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今日は東京フォーラムでシンポジウム

今週は外出が続く1週間のようである。以前から知り合いである某電気メーカーの担当者から是非来て欲しいといわれているユーザーフォーラムのお誘いがあった。昨年も行ったフォーラムではやぶさの展示をこのブログでも紹介したメーカーのユーザーフォーラムである。
今年は目玉はないですがということであったが、特別講演も多数組まれていたのでそのうちのひとつを拝聴することにした。選んだ講演は「テレビは震災で何を伝えたのか ~報道ステーションプロデューサーが見た災害とメディア~」テレビ朝日の若林邦彦氏の講演である。話自体テレビ関係者とは思えないほど言っては悪いが下手であった。
ただ、内容については感心させられることは多々あったように思う。曰くテレビは3割増しで報道する! 確かに100人死傷といって、1人死亡、99人軽傷のケースがほとんどとか、、、。また被災地からの映像といって一番ひどい場所を選んで放送するそうで、実際に現地に行って見るとそれほど被災していないとか。
ただ、東日本大震災は被災地の惨状がはげしく、どこを写してもほとんど全滅という状態であり今までの被災地とは桁が違うひどさであったという。
教訓はTV報道の難しさであるとか、やたら安全ですともいえず、危険です、危険がありますとはもってのほか、特に放射能汚染被害についてはTV報道に携わっている人も知らない単位の放射能レベルの話で、どのレベルが危険なのかさっぱりわからなかったとか、報道するものの無知さを暴露していた点は好感がもてた。
とまあ、講演はこのような感じであった。後は併設して展示会が開催されていたが、映像関係の展示を見て映像技術の進歩にビックリしたしだいである。明日までフォーラムは開催されているので、興味のある人は出かけてみてはいかがであろうか。下記ホームページから登録することが可能である。

C&Cユーザーフォーラム → C&Cユーザーフォーラム
昨年のフォーラムの紹介  → 小惑星探査機「はやぶさ」のカプセル
by motokunnk | 2011-11-10 19:32 | 最新技術 | Trackback | Comments(0)

今年もパシフィコ横浜の展示会へ

1年前のブログにも紹介したが、今年もパシフィコ横浜で図書館総合展が今日から開催されている。今回は私の所属している任意団体が何とブースを開設してしまったので(貧乏団体であるが事務局が変わったのでその影響もあるのかもしれない)そのお手伝いということもあり、開催初日の午前中、ブースでの説明員を担当した。
初めて、初日の開会式を見学させていただいたが(ほとんど周囲は出展者、もしくは関係者で報道関係は?)、挨拶の席で去年は横浜でAPEC開催で警備がきびしく皆さんにご迷惑をかけたとの発言があった。そういえば、昨年は横浜に出かけたときに、全国の県から警察官が応援にきて警備をしていたことを思い出した。時の経つのは早いもの、今年のAPECは近々開催されるがTPP参加問題で議論伯仲、野田首相はAPEC席上でどのような発言をするのであろう?
話が横道にそれてしまったが、開会式が終了し、ブースでお店番をしていると、知り合いが声をかけてくれた。リタイアされた人、現役で頑張っている人などであるが、やはり図書館の世界では顔が広いのかなあと思ってしまった半日であった。
今年もパシフィコ横浜の展示会へ_d0183174_19125633.jpg
今年は併設しての展示会はないようで、パシフィコ横浜の前には大きな看板が飾られていた。その横にプラカードを持った関係者が道案内をしている姿は昨年と同じであるが、道案内の数も心なしか例年以上のように感じたのは私だけかもしれない。なお今年のテーマはやはいデジタル化である。図書館もデジタル化そしてアーカイブ化の波は押し寄せている。そしてそれを利用する動きもでてきているようである。
来年も任意団体は参加するのであろうか、何となく新事務局のスタッフはその気になっているようだが、、、。

こちらがイベント紹介ページ → 第13回図書館総合展
こちらが去年の私の紹介ブログ → パシフィコ横浜で開催のフェアに行ってきた
新聞でも取り上げられた → 図書館総合展開幕 震災復興を考えるフォーラムも
ネットニュースサイトでは  → これからの図書館の話をしよう
by motokunnk | 2011-11-09 19:15 | 美術館・博物館・美術 | Trackback | Comments(0)

登録文化財の良し悪しとは?

