、レースでの駆け引きをみるとここ数年で磨きがかかり、トップクラスになったのではと思う。
オーストラリア出身のF1ドライバーでは、古くはJ.ブラバムが有名であり、その当時はタスマンドライバーといわれていた。オーストラリア、ニュージーランド出身のドライバーが強かった時代(1960年後半)であった。その後、A.ジョーンズもチャンピオンとなり、オーストラリア人としては2人のチャンピオンを輩出している国である。果たしてウェーバーは3人目のオーストラリア人チャンピオンとなれるかどうか、今後のF1シーンが楽しみである。
ちなみに私の応援しているのはベッテルであり、古くは、C.エイモンR.ぺテルソンが大好きであった。

ハンガリーGPの結果 → http://www.gpupdate.net/ja/results/3655/2010-hungarian-grand-prix/
写真を見たいという人は → http://motorsport.com/photos/select.asp?S=F1&E=Hungarian_GP/Sunday_race&Y=2010
by motokunnk | 2010-08-02 20:36 | スポーツ全般 | Trackback | Comments(0)

武豊、今日から復帰(追記あり)

競馬の武豊が今日から復帰する。過去にも落馬事故で長期間(2ヶ月程度)の欠場はあったが、これほどの長い期間(4ヶ月)の欠場はなかった。
競馬は今夏競馬でメイン会場が、新潟、函館、そして小倉の3競馬場となっており、武豊は小倉で騎乗する。復帰レースは今日の第6レース3歳未勝利戦である。今のところ1番人気となっている。ちなみにメインの小倉記念(G3)のスマートギアも1番人気、騎乗2レースとも現在は1番人気である。ファンも待っていた天才の復活ははたしてあるのか。
私個人は、武豊ほど競馬界全体のことを考えている騎手はめずらしいのではないかと思う。以前、TVの番組であったか、「何故地方競馬にも騎乗するのか?」との問いに「僕が行けば、観客が増えるでしょうし、馬券購入も増加する、そして初めて競馬場に来る人もいるかもしれない。競馬がそれで好きになってくれれば、いつ、どこへでも行きます。」
多分、こんな答えをしていたと思う。人間、疲れているとなかなかどうでもいいような場所には行きたがらないが、彼の場合はそんなことはなさそうである。今回の欠場期間が長引いたのも完全な騎乗ができると自身で判断できる自信が回復したからであると思う。復帰初日からの勝利、期待できそうである。
果たして結果はどうか、午後が楽しみである。

ここから追記
結果は、4着、3着であったが、それなりに見せ場は作ったのではと思う。本格復帰は来週以降となると思うが、復帰後の勝利をあげることを祈る。そして秋は、ヴィクトワールピサでの凱旋門賞への挑戦が決まっているという。3歳馬だけに斤量が軽いので、ぜひ頑張ってディープインパクトでなしえなかったタイトルを獲得して欲しい。
by motokunnk | 2010-08-01 07:40 | スポーツ全般 | Trackback | Comments(0)