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本日、定年退職しました

私事で恐縮だが、今日で長年勤めた会社を退職した。会社のルールで誕生月の末日が定年退職日となっているからだ。雇用延長も可能であるが、賃金が今の収入より1/4から1/3と減ってしまうし、仕事の内容は現状通り。
ストレスをかけない仕事をしなさいと医師から忠告されている身としてはここらで退職の路を選んだほうがよいのではという結論をだしたしだいである。
朝、辞令を受け取り、社内各所を挨拶まわり、午後早くに退社した。よく見る本社の風景もこれで見納めとなると何故か感傷的になってしまった。
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ただ、送別会がまだ残っており、12月に入っても京橋界隈には出没することになりそうである。
by motokunnk | 2013-11-29 16:13 | 日記 | Trackback | Comments(2)

三越前駅の夢ロードとツバメの巣?

昨日のこと、仕事で住吉まででかけることになった。住吉といっても大阪の住吉ではなく、東京江東区の住吉である。早速駅ナビでルート検索すると、三越前駅で銀座線から半蔵門線に乗り換えていくことが最短であり、安くて楽であるとのことである。
京橋駅から銀座線で三越前に行き乗り換えることにした。三越前駅は10年ぶりくらいであり、前降りたときは、たぶん半蔵門線は完成していなかったと思った。改札口をでての乗り換えで、300m程度歩くことになった。夢ロードと名付けられた連絡通路では、イベント(それも2つも!)が開催されていた。
その一つは「高山祭り」のPRであった。飛騨高山祭りは私も知っているくらい有名(かどうかはわからない)で、毎年春と秋に開催されて山車がメインと聞いている。ただしまだ見物しに行ったことはないので大きなことは言えないが壮大なスケールで市内がお祭り一色になるそうだ。来週の9、10日に開催されるそうだ。引退したら時間を見つけて行ってみたいものである。
その隣では日本道路協会(こういう団体、しかも公益!)主催の日本橋『日本百街道』展が開催されていた。10月3日からとあるので昨日が開幕初日だったようだ。写真やパネルが展示されていた。
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「日本百街道」 「日本百街道」、「道路の歴史1300年 」などのタイトルがつけられた展示があったが、乗り換えの途中であったのでしっかり見ることはできなかった。帰宅してホームページを観ると毎年開催されているようで、年末まで開かれているようなので、今度じっくり見ることにしようと思う。高山祭りのPR主催は同じ団体だったので2つのイベントは根っこはひとつであった。
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住吉に着いて、仕事を終え東京スカイツリーを観ながら住吉駅の改札へ続く階段を観ると、貼紙がしてあった。読むと「ツバメは今年も無事に巣立ちました ご協力ありがとうございました」とある。貼紙を観て真っ先に有川浩の「阪急電車」を思い出してしまった。小林駅でのシーンで駅員さんが似たような貼紙(ではなく傘だったような?)をしていたのを思い出した。地下鉄という違いもあるが、ツバメも毎年巣をつくってひなを育てて巣立っていくことが東京でもあることを発見して何故か心が休まる気持ちがした。
せわしない日常からはなれて気分爽快となったひと時であった。
参考URL → 日本橋『日本百街道』展2013 開催のご案内
by motokunnk | 2013-10-04 19:20 | 街の風景 | Trackback | Comments(0)

東京スクウェアタウンでランチ

今日午後、仕事で外出する予定が入ったので、ちょっと早いが昼食を外でとることにした。そこで候補として挙がったのが先週オープンした東京スクウェアタウンである。このブログでも紹介したが30のショップ・レストランがある複合施設である。
11時半過ぎに現地につくと、それほど混雑しているというわけではなかったが、お店は開店早々とのことで気合が入っているようであった。そこで早めに店を決めてランチをとることに。無難なところでうどんを食することにした。これが私の昼食「野菜天うどんとしらすご飯」のセットである。
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なかなかの美味であった。これで千円で若干のおつりがくるお値段であった。京橋という場所柄であればまあコストパフォーマンスはそこそこではないかと感じた。また会計も席で行うタイプであったが、これはこのお店独特のものであろう。そしてこちらがそのお店「ちよまんみ」の全景である。
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食事をしてからフロアを散策したのだが、レストラン・ショップをまとめた冊子も用意されており、これならこの冊子を読んでからお店を選べばよかったと後悔してしまった。
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今度、食事をするときはネットでの口コミもたくさんありそうなのでそちらも参考にしながらお店とメニュー選びをしようかと思っている。
参考URL → 東京スクエアガーデン総合案内
参考URL → 東京スクエアガーデンFACEBOOK
参考URL → 東京スクエアガーデンテナント誘致用
by motokunnk | 2013-04-23 18:59 | 日記 | Trackback | Comments(0)

