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五輪橋と神宮橋

表参道から代々木公園へ向かう途中、JR線路の上に架かった橋。いつも何気なくわたっているがこの橋が東京オリンピックの際に建てられた「五輪橋」だそうである。
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確かに橋の欄干には五輪のマークがあるし、​橋​の​壁​面​に​は​柔​道​や​体​操​な​ど​の​種​目​や​ア​ー​チ​状​の​月​桂​冠​な​ど​の​ア​ル​ミ​鋳​物​製​の​レ​リ​ー​フ​が​刻​ま​れ​て​い​るので注意してみれば、東京オリンピックのときに建てられ、選手村へ行く人たちで賑やかだったであろうことが想像できる。
その隣にある橋は神宮橋でこちらはけっこう有名である。明治神宮へはこの橋を渡っていかねければならないし、この橋は歩行者専用、記念写真のスポットにもなっているようである。
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橋の傍らに説明プレートがあり、この橋の歴史が書かれている。この橋は大正9年に架けられたそうで、60年後の昭和57年に老朽化により​再架橋されたそうである。同じ場所に架けられている橋でも歴史も違えば、知名度も違うようである。私自身、神宮橋は知っていても五輪橋は知らなかった。存在は知っていたが、新神宮橋とでもいうのかと思っていた。東京オリンピックのときに架けられた橋とは知らなかった。もっとうまくPRすれば原宿の名所として売り出すことができるのではないかと思ったしだいである。
ただし、東京オリンピック招致に失敗したのでこの計画はないとは思うが、万一招致に成功していたら隠れた新名所となっていたと思うのだが。
by motokunnk | 2011-01-21 20:53 | | Trackback | Comments(0)

上野散策その2・花園稲荷神社

昨日に続いて上野公園周辺の神社についての紹介である。五条天神社から拝殿わきの階段を上ると稲荷神社が目に入る。ここが花園稲荷神社である。
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その由緒を調べると
「創祀不祥。承応3年(1654年)晃海僧正が社を再建し上野の山の守護神としたともいわれる。正式名称は忍岡稲荷(しのぶがおかいなり)で石窟の上にあった事から穴稲荷ともいわれ、明治6年に花園稲荷と改名した。」
この神社は江戸時代に再建され、上野の山の守護神として崇められたようである。名称も何度かかわり、今は花園稲荷神社となっているそうな。
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狛犬ではなく、稲荷ということで真っ赤なゆだれかけ(?正式には何というのか教えて欲しい)をした狐が神社を守っている。お参りしているカップルが多く見受けられた(といっても数組であるが)ので帰宅してからネットで調べてみると縁結びのご利益があるとのこと、男女の縁結びだけでなくすべてにおいて良縁を結び、人間関係を円滑にすると言われるそうな、神社参りもご利益があると楽しいのだが今のところその兆候はないのが残念である。
by motokunnk | 2011-01-20 20:52 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

神社と狛犬その8・不忍池ほとりの五条天神社

昨日のこと、仕事で上野まで行った帰りに不忍池ほとりにある弁財天でもお参りしようかと足を向けたその道すがら、この神社を発見した。名前は五条天神社、なにやら由緒正しき神社のようである。
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早速由緒を調べてみると
「第12代景行(けいこう)天皇時代(約1900年前)日本武尊(やまとたけるのみこと)が東夷征伐の為、上野忍が岡を通った際に薬祖神(祭神2柱)の御加護に感謝し、当地に祀ったのが創始といわれる。また大己貴命と少彦名命の2柱は兄弟の緑を結び、特に疫病や耕病に苦しむ人々に製薬と治療の方法を授けたことから医薬の祖神として信仰され、また三薬祖神(茨城・大洗磯崎神社、大阪・少彦名神社)の一つで、江戸三大天神(亀戸天神社・谷保天神社)の一つにも数えられている。」
という、信じられない由緒である。眉唾ものではあるが、これもまた神社の由緒としてはいいのかもしれない。
さて神社は時節柄というか、いずこも同じというか改修のための寄付を募集していた。そのため、鳥居のところにある狛犬1頭の前にお知らせ看板があり写真を撮りづらかったしだいである。
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狛犬はというと、ちょっとこわそうなイデタチであるが、大正時代に再建されたそうである。拝殿前はちょうど改修工事の足場が組まれていたが、ブロンズ(であろうと思う)で制作された狛犬1対がえらそうに警護している姿はちょっと滑稽にも映った。工事中なので柵を乗り越えなければ行けない拝殿前に狛犬がいる、なんとも不思議な光景であったと感じたのは私だけかもしれない。
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by motokunnk | 2011-01-19 19:41 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

常盤松地区にも白松があった!