我家の周りの古い建物について、このようなマークがつけられているものがある。
登録文化財の良し悪しとは?_d0183174_2062273.jpg
読んで字のごとく、登録有形文化財である。この文化財の登録制度について考えてみたい。
まず登録文化財について調べてみるといつものようにウィキペディアには次のように書かれている。
「登録有形文化財(とうろくゆうけいぶんかざい)は、1996年の文化財保護法改正により創設された文化財登録制度に基づき、文化財登録原簿に登録された有形文化財のことである。登録対象は当初は建造物に限られていたが、2004年の文化財保護法改正により建造物以外の有形文化財も登録対象となっている。登録物件は近代(明治以降)に建造・製作されたものが主であるが、江戸時代のものも登録対象になっている。」
そして制度自体が生まれた背景も書かれており興味深い記述がある。
「第二次大戦以降の日本においては、急激な都市化の進展などにより、近世末期や近代以降の多種多様な建造物が、その建築史的・文化的意義や価値を十分認識されないまま破壊される事例が相次いだ。(中略)しかし、急激に消滅しつつある近代の建造物の保護にあたっては、国レベルで重要なものを厳選する重要文化財指定制度のみでは不十分であり、より緩やかな規制のもとで、幅広く保護の網をかけることの必要性が議論された。こうして、重要文化財指定制度を補うものとして創設されたのが、文化財登録制度であり、登録された物件を登録有形文化財と称する。」
要は都市開発が進んでいくにつれて明治、大正、昭和初期段階に建設された(建築的に)価値のある建物が壊されていくことを防ぐ意味から制度は作られたといっていいのではないか。
文化財となると各種の優遇制度があり、その恩恵を受けられるようだが、その建物自体、改修することは許されていないようである。大阪市にある文化財指定を受けた図書館では釘ひとつ打つことができないと担当者がぼやいていた。また我家のそばには旧朝倉住宅(これも文化財)があるが、階段が急なわりにてすりなどはつけられず、また庭園も文化財指定されているが、こちらも手すりなどは一切設けられていない。ユニバーサルデザインが標榜され、一般の公開施設にはバリアフリーが常識となっている昨今、文化財指定を受けた公開されている施設では必ずしもバリアフリーとはなっていないようである。
自治体として、登録文化財の数をきそうのであれば、どんどん増やしていくのがいいであろう。ただむやみに増やしていくことが本当にいいことなのかはよくわからない。
登録文化財の良し悪しとは?_d0183174_2065493.jpg

渋谷区立広尾小学校の建物は登録文化財指定を受けている。学校のホームページにも記載されているが果たして校舎として利用した場合使いやすいかどうか、そのあたりのことは書かれていない。
また温故学会も登録文化財である。
登録文化財 → ウィキペディアより
広尾小学校 → 文化財としての広尾小学校
関連するブログ → 温故学会について書いている
by motokunnk | 2011-11-08 20:07 | 街の風景 | Trackback | Comments(0)

急性リンパ性白血病

我家の朝は、「めざましテレビ」から始まる。といってTVのタイマー設定でフジTVが選択されているからである。ここ十数年はいつも「めざましテレビ」が朝の時計がわりであった。
MCの大塚さんとは、彼がNHKを退職してフリーとなり、「めざましテレビ」のMCとなったときからTVで毎朝見ている人であった。
女性のMCは3代かわっているが(八木さん、高島さん、生野さん)、大塚さんはその3人をコントロールしていた。八木さんの時代には一部からは酷評されていたようだが、最近はそんな記事も見なくそれなりに実績を残してきたので、フリーのキャスターとして成功した人と認識されているようである。
そんな大塚さんが先週からTVにでていないのでどうしたのかと思っていたら今朝のめざましテレビの中で伊藤アナから「急性リンパ性白血病」になってこれから闘病生活にはいる旨のコメントがあった。
ちょっと私より年上な大塚さん(10歳は差がないレベル)が白血病とは! 
ということで白血病について調べてみることにした。
いつものウィキペディアによれば
「急性リンパ性白血病(acute lymphoid leukemia:ALL)リンパ球系の造血細胞が腫瘍化し、分化・成熟能を失う疾患であり、ALLと略される。小児白血病の多くは急性リンパ性白血病である。」とあり「小児ALLは80%の長期生存が得られているが,成人のALLは60-80%は完全寛解するものの, 長期生存率は15-35%と低い。 t(9;22) t(4;11) 染色体陽性患者は 予後不良であったが、近年フィラデルフィア染色体陽性患者に対しては、従来の4剤併用療法にグリベックを加える新しい治療法によって予後の改善が見込まれるようになってきた。」
とある。その後のネットニュースでは午前8時過ぎに電話で大塚さんの生の声が流されたようで、抗がん剤による治療を行うとのこと、早い復帰が望まれる。
ただ結構、抗がん剤治療はたいへんととも人によっては数年かかるとも聞く。あせらず完全寛解してからの職場復帰を期待するのみである。