大規模開発が進むビジネス街、本社のそばにも商業ビルが今日オープン

以前、我家でも話題となっていた「東京スクウェアガーデン」が今日オープンした。我家で話題となっていたというのはカミさんが新聞(またはチラシ)で見かけた記事からである。「会社のそばにあるのでしょう」と言われ、そのときはどのエリアだかわからなかった。
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その再開発ビルが東京スクウェアガーデンとして今日オープンした。先週あたりから地下鉄のホームなどで4月18日オープンというポスターが貼られていたのでようやくどのエリアに建設中のビルかが理解できたわけである。
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施設をホームページで調べてみると「3Fに「京橋の丘」という空中庭園があり、京橋駅からエレベーターで自由に利用できる。」と書かれている。帰宅時に実際にその場所に行ってみたが、ポケットパークに近いリ広さで庭園という言葉から連想される大きな庭というイメージではなかった。リクルートが発信している「SUMO」のサイトではこの東京スクウェアガーデンを庭としてこのエリアの賃貸マンションを探すといくらですごせるかの試算もでている。都心一等地で住むことへの憧れはまだまだ根強いようである。
さて私事ながらFACEBOOKを開設してしまった。けっこう友人も開設しているようで、ここ数日は、友達探しをしている毎日である。
参考URL → 「東京スクエアガーデン」が、4月18日オープン!
参考URL → TOKYO SQUARE GARDEN
参考URL → 「東京スクエアガーデン」を庭にする都心ライフ
by motokunnk | 2013-04-18 19:15 | 街の風景 | Trackback | Comments(0)

ヤン・ヨーステンと平和の鐘はオランダつながり?

1ヶ月ほど前のテレビのクイズ番組で、ヤン・ヨーステンという人物のことを知った。なんでも八重洲の名称はヤン・ヨーステンの名前に由来しているとのことである。
確かに八重洲通りの中央分離帯にはヤン・ヨーステンのレプリカが設置されており、八重洲との関係があることがわかる。
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そこでヤン・ヨーステンについて調べてみると
「ヤン・ヨーステンはオランダの航海士、朱印船貿易家。日本名は耶楊子。ヤン・ヨーステンは名で、姓はファン・ローデンスタイン。1598年にオランダ東インド会社がロッテルダムからアジアの極東を目指す航海のために司令官のヤックス・マフが乗組員を集めている時に、ヤン・ヨーステンは応募しリーフデ号に乗組みました。」
1598年6月に5隻の船団はロッテルダム港を出航しました。新大陸アメリカで積荷を銀に換えようとしましたが失敗し、マゼラン海峡を越えて日本を目指し、日本で積荷を銀に換えて、モルッカへ行ってスパイスを買う予定でしたが、マゼラン海峡を通過するとき嵐に遭遇して、船隊はバラバラになりました。トラウ号は東インド諸島でポルトガルに拿捕され、フライデ・ボートスハップ号はスペインに拿捕され、1隻はぐれたヘローフ号は続行を断念してロッテルダムに引き返しました。残った2隻で太平洋を横断する途中、ホープ号も遭難、沈没してしまい、極東に到達するという目的を果たしたのはリーフデ号ただ1隻となりました。その上、食糧補給のために寄港した先々で赤痢や壊血病の蔓延、インディオの襲撃に晒されたために次々と乗組員を失っていきました。こうして出航時に110人だった船の乗組員は、僅かに24人にまで減っていました。
ヤン・ヨーステンが乗組んでいたオランダ船リーフデ号は嵐に遭遇して、1600年4月19日に大分県の臼杵に漂着しました。自力では上陸できなかった乗組員は臼杵城主太田一吉の出した小舟でようやく日本の土を踏みました。太田は長崎奉行の寺沢広高に通報。寺沢はヤン・ヨーステンらを拘束し、船内に積まれていた大砲や火縄銃、弾薬といった武器を没収したのち、大坂城の豊臣秀頼に指示を仰ぎました。この間にポルトガル・イエズス会の宣教師達が訪れ、オランダ人やイギリス人を即刻処刑するように要求しました。結局、五大老首座の徳川家康が指示し、重体で身動きの取れない船長ヤコブ・クワッケルナックに代わり、ヤン・ヨーステンとウィリアム・アダムス、メルキオール・ファン・サントフォールトらを大坂に護送させ、併せて船も回航させました。
その後、徳川家康に謁見して信任され、外交や貿易についての顧問となりました。江戸の「丸の内」に屋敷を貰い、日本人と結婚し、耶楊子と名乗りました。オランダ船リーフデ号漂着の成果は幕府がオランダに発行した朱印状、つまり通商許可証でした。1609年にオランダ船が平戸に入港し、それ以降、日蘭貿易が本格的に始まりました。
彼の江戸屋敷は現在の和田倉門~日比谷間の内濠の沿岸に与えられ屋敷を構えました。この地が彼の 名にちなんで八代洲河岸(やよすがし)と呼ばれて、明治まで続きました。現在は、中央区の八重洲 としてヤン・ヨーステンに因む地名が残っています。」
ということだそうだ。ヤン・ヨーステン、江戸時代初期にひょんなことで日本に漂流したオランダ人が八重洲の地名になって後世にまでその名を残すとは彼本人がビックリしているのではないだろうか。
ヨーステンのレプリカのそばには、中央区の平和の鐘も設置されている。
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「平和の鐘は資料によると1988年3月15日に中央区は世界の恒久平和と人類の永遠の繁栄を祈念し「平和都市宣言」をいたしました。三角形のアーチは、この宣言を記念するモニュメントとして、設置したものです。この平和の鐘は オランダ製で26個のベルによって四季おりおりのメロディを奏でます。」とある。
ヨーステンはオランダ人、この鐘もオランダ製、どちらもオランダに縁があるようだ。
ヨーステンの記念碑はこの他にもリーフデ号などが八重洲地区にあるようなので、次回はそれらをまとめて紹介できたらと思う。
参考URL → ここに歴史あり
by motokunnk | 2013-03-09 08:37 | 記念碑 | Trackback | Comments(0)

