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散歩を楽しく/ぶらり代官山

先日久しぶりに代官山方面へぶらり散歩にでかけた。なぜ代官山方面であったかというと朝のカミさんとの会話で代官山が話題となったからである。たわいもない理由で朝の散歩コースが決まってしまうのもいいかもしれないと自分で感じている。
代官山にむかう道を歩いていくと、通りの右側にカフェテラスが見える。「UrthCafe」とお店の看板に書かれている。数か月前には開店前の内装工事をしていたのは覚えているが、もう開店してしまったのかと驚いたと同時にしばらく代官山には来ていないと痛感した。
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メニューまで店の前にだされており、スタバとは違ったカフェテリアだなあというのが第一印象であった。蛇足ながら帰宅してネットで調べると、UrthCafe(アースカフェ)というそうで、アメリカで営業開始し、代官山店が日本進出の第1号店だそうだ。
さて代官山アドレス方面へ歩を進めていくと、ブティック街が見えてくる。ショーウィンドウには水着をまとったマネキンが飾られているが、その手をみてちょっとびっくりした。なんとタバコが握られていた。左のマネキンの右手である。
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ファッションの一部でタバコを加えたのであろうが、禁煙運動がさかんなおり、ちょっと異質な感じがした。おじさん目線でみているのかもしれない。
またブティックに限らず、「SALE」の文字がやたらと目立つ街並みであった。「SALE」のステッカーにもそれぞれブティックの個性がでており、SALEの文字を眺めて歩いているだけで気分が楽しくなってくる。
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代官山交差点の手前には奈良県の施設があったように思っていたが、すでに奈良県の施設は閉鎖され工事現場となっていた。蔦屋書店には朝早い時間(9時半過ぎ)であったが、けっこう人が来ていた。わざわざ車で来ている人もあり、代官山という地名なのか、蔦屋というブランドなのか、その両方なのか集客力がすごいのには驚いてしまう。スタバもありコーヒーを飲むながら読書ができるというのも売りなのかもしれない。
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マレーシア大使館前には、鹿鳴館に模した建物が建っていた。鳳鳴館というブライダルサロンのようで、車寄せにはロールスロイスが止まっており、時間が昭和初期にタイムスリップしたかのような錯覚をしてしまいそうな風景である。帰宅してホームページを検索すると結婚式場+披露宴会場まで用意されているりっぱな施設であった。代官山も久しく来ていないことを実感したとともに足しげく散歩に来なくてはと思った散歩であった。
参考URL → UrthCafe
参考URL → 代官山 蔦屋書店
参考URL → 鳳鳴館
by motokunnk | 2013-07-04 20:09 | 街の風景 | Trackback | Comments(0)

散歩を楽しく/渋谷三業地をゆく!

今朝、首都圏は雨模様である。午前中は雨という予報なので散歩はお預け状態である。さてもう1ヶ月近く前になるが、shibuya1000というイベントのことを紹介したことがある。その中に「三業通りプロジェクト2」というものがある。
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書き出しには「「三業通り」をご存じですか? 渋谷の地図を眺めていると優美な曲線を描く1本の通りに気づき ます。道玄坂上から旧山手通りへと抜ける「三業通り」です。かつて芸妓置屋、待合、料亭の営 業が許可された三業地(花街)であった神泉・円山界隈をくねくねと貫く風趣漂う通り。」
とある。円山町界隈のことが紹介されているパネルであり、非常に興味があったので一回は行ってみようと思っていた(近くなので機会がないと行かないエリアである)。
昨日東急ハンズまで買物に出かけたので、いい機会なのでちょっと足をのばしてみることにした。shibuya1000では1本の路に注目して写真などが展示されていたが、実際にネットで円山町で調べると、東電OL事件が数多くヒットする。冤罪事件となった殺人事件が起きた事件現場としても有名な場所でもある。
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そんな負のイメージはさておき、やはり昔から営業しているお店も円山町にはあるようだ。つくりは旧そうな店もチラホラみることができる。また通りの脇にはこれも有名となっている地蔵が祀られている。自宅の土地を地蔵用に供出しているのだそうだ。地域の遺跡を守るためとはいえ頭の下がる想いである。
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また弘法湯の石碑もあり、この地で温泉がでてそれが円山の繁栄を築いたことがうかがい知れる。
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神泉駅は変わってしまったが、相変わらず踏切は残っており、京王井の頭線の電車が行き来している。井の頭線というと隣の駅が見える場所もあり、電車というよりは路面電車の延長という感じがするのだが、これも渋谷で観られる風情なのかもしれない。
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参考URL → 渋谷円山町会ホームページ
by motokunnk | 2013-04-21 08:42 | 街の風景 | Trackback | Comments(0)