がん情報サービスから→ 急性リンパ性白血病
いつものウィキペディア → 急性リンパ性白血病
by motokunnk | 2011-11-07 19:26 | 日記 | Trackback | Comments(0)

散歩を楽しく/竹橋周辺に残る学問発祥の地

竹橋駅周辺には○○大学発祥の地なる記念碑が複数建てられている。まず有名なものは学士会館である。
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学士会館のホームページによれば「明治10年東京大学の創立から明治19年に帝国大学が設立されるまでの間、当時の東京大学綜理であった加藤弘之先生の謝恩会を機に創立された学士会に端を発します。のちに、旧帝国大学(現在は国立7大学)の同窓会組織に発展した学士会会員の交流の場として建設された会館が、大正2年の神田三崎町で発生した大火で焼失し、さらには大正12年関東大震災によって仮会館も焼失したため、昭和3年、東京大学発祥の地に再建されたのが現在の学士会館です。この地は日本野球発祥の地でもあり、同志社を建学した新島襄の生誕の地でもあります。プライベートな会員のための施設として発展してきた会館ですが、現在では会員以外の多くの方々にご愛用いただいております。」
とあり、わずか10年あまりではあったが、この地に後の東京大学となる帝国大学が発祥したことがわかる。また神田方面へむかう敷地の片隅にグローブを形にした記念碑が建てられたいる。
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記念碑をみると、日本野球発祥の地とある。詳細は千代田区のホームページを参照してほしい。
記念碑までではないが、同志社を建学した新島襄の生誕の地でもあるそうだ。
さて、通りの反対側には学術総合センターの高層ビルが建設されているが、ここも元はある大学発祥の地である。
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その大学とは「東京外国語大学」でありこれまたりっぱな記念碑が建立されている。その記念碑には「東京外国語大学の起源は 安政1(1857)年に創設された 蕃書調所まで遡るが, 直接の前身である東京外国語学校が開設されたのは, 明治6(1873)年11月1日, この地(当時の 東京府神田区一ツ橋通町一番地)においてであった。
東京外国語大学は この日を建学記念日として, ここに碑を建立する。
   平成14(2002)年3月27日      東京外国語大学」のように記載されている。
そしてその隣が如水会館である。ここが一ツ橋大学の発祥の地と思っていたがそうではないらしい。一ツ橋大学発祥の地は別の場所に記念碑が建立されているとのことである。また別の機会にその地を訪ねてみようかと思っている。
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如水会館は一ツ橋大学OB会の名称とのことで誤解をしていたようである。今回、このブログを書くにあたって調べてみてわかった。ブログを書くと、今までの記憶違いを修正することができていいことかもしれない。
そして今は丸紅本社ビルが建っているが、江戸時代には徳川一ツ橋家の屋敷が建てられていたそうで、そのことを示す記念碑も建てられている。
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それで一ツ橋という橋が命名されたのかどうかは定かではないが。
このようにちょっとしたエリアに発祥の地が固まっていつことも東京の面白さのひとつかもしれない。ほんの数分歩いただけで数件の記念碑を見ることができるのだから。

学士会館 → 歴史のページもある 
千代田区観光協会のページ → 観るの中から
発祥の地コレクションから → 東京外国語学校発祥の地
如水会館 → 如水会のいわれがある
by motokunnk | 2011-11-06 09:17 | 記念碑 | Trackback | Comments(0)