京橋界隈の記念碑などなど

今朝は我家の近辺でも雪が降ったようである。出勤する路には植え込みがあり、その土の部分がうっすら雪化粧していた。ただし通勤時間帯にはすでの雨もやみ、傘をささずに出勤することができた。朝のニュースではグアムで無差別殺人事件が発生していることが報じられている。秋葉原の無差別殺人事件を思い出させるような事件であり、あってはいけないことだと思う。世界で一番治安のいい国はどこなのか真剣に考えてしまう。
さて京橋に本社が移転して半年が経過した。浜松町にいたときは昼休みなどを利用してちょくちょく近所の散策をしていたが、やはり大都会のど真ん中に移転すると、本社からちょっと散策という雰囲気にはならなくなってしまう。
これも歳なのかもしれないが、問題は意志なのかもしれないと思い、時間を見つけては散策するようにしている最近である。そんな散策途中で気付いた風景を撮った写真について紹介していくことにする。
まずは京橋の親柱についてである。以前このブログで日比谷公園にある親柱と京橋にある柱について説明したが、京橋にはこの写真で紹介する3本目の柱があることに気付いた。ネットでの説明には次のように書かれている。
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「京橋は、江戸時代から日本橋とともに有名な橋でした。橋は、昭和三十四年(一九五九)、京橋川の埋め立てによって撤去され、現在では見られませんが、その名残をとどめるものとして、三本の親柱が残っています。」
時代ごとに橋が建て替えられてその都度、親柱が製作されていたことがわかるし、歴史を感じさせる。京橋の親柱から、首都高速をくぐったあたりに次に紹介する記念碑が建てられている。
江戸歌舞伎発祥の地を示す記念碑である。英文と和文で説明されている。
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碑文によると
「寛永元年二月十五日 元祖猿若中村勘三郎 中橋南地と言える此地に猿若中村座の芝居櫓を上ぐ これ江戸歌舞伎の濫觴也 茲に史跡を按し斯石を鎮め 国劇歌舞伎発祥の地として永く記念す。昭和三十一年七月 江戸歌舞伎旧史保存会」
とあり、昭和31年からこの地にあるようである。今までは全然気づかなかった記念碑で、見ればかなりりっぱなものであるが、今までは気づかずにその前を通り過ぎていたわけで人間、きょろきょろしていると何かの福(これを福というのかはわからないが)があるものである。
歌舞伎界は大御所が相次いで中村勘三郎、市川団十郎と急逝してしまった。新歌舞伎座が4月に杮落となるが、演目がどうなるのか、野次馬ではあるがちょっと気にはなる。
最後に紹介するのは、第一生命相互館である。私が京橋に通勤していたときに、先輩から言われた言葉がある。「京橋交差点には3つの第一生命がオーナーのビルがある。」なんでも都内の交差点で1企業が4角すべてにビルを所有しているところはなく、3か所所有しているところも京橋交差点ただ1つということだそうだ。
その言葉を覚えていたので、京橋交差点が再開発されて昔の面影がなくなっているのには一抹のさびしさがある。ただ、第一生命相互館の後、新築された相互館110タワーには第一生命相互館の模型とパネルが展示されている。
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私が見ていた相互館は2代目であるが、初代の相互館が模型ではあるが復元されている。東京駅と同じ辰野金吾の設計であることがわかり、明治時代は辰野金吾がほぼ代表的な建築物の設計に携わっていたのだなあと変なところで感心してしまった。
この他にも本社界隈には記念碑がたくさんあるようで、暇を見つけて散歩がてらに歩き回ってみようと思う。
参考URL → お江戸京橋界隈あれこれ噺
参考URL → 江戸歌舞伎発祥の地
参考URL → 第一相互館の歴史
by motokunnk | 2013-02-13 19:47 | 街の風景 | Trackback | Comments(0)