神宮外苑の史跡紹介で絵画館前には白松があると紹介した。そのとき、日本では珍しいと書いた記憶もあるし、実際に絵画館前の白松の説明パネルにもそのような記述があった。実際にもこのように記述されている(小さくて読めないかもしれないが)。
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さて、週末には散策を日課に決めているので家のまわりを何となく歩いていると、背の高い松のような樹木を目にした。近くに行くとなにやら説明板があるではないか。その説明板には白松(はくしょう)と書かれているではないか。白松と書いて「はくしょう」と読むことを初めて知った。黒松や赤松が葉が2枚なのに対して3枚の葉があるなどの違いはあるが、松の仲間のようである。ネットの辞典を調べると
「中国の北西部が原産です。高さは25メートルほどになり、中国では神聖な木とされ、王宮や墳墓、寺院などに植栽されています。樹皮は光沢のある淡灰色です。葉は3個ずつつきます。4月から5月ごろ、淡黄緑色の花を咲かせます。球果は翌年の10月ごろに熟します。」
とある。説明板にも中国から持ち帰り、その後渋谷区に寄贈され、ごらんのように白根記念渋谷郷土博物館前にそのりっぱな姿を見せている。
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by motokunnk | 2011-01-18 19:54 | 美術館・博物館・美術 | Trackback | Comments(0)

NFLのカンファレンス決勝進出の4チーム決定

昨日のAFCスティーラーズ、NFCパッカーズに続き今日の2試合でAFC、NFCともに対戦相手が決定した。
TV観戦していないので、スコア表及び関連記事から読み取ってみることにする。
まずは早朝に行われたNFCシカゴ・ベアーズとシアトル・シーホークスの1戦から。先週番狂わせを演じたシーホークスであったが、2匹目のドジョウはさすがにいなかったようである。
シカゴのホーム(シアトルも雪は降るが)ということもあり、雪が降っていた第1Qに連続してTDを奪われてしまったようである。オフェンス陣も落球をするなど、攻撃がかみ合わなかったようで前半終了段階で21-0と大きくリードを許してしまった。地元シカゴ、大量リードということで後半ベアーズは無理せずに攻撃をしたと思われる。第3Q終了段階で28-3、これで勝負あり、第4Qにシーホークスが3TDを返したがとき既に遅しの感、セインツに続く番狂わせは起きなかった。
さて続いて行われたAFCニューイングランド・ペイトリオッツとニューヨーク・ジェッツの同地区対決は波乱満載であった。多分ジェッツファン以外の誰もがペイトリオッツの勝利を疑わなかったのではないか。現に今シーズンの試合は第2戦では負けてしまったが、第13戦では45-3と圧勝しており、それから1ヶ月後の対戦、今回も大丈夫という心の中でゆとりというか、安心感がペイトリオッツにはあったのではないかと思われる。
そのプレィが前半終了間際の第4ダウンショート(新聞によると)でのギャンブルではなかったかと思う3ヤードと自陣でギャンブルをするには危険な距離、これが後半残り時間間際であれば当然の選択であろうが、このときのスコアは3-7で4点負けているとはいえ常識ではパント選択であったと思う。その結果としてギャンブルは失敗し、残り時間でジェッツにTDをきめられ前半を3-14で折り返すことになってしまった。
第3QにTDを奪い2ポイントコンバージョンも成功し3点差に詰め寄ったところがペイトリオッツの見せ場であったと思う。直後のオンサイドキック(これも時間を考えれば?)をジェッツに奪われて、いいフィールドポジションからの攻撃を許してしまう。結果として致命的なTDを奪われこちらも勝負あり。ジェッツはAFCに優勝候補といわれたコルツ、ペイトリオッツを連続で打ち破りスティーラーズとスーパーボール進出をかけて戦うこととなった。
蛇足ではあるが、個人的にはトムリンソンを応援している。昨年までは名門と言われたチャージャーズで数々の記録を達成し今期からジェッツでのプレィとなった。1時期のランのすごさは落ちたようだが、RBは走れるだけではなく、今シーズンはショートパスのレシーブも多いようで自身初となるスーパーボール進出へ誰よりも張り切っているのではないか。来週は果たしてどのような結果となるのか楽しみである。
by motokunnk | 2011-01-17 18:59 | スポーツ全般 | Trackback | Comments(0)