散歩を楽しく/日比谷公園のお宝探し

今日で長かったようで短かった夏季休暇も終わりである。また明日からは会社でのお勤めがスタートする。果たしてリフレッシュできたのかは疑問であるが、まあ身体を休めることはできたのかもしれない。d0183174_9214063.jpg
さて、昨日に引き続きではないが、日比谷公園で見つけたものを紹介していきたい。内幸町方面は盆踊り会場であったので、どちらかというと有楽町に近いエリアを散策して見つけたものが中心である。
まず歩いていて目についてものは石の貨幣とおぼしきものである。説明板も設置されておりそれには
「この円形の石は、南太平洋ヤップ島(現ミクロネシア連邦)でお金として使われていた石の貨幣で、石貨と呼ばれるものです。石貨は小さいもので直径6cm位から、大きいもので直径3mに達するものまであります。」
と書かれている。d0183174_9222247.jpg
またすぐそばに、石がころがっている(という表現がピッタリする)。この石も説明板が用意されており、南極の石だそうである。昭和基地から持ち帰ってここに展示してあるそうな、当時は珍しいものとしておかれていたようである。
そしてこの石の隣には、なにやらりっぱな石碑が建てられている。石碑というのがピッタリだと思うものには説明がついている。
「古代スカンジナビア碑銘譯 スカンジナビアの人々が、1957年2月24日ヨーロッパより北極経由で、日本への空路を開拓しました。この碑は、北極航路開設10周年を記念して寄贈されたもので、スカンジナビアのバイキングの古代北欧文字碑を模したものです。」
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代々木公園にも外国からの贈り物が多々置かれているが、日比谷公園にもこのようなものがたくさんおかれているようである。
歩をすすめていくと、切株のようなものが大切におかれており、横に説明がされている。松石というそうである。
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「今から3~5千万年前の植物が、水底に運ばれ埋没された後、珪酸質(けいさんしつ)の液がしみこんだものを珪化木といいます。北九州の炭田では、炭素中に珪化木が含まれ、これを松石または松炭と呼んでいます。ここにあるものは、昭和初期、福岡市外亀山炭坑の地下300mのところから長い木のまま発見されたものの一部です」d0183174_9242447.jpg
そして今日の〆は狼像である。ルーパロマーナと説明パネルには書かれており、昭和13年にイタリアから贈られたということは、日独伊三国軍事同盟締結の前に締結を祈って贈られたのかもしれない。
「昭和十三年(1938)、イタリアから送られたこの像は、ローマ建国の神話に登場する双子の兄弟とその育ての親の牝狼です。幼い二人は、祖父を殺し王位を奪ったアムリウスにより、チベル河に流されますが、この狼に助けられ、その乳を飲んで成長し、祖父の仇を討ち、ローマ統一を果たします。」
とある。いずこも同じような伝説めいた話が残っているのだなあと妙なところで感心してしまった。
by motokunnk | 2012-08-19 09:25 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