銀座でのセミナーに出席してきた

今日は午後から銀座で開催されているセミナーに参加してきた。本社からは歩いていける距離なので久しぶりに銀座を散歩して目的地の銀座フェニックスプラザへむかった。
途中、伊東屋のショーウィンドウには伊東屋ビルの歴史が紙細工で展示されており、それによると2015年に新社屋を建設するようである。
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セミナーのタイトルは「標的型攻撃への対策」、最近話題となっているテーマということもあり、会場は満員盛況であった。基調講演「標的型攻撃の最新トレンドと対策の要点」からスタートし、それぞれのベンダーが商品説明をしていく流れであった。
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基調講演では標的型攻撃の目的を5つに分類してわかりやすく説明してくれた。「業務停止」「金銭搾取」「スパイ活動」「破壊活動」そして「政治活動」である。
その他にもためになる講演があり、有意義な午後のひと時を過ごすことができた。マクニカの説明では中国のサイバー攻撃が激しいとの説明があった。米国では中国のサイバーテロ集団のことを○○パンダと呼んでいるそうで、複数のグループが存在し、産業スパイめいたことをしているようなことを言っていた。
OODAという米国空軍の戦略の話もでて、米国では5つの戦場(陸、海、空、宇宙、サイバー)のひとつとして戦いの場として認識しているそうだ。産業スパイというと秘密裏に企業に忍び込み、機密データを盗んでくるイメージであるが、21世紀のサーバーテロは企業のメインコンピュータに進入し、企業の機密データを盗んでしまうようである。恐るべし中国である。日本もサイバーテロに対する防衛策を真剣に考えなければいけないと思ったセミナーであった。
参考URL → 標的型攻撃への対策
参考URL → マクニカ
参考URL → ウェブルート
参考URL → トリップワイヤ・ジャパン
参考URL → EMCジャパン
参考URL → アイ・ティ・アール
by motokunnk | 2013-01-31 19:47 | 最新技術 | Trackback | Comments(0)

今日は酉の市、今年は会社の近所の神社へ!