NFLのディビジョナルプレィオフ、今日の2試合は

今朝、NFLのディビジョナルプレィオフの2試合が行われた。まずはAFCのピッツバーグ・スティーラーズとボルティモア・レイブンズの1戦から始まった。
この試合、前半の早い段階でレイブンズのTDが決まり、ハーフタイムでは14点、2TD差をつけてしまった。これは番狂わせもあるかなと思いきや、後半にはいるとスティーラーズが徐々に本領を発揮し14点差を第3Qで追いついてしまう。そして第4Qにお互いFGで3点ずつをあげた残り2分にQBロスリズバーガーがロングパスを決めその後にTDを奪い、接戦にピリオドを打った。
これでチャンピオンファイナルへ進むことが決まった。相手はペイトリオッツかジェッツかそれは明日決まる。
一方のNFCではグリーンベイ・パッカーズが第1シードのアトランタ・ファルコンズを圧倒しこちらもチャンピオンファイナルへと進出した。この試合はパッカーズQBのロジャーズのパス成功率が素晴らしく、投げれば成功という感じであり、パッカーズファンは見ていて爽快! 一方のファルコンズファンには不愉快に見えたと思う。ロジャーズは足も速く、第3Qでは自らのランでTDを決めてしまい、ファルコンズにしてみればロジャーズ一人に翻弄されてしまったようである。ファルコンズにしてみれば前半終了間際のインターセプトリターンTDを決められ、点差を14点差に拡げられてしまったことが大きな敗因の一つかもしれない。
これでNFCは明日のシーホークスとベアーズの勝者と雌雄を決することとなる。果たして明日はどんな結果が待っているのか楽しみである。
by motokunnk | 2011-01-16 18:54 | スポーツ全般 | Trackback | Comments(0)

神社と狛犬その7・目黒川沿いの北野神社

目黒川には散策路が両岸に用意されており、休日はジョギングをする人、ノンビリ散歩をする人、犬の散歩をする人などで賑やかというほどではないが、ある程度の人通りはある界隈である。
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そのなかで、西郷山公園に向かう分岐路から近くの路地裏にこの北野神社はある。すぐ隣には東京コカコーラのセンターがあるので道に迷うことはないようだ。境内と呼ぶには恥ずかしいというようなスペースしかない小さな神社であるが、目黒川沿いに設置された掲示板には「初午祭」のご案内が貼られているなど、この界隈では有名な神社のようである。境内には賽銭どろぼう防止策(実際にあったのであろう、貼紙により、注意喚起がなされている)かどうあkは不明であるが、石造りの社殿がポツンと置かれている。賽銭箱も石造りであった。そこには梅鉢の紋が彫られていた。我家の家紋と同じなので何か親しみを感じてしまった。
さて由緒であるが
「上目黒村の農民秋元市郎兵衛が土中から菅公像を発掘し、これを崇祀したことに始まるといわれ、元中川修理太夫の抱屋敷内(西郷山公園)に祀られてきた。その後、明治13年に現在地に遷座し、現在に至る。」
そうである。もともとは西郷山公園にあったようである。
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狛犬も1対奉献されている。見ると、昭和4年に奉献されたようであるが、当時としてはその顔立ちがユニークである。丸い目もそうであるが、髪の渦巻きなど、パッと見ただけではどこがどこだかわからないような造形である。石工の仕事にも多数の流儀があるようである。狛犬はこうでなければいけないというきまりがないところに面白さがあり、見比べる楽しみがそこにある。
by motokunnk | 2011-01-16 13:25 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