昨日までクールビズ、今日からウォームビズ、そして宗谷

昨日まではクールビズであった。ただ10月後半は肌寒い日も多く、実際クールビズという雰囲気ではなかった。そして今日からウォームビズである。
クールビズは毎年やっているので知っていたがウォームビズとは初耳である。ただ去年も実施していたようであるが。要は冬の暖房設定温度を低めに設定して、省エネを図りましょうという運動のようである。各地でその取り組みが紹介されていた。
さて、今日は先週土曜日にお台場まで出かけて「モータースポーツフェスティバル2011」を見に行った帰りにその向かいにある宗谷を見てきた報告である。
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夏に青函連絡船・羊蹄丸と南極観測船・宗谷というブログ記事を書いたが、実際に内部を見学したのは羊蹄丸のみ、宗谷は見なかった(8月末以降でも内部を公開しているということもあり)。そして今回、宗谷内部を見学してきた。
TBSで日曜日にキムタク主演で「南極物語」が放映されているということもあり、結構人が多いかと思ったが、見学者は、結構年輩の方が多く、元海保の人もいたようである。
さて、南極観測船として有名な「宗谷」であるが、もともとはソ連発注の耐氷型貨物船のうちの1隻だったそうである。第二次大戦がはげしくなり、ソ連に引き渡されることなく、日本海軍の特務艦として活躍したそうである。終戦後は海上保安庁の巡視船として北海道を中心に活躍したそうである。
そして1956年、日本は国際地球観測年に伴い南極観測を行うこととなり、南極観測船が必要となった。白羽の矢がこの「宗谷」に向けられ、南極観測船「宗谷」がデビューすることとなったのである。
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その後の「宗谷」については「タロ・ジロ」など何度も取り上げられており、その後1962年に後継の南極観測船「ふじ」に譲り、再び通常任務に復帰。北海道に配備され、1978年退役まで北海道を中心に活躍したとのことである。
その後は「船の科学館」で展示され今日に至っている。船内はいろいろな説明がなされており、素人である私でも十分に理解できた。いろいろためになった宗谷見学であった。

ウォームビズ → Google News
宗谷のことは → いつものウィキペディア
by motokunnk | 2011-11-01 19:25 | 記念碑 | Trackback | Comments(0)

散歩を楽しく/恵比寿駅長のアイディア?

夏の節電対策の一環として会社では毎週金曜日を年休取得推進日として本社屋の空調など休日モードで運転していることはこのブログで紹介済みであるがそれも今日まで、来週からは通常の週5日制に戻ることとなる。
今日9月9日は重陽の節句として知られている(古い人なら知っている?)。詳細は下記を見ていただければわかるが、これも中国を起源としているようである。
さていつも通勤は出社はバス、帰社はJR線というのが通常パターンとして自分では決めている(どうでもいいことだが)。渋谷駅で下車して帰路につくわけだが、人混みを避けるため、新南口を利用して帰路についている。
ご存知かもしれないが、新南口まではちょっと長めの連絡通路を歩いていく必要がある(歩く歩道が設置されているが、健康のため私は極力歩く歩道は利用しないことにしている)。さて連絡通路の左右にはJRを筆頭に各種のポスターが貼られている。びゅープラザ系のポスターが多いが、なかにかわったポスターが貼られていたので紹介する。d0183174_1120956.jpg
写真のポスターがそれである。恵比寿駅長おすすめウォーキングとして恵比寿駅からの美術館・公園めぐりを紹介している。ウォーキングといって毎日何時に集合してなどという決まりはないようで参加は自由、駅でマップをもらってスタートするようである。構内のお店にそのマップを見せると割引販売の特典が受けられるそうである。またコースで紹介している美術館でも割引が受けられるということである。
そしてコース記載の3ヶ所の有料施設のうち1ヶ所の入場券(半券)をゴール地点の恵比寿駅東口改札でみせるとちょっとしたプレゼントがもらえるそうである。
プレゼントほしさに美術館めぐりもなんだが、健康のためにウォーキングをする上ではいいかもしれない。ウォーキング雑誌が氾濫しているが、こんな企画もあることが世の中、歩くことが注目されているのだなあと感じてしまった。
さて、今日は午後からクライアントの施設に出向いて打ち合わせである。そろそろ出かけなくては!

重陽の節句 → 平安武久のページより
by motokunnk | 2011-09-09 11:20 | 街の風景 | Trackback | Comments(0)