昨日、ブログで田中大臣について書いたが、今朝の新聞やニュースを見ると前言を撤回して3大学は認可するとの発言、この人何だったのと思ってしまう。ただ、前回の発言であった審議会のメンバーや制度改革はぜひやってほしい!
さて今日は酉の市である。三の酉まである年は火事が多いといわれている(昨年が該当)が、今年は二の酉までで火事の心配はいらないようだ。さて毎度、渋谷の宮益御嶽神社の酉の市の紹介ではつまらないので、今回は勤務先の近所にある酉の市を紹介することにする。
ネットの世界は便利なもので、酉の市と東京を掛け合わせると、都内で酉の市を開催している神社がヒットする。酉の市の夕方にはニュースなどで取り上げられている新宿の花園神社や浅草の鷲神社のほか、各所で酉の市が開催されている。自宅の周りを見ると、ブログでも紹介した渋谷宮益御嶽神社のほかには中目黒にある目黒大鳥神社でも酉の市がたっているようである。来年は時間がとれたら大鳥神社へ行ってみようかと思っているが果たしてどうなることやら。
さて会社は中央区なので中央区の神社で酉の市を開催している神社を探すと、築地の波除稲荷神社と人形町の松島神社で酉の市をやっていることがわかった。2つの神社のうち、波除稲荷神社は行ったことがあるので、そちらを候補にすることとした。また、そばのクライアントにも用事があるので昼間仕事で抜け出すには好都合である。
さて波除稲荷神社にはちょっとした思い出がある。それは数年前、築地市場移転がPFI事業でやられるとの計画があり(結局従来通りの工事体制となったが)、その際若干絡んでいた。そのプロジェクトで築地市場の見学をすることになり、この神社前で深夜に打合せをした記憶がある。それ以来の波除稲荷神社である。
そのときにも引率から聞いたような気がしたが神社の由来について調べておくことにした。ホームページによれば
「江戸時代、明暦の大火の後に4代将軍家綱公が手がけた最後の埋立の工事困難を極めたのが、この築地海面でした。堤防を築いても築いても激波にさらわれてしまうのです。或夜の事、海面を光りを放って漂うものがあり、人々は不思議に思って船を出してみると、それは立派な稲荷大神の御神体でした。皆は畏れて、早速現在の地に社殿を作りお祀りして、皆で盛大なお祭をしました。ところがそれからというものは、波風がピタリとおさまり、工事はやすやすと進み埋立も終了致しました。萬治2年(1659)の事です。人々は、その御神徳のあらたかさに驚き、稲荷大神に 『波除』 の尊称を奉り、又雲を従える<龍>、風を従える<虎>、一声で万物を威伏させる<獅子>の巨大な頭が数体奉納され、これを担いで回ったのが祭礼 『つきじ獅子祭』 の始まりです。それ以来今に至るまで、「災難を除き、波を乗り切る」 波除稲荷様として、災難除・厄除・商売繁盛・工事安全等の御神徳に崇敬が厚いのであります。その御神徳はその後も益々大きく、当時辺境の地であった築地も次第々々に開け、現在の如く繁華街となったのであります。」
とあり、由緒正しき神社であることがわかる。
午後に用事を作って、終了後に神社に立ち寄ることにした。思いのほか、用事が早く終了したので神社には午後3時過ぎには行くことができた。
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地図を持参しなかったが、付近までいくと、波除稲荷神社の(酉の市の)広告もあり、また街路塔にも宣伝があったので迷わずに行くことができた。神社はこじんまりとした造りではあるが、狭い境内には熊手の屋台がところ狭しと熊手を並べて商売をしていた。お客も市場関係者と見られる人が大きな熊手を購入する場面が見受けられた。
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やhり商売繁盛のゲン担ぎに熊手は必要なのかもしれない。
参考URL → 開運招福!商売繁盛!「東京の酉の市」
参考URL → 東京都内の酉の市
参考URL → 酉の市特集
参考URL → 波除稲荷神社
by motokunnk | 2012-11-08 19:43 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