散歩を楽しく/代々木公園で「しぶやフェスティバル」

近所の町会の掲示板にだいぶ前からこのようなチラシが貼られている。各所の掲示板にも同じチラシが貼られている。そのチラシの内容は、「渋谷区民文化祭」、「しぶやフェスティバル2011」である。いずれも渋谷公会堂、代々木公園と隣接したエリアで開催されるとのことで今朝出かけてみることにした。
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そういえば、まだ子供が小学生の頃、秋口にマーチンバンドの行進があるのでそれを近所の通りまで見に行ったことがあるが、よく考えてみると、この文化祭の行事に参加してパレード行進をしていたようである。
さて会場に着くとすでに多数の人で賑わっていた。代々木公園全体がフェスティバル会場となっており、各エリア毎に展示するものが違っている。
アトラクションゾーン、バザーゾーン、コミュニケーションゾーン、交流物産ゾーン、ふれあいゾーン、模擬店ゾーン、ワールドゾーン、スポーツちびっこゾーンそして渋谷公会堂前広場とゾーンわけがされ、そのゾーンの中に出店だったり、展示コーナーだったり、相談ブースがあったりと様々な形で構成されていた。
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そしてこの他にサッカー場や野外ステージでも催しものが開催されているとあって、さながら代々木公園が街の文化祭会場といった雰囲気であった。
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また隣接するNHKでは「文化祭」が開催され、施設内が無料公開されこれまた人で賑わっていた。
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さしずめ今日明日と代々木公園一帯は文化祭一色のようである。

イベント情報から → しぶやフェスティバル2011 
NHKのページ → NHK文化祭紹介ページ
by motokunnk | 2011-11-05 12:55 | 街の風景 | Trackback | Comments(0)

散歩を楽しく/Hikarieから連絡橋が?

毎日通勤途上に渋谷駅前にできるランドマーク「Hikarie」の工事現場を横目で見ながら歩いているのであるが最近、どうもHikarieから連絡橋が新しくできるようである。
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「渋谷ヒカリエ/Shibuya Hikarie」とネーミングされたホームページができあがっており、その中を見ていくと、JR渋谷駅方面へHikarieの2階から陸橋ができるようである。すると今ある連絡橋はどうなるのであろうか。私が物心がついたときからすでに連絡橋はできており、建築後50年以上は経過していると思われる。
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そろそろ建替えの時期に来ていると思うので、「Hikarie」から新しい連絡橋ができることはうれしいことであるが、今まで見慣れた渋谷駅前の風景がちょっと変わってしまうことに一抹の寂しさを感じる。
そういえば連絡橋に並行して架けられている東京メトロ銀座線の橋はどうなるのであろう。以前NHK「ブラタモリ」の番組で国内最古のコンクリート橋といっていたような気がしたが、こちらもよく見ると中央から構造が変わっているような、見栄えのある橋である。こちらの建替えの時期にきていると思うのだが、建替えはどうなのであろうか。
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「渋谷ヒカリエ/Shibuya Hikarie」 → 公式ホームページ(見ていて楽しい!)
by motokunnk | 2011-11-04 20:24 | 街の風景 | Trackback | Comments(0)

TAROを超えろ!/TAROLOVE展

今年が岡本太郎生誕100年ということではないかもしれないが、何故か岡本太郎の名を冠した展覧会が多いようである。TAROを超えろ!/TAROLOVE展_d0183174_11515416.jpg
先週から渋谷西武デパートでは、「TAROLOVE展」岡本太郎と14人の遺伝子と題された展示会が開催されている。文化の日ということもあり、文化の香りがするネタをブログで取り上げることとした。
さて、本当に数年ぶりかで西武デパートに足を踏み入れた。特に7階の特設会場が展覧会の場所であったので、地下以外は10年以上も足を運んでいなかったような気がする。エスカレータで7階まで向うこととしたが、途中5階には子供が小さい頃によく行ったトップスがまだ開店しているようであった。エスカレータから案内が見えたので多分以前と同じ場所で営業しているのであろう。よくお昼時にカレーを食べたものである。
さて入場料500円を支払い、会場内へと歩を進める。展示会の企画をした三浦末雄と仲世吉伸のそれぞれのコメントが書かれていた。三浦末雄の「荒々しく力強い縄文パワー」と題された文章を読んで改めて岡本太郎の偉大さを認識したような気がする。
「明日の神話」についての記述があり、この作品は原爆が炸裂する瞬間を描いているという。形は異なるが今、フクシマでは放射能汚染除去が課題となっており、岡本太郎のこの壁画は未来を予見しているのではないかと語っている。以前、この壁画に前衛作家がフクシマの原発事故を題材にした落書き(報道ではこのような表現であった)が問題となったが、岡本太郎がもし存命していれば、拍手喝采したのではないかと感じる考察であった。
さて展示されている作品はどれも個性的な作品ばかりで見ごたえがあるものばかりであった。朝早い時間とあって、会場内はほとんど無人状態であったが、多分美大生と思われるカップルが熱心にメモをとる姿が印象に残った。多分、岡本太郎の作風にあこがれてこの展覧会を見に来たのであろう。
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帰宅にあたって、渋谷周辺にある岡本太郎作品を見て帰ることとした。