散歩を楽しく/久安橋という名の橋について

八重洲通りを歩いていると、首都高速と交差する地点に「久安橋」という名の橋が架かっている。このあたりの首都高速は1964年に東京で開催されたオリンピックに間に合わせるために江戸城の堀を埋めて建設されたものが多い。従ってこの橋もそもそもは江戸城の堀に架かっていたと思われる。
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親切なことに橋に併設して久安橋公園が作られて、昼間のサラリーマン、OLの憩いの場として活用されているようである。またりっぱな石のプレートには久安橋の由来が書かれている。
それによると、「江戸時代に松平越中守の屋敷前に架けられ『越中橋』と呼ばれていたが、明治維新で江戸幕府の名残りである『』越中』の名が取られ『久安橋』と改称された。『久安』の名は、昔この付近に御坊主久安の拝領地があったことに因んで付けられたとされている。
現在の橋は、関東大震災の復興事業により、八重洲通りの造成と共に、この位置に架け替えられたもので、設計にあたり皇居に近く東京駅を正面に臨む場所柄を考慮して、石を多く使用し重みの感じられる『アーチ橋』にしたものと思われる。」都内にはいろいろないわれのある橋が多数あることを実感した。またそばの町内会のお知らせ看板には今日、明日と浜町公園で「大江戸まつり盆おどり大会」が開催されるようである。
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たまたま用事で都心に出かけたが、現在は雷まじりの雨が降り出している。盆おどり大会は中止となってしまうかもしれない。折角の夏休み最後の週末、天気がよいことを期待したのであるがこればかりは逆らうことはできないようである。
明日は、原宿表参道でよさこい祭りが開催されるが、果たしてパレードは実施されるのであろうか、ちょっと心配ではある。心配といえば今晩前夜祭があるが雨天中止と書かれていたようであるのでこちらも心配といえば心配である。
by motokunnk | 2011-08-26 15:40 | | Trackback | Comments(0)

青函連絡船・羊蹄丸と南極観測船・宗谷

先日、TVのニュースで青函連絡船・羊蹄丸が無償で譲渡されることが放送されていた。ただし、なかなか引き取り手がいないそうでこのまま期限の8月末を迎えてしまいそうだと危惧する報道であった。
羊蹄丸といえば、最後の青函連絡船として青森と函館間を就航していたことは知っていたが、お台場の船の科学館に係留されて展示公開されているとは知らなかった。
昨日、暇を見つけて船の科学館まででかけることにした。ゆりかもめに乗り、船の科学館で下車するわけであるが、科学館の反対側では「お台場合衆国・めざましライブ」が開催されており、ゆずが出演しているとあって、ものすごい人が集まっていた。立錐の余地もないとはあの光景のことをいうのだろうと思った。
事前の下調べもせず、また野暮用をすませてからゆりかもめに乗ったので、科学館に着いた時刻は午後4時半近くなっており、これは羊蹄丸しか見学できないなあと思い歩を進めていくと、見慣れた船の科学館に本館展示の休止が書かれているのにビックリした。9月30日で本館の展示を休止するというお知らせが書かれていた。
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そういえばかなり昔からこの建物は建てられていて施設自体が老朽化してしまったのかと妙に納得したしだいである。屋外展示物としては、南極観測船・宗谷と目指す青函連絡船・羊蹄丸の2隻がある。宗谷まで係留されているとは思ってもいなかった。羊蹄丸はゆりかもめから船自体は見えていたが、その隣に宗谷が展示されているとはこれまた知らなかった。帰宅して船の科学館ホームページを見てみると、宗谷はとりあえず10月以降も展示されるそうで、またの機会にじっくり見学することにしようと思う。
さて羊蹄丸であるが、船内を無料で見学することができる。夕方とあってそれほど人も多くなく、夏休みの時期、家族連れが多いのは当たり前であるが、初老の人がカメラ片手に見学に訪れている姿を複数見かけた。多分、青函連絡船時代の思い出が詰まった羊蹄丸の見学をしに来た人たちではないかと思う。
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青函連絡船というと洞爺丸事故が思い出される。といって、私が生まれた直後の事故なので成人してからの映画やTV番組などで事故の詳細は知ったのであるが、台風接近の中の運行であったので、不運にも転覆してしまったが、運がよければ何事もなかったと思えるような本当に不運が重なっての事故であったようだ。その事故の教訓をもとに羊蹄丸は設計、建造されたそうである。
時間が限られていたので、駆け足で船内探索をしてブリッジまで駆け上がった。ブリッジでは、家族連れや若いカップルなどが記念写真を撮っている姿が何とも微笑ましく思えた。子供の夏休みの自由研究のネタとして最適なのかもしれないし、カップルにしてみれば、もう公開されないかもしれない羊蹄丸のデッキでの写真は記念となるであろう。
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最後に、羊蹄丸を係留するだけで年間3000万円近くの費用がかかるそうである。やはり、財団法人としてはいくら社会教育・貢献のたまに必要だといっても血税を注入するわけにはいかないようである。
何か、奇特な人が現れて羊蹄丸を引き取り公開したくれたらと思うのは私だけではないと思う。
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右の写真の宗谷は、羊蹄丸の館外デッキから撮ったものである。