芸術の秋、各所で開催されるイベントなどなど

今日から11月、朝晩はめっきりと冷え込むようになった。プロ野球の世界では日本シリーズが開催されており、日本ハムがサヨナラ勝ちをして対戦成績を2勝2敗の五分とした。日本シリーズを見ていて思うのだが、これでホームチームは負けなしである。氏名打者制となってから統計はとっていないがどうもホームチームの勝率が高いように思えるのだが、実際はどうであろう。
さて、各所で秋のイベントが真っ盛りである。会社の近辺でも「中央区観光商業まつり」なるものが行われているようだ。中央区のホームページをみると、スケジュールがびっしりと書かれている。これから開催されるものもあるので、日本橋界隈に来る機会がある人には参考になるのではないか。
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そんな中、4日~6日にかけて中央区産業文化展が開催される。場所は晴海トリトングランドロビー、トリトンでは同時期に晴海フラワーフェスティバルも開催されるようである。入場無料で中央区のコミュニティバスも無料のようだ。また中央区まるごとミュージアムも11月4日に開催される。
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ホームページでは「中央区は、名所・旧跡、画廊・美術館、水辺などさまざまな魅力にあふれ、まち全体がミュージアムです。当日は、区内で配布するパンフレットを手に無料のバスや船に乗って、文化イベントや文化施設等を回遊しながら、中央区の魅力に触れてお楽しみください。」とある。
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1日かけて中央区の散策もいいかもしれない。
その他では東京ミッドタウンでもイベントが開催されている。「DESIGN TOUCH2012」と銘打って今年で5回目の開催となるようだ。
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ミッドタウンにはサントリー美術館もありこちらでは「お伽草子 - この国は物語にあふれている -」が11月4日まで開催されている。近くには国立新美術館もあり 「リヒテンシュタイン 華麗なる侯爵家の秘宝」が開催されている。
週末はイベントもりだくさんである。日本全国でイベントが開催されているようで、「祭にっぽん」というホームページが開設されており、ここで日本全国の祭がいつ開催されているかがわかる。タイトルと開催地、リンクがあるが、リンクは作成者が探したものであり、現在リンク切れとなっているものもある(当然、その注釈は書かれている)。場所がわかれば、行く気があれば調べられるので意外と重宝である。
東京都の祭り・イベント一覧もJR東日本の関連サイトで用意されている。こちらは旅ネットと題されて、さすがにJR東日本だけあってリンク切れとなっているサイトはないようである。今日の記事もミッドタウンはこのサイトを見ておもしろそうなのでサイトツアーをした結果である。
他にもエリアは様々だが面白い祭り・イベントがあるようだ。調べたサイトを下記に紹介することにする。
参考URL → 第60回中央区観光商業まつり
参考URL → 中央区まるごとミュージアム
参考URL → へそ展
参考URL → design touch
参考URL → サントリー美術館
参考URL → 国立新美術館

参考URL → 祭にっぽん
参考URL → 旅ネット

参考URL → 第16回西区ふれあいまつり
参考URL → 本庄まつり
参考URL → 飯能まつり<平成24年11月3日(土)・4日(日)>
参考URL → dreamよさこい
by motokunnk | 2012-11-01 19:32 | 街の風景 | Trackback | Comments(0)

20数年ぶりの京橋エリア

今日から、20数年ぶりの京橋エリアである。前あった本社の同じ場所に新本社が建設されてあり、私にとっては20数年ぶりの京橋本社への通勤である。
朝は、銀座線渋谷駅から京橋駅までと昔と同じ経路であるが、残念なことに会社支給の定期の経路は渋谷駅~東京駅である。なんでも最短時間より、最安値を選択した結果だそうで、従業員にはやさしくない典型的な会社のようである。
まあ会社批判はこの程度にし、朝はヒカリエのエスカレータで2階にあがり、連絡橋を渡って銀座線の渋谷駅へと向った。渋谷駅は朝早い時間帯のわりには混雑しており(バス通勤だったので朝のラッシュは久しぶり!)、1本待ては座れる状態であった。迷わず、1本待って座って京橋駅まで行くことにした。
京橋駅は昔と変わらずに駅から改札口まではエスカレータなどはなく、階段のみが設置されていた。JRと違ってユニバーサルデザインにはなっていないようである。駅自体の大規模な改修を行わないとバリアフリー対策はできそうもないので、東京メトロとしての計画はないようである。
新しい本社はエントランスから、ICカードによるセキュリティゲートがあり、やっと本社ビルといえる設備になった。各フロアにも同様の設備があり、トイレからの帰りにもICカードは必要である。これで、ネームプレート兼用のICカード着用が徹底される。
今までは各フロアのパントリーにあった自販機はなく、代わりに、食堂内にコンビニが入って営業を開始していた。ただし、土日は休業とか、休日出勤の場合は、近所で買物をしてからオフィスに入らないといけないので休日出る場合は注意しておかなけらばいけない。
こんなことで1日があっという間に過ぎてしまった。近辺の様変わりした景色についてはおいおい紹介したいくことにする。さて明日はどんな1日になるのやら?
by motokunnk | 2012-07-17 19:13 | 日記 | Trackback | Comments(0)