りっぱに成長した樹木園・代々木公園散策その8

原宿から代々木公園に入ってすぐ右手の場所に東京オリンピック選手村の宿舎が展示されていることは以前、このブログで紹介した。今回紹介するのはその続きである。
宿舎を横目に見て左へ進むと見事な樹木園が一杯に広がった光景を見つけることができる。この樹木園が「東京オリンピック記念樹木園」である。
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実際に樹木園にある説明板によると
「1964年、世界各国の若人たちが東京オリンピックに参加し、代々木の選手村で青春の日々を過ごしました。彼らはオリンピックを記念し、心の交流と世界平和を願って、自国の代表的な樹木の種子を持ち寄りました。ここにはそれらの種子を育成した樹木が植えられています。
当初、東京に持ち寄られた22カ国24種類の種子は育成のため各地林業試験場に送られました。昭和42年(1967年)には苗木になって代々木公園に戻り、現在の場所に植えられました。」
とある。横に樹木園の地図があり、そこには樹木名(国名)が書かれてある。残念ながら「マルバトネリコ」(イラク)には枯渇と記されており、実際には存在していない。
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他の樹木には、その樹木が何であるか、どこの国からのものかがわかる世界地図が表示されたプレートが添えられて、散策をする人に解りやすい説明をしてくれている。東京オリンピックから40年以上が過ぎ、当時は苗木だったがご覧のように今は一人前のりっぱな樹木となって見る者に緑を満喫させている。
代々木公園にはまだ知られていない場所が多々あるようである。
by motokunnk | 2011-01-15 15:58 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

1月15日の朝食は小豆粥

物心ついたときから、我家の1月15日の朝食は小豆粥であった。そして今日も小豆粥を食べた。今年のこと、何故15日に小豆粥を食べるのかと疑問に思った。
カミさんから、鏡開きの日に食べるのではないかと聞かれ、小豆粥を食べる風習について知らなかったのが原因であった。そこで調べてみると1月15日は小正月で、その日に1年の健康を祈って小豆粥を食するのだということがわかった。
もともとは七草粥と同様、中国の風習であったようであるが、それが日本に伝わり、小正月には小豆粥となったようである。毎日の風習のなかで何気なくしている行為自体もいわれを調べると勉強になるものがたくさんある。またひとつ勉強してしまった今朝の朝食であった。
たなみに以前、成人の日は1月15日であったが、これも昔は小正月の日に元服するという慣わしがあったことによるものからきめられたようである。ウィキペディアは雑学を得るツールとしてはかけがえのないものとなってきているようである。
ウィキペディアでは
小豆粥 → http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E8%B1%86%E7%B2%A5
小正月 → http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%AD%A3%E6%9C%88
と説明されている。
by motokunnk | 2011-01-15 07:51 | 日記 | Trackback | Comments(0)

寺院と狛犬その6・都内最古の狛犬/目黒不動

狛犬がいるといえば、神社が多数であるが、寺院を守っている狛犬も数多くいる、もともと狛犬の歴史をたどってみると、ウィキペディアには次のようにある
「獅子や犬に似た想像上の獣の像である。一般的に神社や寺院の入口の両脇、あるいは本殿・本堂の正面左右などに一対で向き合う形、または守るべき寺社に背を向け、参拝者と正対する形で置かれる。
飛鳥時代に日本に伝わった当初は左右の姿に差異はなかったが、平安時代になってそれぞれ異なる外見を持つ獅子と狛犬の像が対で置かれるようになり、やがて二頭の外見上の違いが少なくなって、現在では左右いずれの像も狛犬と呼ぶのが一般化している。」
現在は2頭とも狛犬と呼んでいるが、過去にはそれぞれ獅子と狛犬と呼び名が異なっていたということがわかる。
さて今回の狛犬は神社ではなく、寺院にある狛犬である。瀧泉寺(目黒不動)の狛犬は都内最古の狛犬であるそうである。
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といって、境内を入りすぐ目につくところにある狛犬ではないようだ(写真の狛犬)。境内を進み本殿を目指して階段を上りきったところに風変わりな狛犬が奉献されている(下の写真の狛犬)。見てわかるように髪の毛(狛犬の場合は何と言うのであろうか)が長くカールしているではないか。
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写真では顔はわからないが、この顔もけっこう一度見たら忘れられない迫力のある顔をしている。
承応3年(1654年)建立とのことであるから、400年近くもこの目黒不動を守っていることになる。狛犬といえど、同じ場所から不動明王を守っていることに対して、頭が下がる思いである。
by motokunnk | 2011-01-14 19:37 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)