羊蹄丸について → 羊蹄丸(ウィキペディア)
船の科学館 → 公式ホームページ
洞爺丸事故について → 洞爺丸事故(ウィキペディア)
by motokunnk | 2011-08-19 11:55 | 美術館・博物館・美術 | Trackback | Comments(0)

散歩を楽しく/根津美術館への道筋で

先週、根津美術館のことはブログで書いたが、その道すがら気がついたことを数点書き記すことにする。まずは六本木通りから路地に入ったところにあるこの建物(というかいつも閉まっている扉)である。
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金閣寺東京道場とあるので京都にある金閣寺に由来があるようだが、調べてみると相国別院というところが月に1回座禅会を開催しているようである。小林何がしという高僧が主催しているようであるが、うさんくさい団体の私物であるという噂もありなにやら得体のしれない施設ということはわかった。
さて道を進んでいくと、骨董通りにぶつかる。
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その先には岡本太郎記念館があるが、こちらから見ると100円パーキング越に蔦(と思うが)で壁面が覆われた記念館を見ることができる。もとは私邸ということもあり、こじんまりとした家屋の全貌がみてとれる。いく道沿いでは「TABASA」と書かれていたファッションのお店があった。開店を過ぎるとこの通りも人通りが多くなるのであろう。
この一角にはフェラーリの販売店がお店をだしている。
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私の年代ではフェラーリというと超高級スポーツカーで高嶺の花であったが、スーパーカーブーム以来、街中でもフェラーリはよく見かける存在となり、このお店でも新車が飾られていた。と同時にお店の傍らにはナンバーを取得したフェラーリがとめられていた。試乗車なのかもしれない。d0183174_8352161.jpgそしてイタリアのファッションブランドである「Saldi」安売りの文字(新作が半年サイクルで発表されるらしくいつもバーゲンをしているような感覚が私にはあるが)が目立った高級ファッションブティックを通過したところに根津美術館がある。
by motokunnk | 2011-07-09 08:35 | 街の風景 | Trackback | Comments(0)

散歩を楽しく/五反田から目黒へ・その2

一昨日の続きを書くことにする。一昨日でほとんど目黒駅までの道のりを歩いてきてしまったので、今回は目黒駅周辺についてを書くことになる。d0183174_1924871.jpg
このブログでも取り上げた誕生八幡神社であるが、通りの反対側から品川区の指定文化財となっているイチョウを見るとこのようになる。確かに指定文化財だけのことはありりっぱな枝ぶりである。そばからでは見上げないとわからなかったが、かなりの高さのイチョウであることがこの写真でわかる。
さて、誕生八幡神社の話題はこのくらいにして次なる目標を目指すことにする。とその前にちょっと線路に沿って歩いてみるとご覧のようなホントに小さな庭といったほうがよいほどのスペースに標識が並べられている。
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原宿に行く途中でもこのような標識はあったが、それと同じくらい地球規模で案内がなされているのには驚いてしまった。遊び心がある人はたくさんいるのだなあと感心してしまった。さて線路脇の道の話題は終了し、「聖アンセルモカトリック目黒協会」が目指す建物となる。
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木が邪魔して建物全景がうまく写せなかった。写真左は線路脇の歩道から撮ったもので結構この写真の方が建物をよく表していると思う。当日は礼拝が行われていたが、外国人(ブラジル系?)が多かったように思えた。そしてその先にはドレスメーカー学院で知られる杉野学園の創始者杉野繁一・芳子夫妻の旧宅であった「杉野記念館」がある。
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こじんまりして清楚な和洋折衷の木造2階建ての建物であり、中には夫妻が製作したドレスなどが展示されているそうである。
目黒駅を横目で見ながら歩いていくと高層マンションが目に入る。「目黒プラザ」というそうで1971年竣工であるから既に40年が経過している。
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そのわりには外観など綺麗である。右の写真は山手線に架けられた鉄道橋から撮ったものである。白金桟道橋と名づけられている歩行者専用の橋のようであった。
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生活のために必要にせまられて架けられたのではないかと思う。d0183174_19263393.jpg橋を渡って反対側を見ると「光村図書」の本社ビルが目に入る。光村図書といえば学習教材の大手であり、教科書も多数出版している。最近ではデジタル教材にも手を伸ばしているようで、ちょっと仕事柄注目している会社である。ここに本社があったとは知らなかった。散歩をしていると毎回新発見がありある意味、セレンディピティーな出会いがあり楽しいものである。今週末はどこに行こうかなあ。
五反田から目黒へ歩くと住宅を見て歩いたような気がする。古くは住宅街であったのであろう。そういえば渋谷ももともとは住宅街だった(少なくとも私の少年時代には!)