展覧会の詳細 → TAROLOVE展
by motokunnk | 2011-11-03 11:53 | 美術館・博物館・美術 | Trackback | Comments(0)

今日は各地で酉の市

今日は11月に入って最初の酉の日、ということは酉の市の日である。我家の近辺の神社でも先月あたりからポスターを用意して派手に宣伝をしていた。また先週末には、神社周辺では祭りの設えも終わりあとは本番を待つばかりという雰囲気であった。
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そして今日が本番である。帰宅時の立ち寄ってみると、秋の祭礼のごとく、いろいろな屋台がでており、帰宅時のサラリーマンやOL、学生が参拝にきていた。酉の市というと縁起ものの熊手を買うことを想像してしまうが、この宮益御嶽神社の境内にもお店がでていたが、あまり賑わってはいなかった。
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熊手を購入するような人は午前10時の一番太鼓とともにお参りして熊手を購入していくのかもしれない。三の酉まである年は火事が多いといわれているが、これには諸説があるようである。詳しくは下記サイトを見て欲しい。

宮益坂のホームページから → 宮益御嶽神社
浅草酉の市のページから → 吉原通いと三の酉
by motokunnk | 2011-11-02 19:49 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

昨日までクールビズ、今日からウォームビズ、そして宗谷

昨日まではクールビズであった。ただ10月後半は肌寒い日も多く、実際クールビズという雰囲気ではなかった。そして今日からウォームビズである。
クールビズは毎年やっているので知っていたがウォームビズとは初耳である。ただ去年も実施していたようであるが。要は冬の暖房設定温度を低めに設定して、省エネを図りましょうという運動のようである。各地でその取り組みが紹介されていた。
さて、今日は先週土曜日にお台場まで出かけて「モータースポーツフェスティバル2011」を見に行った帰りにその向かいにある宗谷を見てきた報告である。
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夏に青函連絡船・羊蹄丸と南極観測船・宗谷というブログ記事を書いたが、実際に内部を見学したのは羊蹄丸のみ、宗谷は見なかった(8月末以降でも内部を公開しているということもあり)。そして今回、宗谷内部を見学してきた。
TBSで日曜日にキムタク主演で「南極物語」が放映されているということもあり、結構人が多いかと思ったが、見学者は、結構年輩の方が多く、元海保の人もいたようである。
さて、南極観測船として有名な「宗谷」であるが、もともとはソ連発注の耐氷型貨物船のうちの1隻だったそうである。第二次大戦がはげしくなり、ソ連に引き渡されることなく、日本海軍の特務艦として活躍したそうである。終戦後は海上保安庁の巡視船として北海道を中心に活躍したそうである。
そして1956年、日本は国際地球観測年に伴い南極観測を行うこととなり、南極観測船が必要となった。白羽の矢がこの「宗谷」に向けられ、南極観測船「宗谷」がデビューすることとなったのである。
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その後の「宗谷」については「タロ・ジロ」など何度も取り上げられており、その後1962年に後継の南極観測船「ふじ」に譲り、再び通常任務に復帰。北海道に配備され、1978年退役まで北海道を中心に活躍したとのことである。
その後は「船の科学館」で展示され今日に至っている。船内はいろいろな説明がなされており、素人である私でも十分に理解できた。いろいろためになった宗谷見学であった。

ウォームビズ → Google News
宗谷のことは → いつものウィキペディア
by motokunnk | 2011-11-01 19:25 | 記念碑 | Trackback | Comments(0)