私の関連するブログ → 散歩を楽しく/五反田から目黒へ
私の関連するブログ → 神社と狛犬その16・誕生八幡神社
by motokunnk | 2011-06-30 19:28 | 街の風景 | Trackback | Comments(0)

散歩を楽しく/五反田から目黒へ

今週の日曜日は曇り空、暑くもなく寒くもなく過ごしやすい一日であった。そんな中で朝の散歩は五反田まで足を伸ばした。
山手線の五反田駅から目黒駅まで線路に沿って建物見物としゃれこんでみた。さて線路沿いを歩くと、朝だからいいようなものの夕暮れ時は多分カップルなどが入るであろうホテル街が続いている。何かで読んだことがあるが、このような施設は1軒あるだけだと寂れてしまうそうで、数件集まるとそれによって人が集まるのだそうだ。渋谷もそうだし新宿もそのようである。
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さてホテル街を抜けたところにポーラ本社ビルがある。山手線からもよく見える建物なので多分見た人・記憶のある人は多いであろう。
ポーラ本社(勝手に本社と思っているが?)を過ぎ、首都高速に沿って、目黒方面に歩くことにする。以前車の運転をしていた頃はよくこの道を通ったものであるがそのときは気がつかなかったものが目に入ってくる。
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まず「微生物科学研究所」である。ホームページを見ると1962年に設立とあるので、この場所に当時からあったのであろう。今までは気がつかなかった建物である。気がつかないといえば、インドネシア大使館があることも知らなかった。
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そしてその大使公邸が建築散歩マップで紹介されている建物である。
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元商人の家だったとか、高い塀に囲まれているが塀の上からりっぱな母屋を拝見することができるし、これまたりっぱな門扉があった。さぞかし地元の名士であったのではと思われる。
さてその先には「ねむの木の庭」なるポケットパークがある。
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ねむの木学園というのは知っているがその関連施設かと説明プレートを読むと日清製粉の社長であった正田家の邸宅跡だそうである。正田家をいえば皇后陛下の実家である。それで皇后陛下のお父上が他界された際にこの土地を物納されて品川区が「ねむの木の庭」として公開したそうである。散歩をしていると何気なく見つけたポケットパークにもそれなりのいわれがあることを知ることができる。いい勉強になる。
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いろ取り取りの花が咲いており、その花野中には説明プレートが説明されているものもあった。
寄り道をしてしまったので先を急ぐことにし、再び大使公邸前を抜け表通りにでる角には緑で囲まれた綺麗な住まいが建っている。
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歴史的に価値のある建物もそれなりに評価できるがそれよりは何気なくたっているが何か気を引く建物が散歩の最中には印象に残るものである。
建築散歩マップで次に紹介されているのは、「タイ王国大使公邸」である。
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先ほどはインドネシア、そして今度はタイとこの近辺は東南アジア各国の公邸が多いようである。大使館は九段にあるようだが公邸はここにあるようだ。この建物も濱口中村吉右衛門という人の住宅だったそうで、鳩山御殿よりは風格もありりっぱであると思う。海外の国の所有物ではあるが、文化財並みのりっぱな建築物だと思う。そしてまだまだ続きはあるのだが、今日はこの辺で店じまいとし続きは明日以降のお楽しみ(楽しくはないか!)としておこう。

私の関連するブログ → 散歩を楽しく/五反田から目黒へ・その2
by motokunnk | 2011-06-28 19:32 | 街の風景 | Trackback | Comments(0)