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緊急地震速報で眼が覚めた、今朝の出来事

早朝、緊急地震速報のアナウンスで眼がさめた。どこからか、緊急地震速報の大きな声が流れてきたのであわててとりあえず、TVをつけようとした。
緊急地震速報なので、すぐにゆれだすと思ったが、地震は少なくとも東京では発生していないようで、どこで発生したのかを確認したかった。TVでは地震関連の速報ニュースが流れており、震源地は福島県沖でマグニチュードは6.8だそうだ。
すぐに津波注意報が発令され、TVでは注意報がでたエリアでは海岸や河口から離れるようにしきりにアナウンスされている。やはり東日本大震災の教訓から、早めの避難がなによりであり、津波が小さくても避難するにこしたことはない。さいわい津波は小規模で被害はなかったようだ。
朝食時にカミさんと話したが、早朝の声は家からではなく、街のスピーカーから放送されていたようだ。都心であっても緊急地震速報の住民告知は必要なので積極的に行っていることはいざという時に助かりそうだ。
さて昨日、ちょっとしたことで都心に外出し、久しぶりに「たいめいけん」で昼食を食べた。
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オムライスがベストチョイスであったが、隣の人が「ミニコロッケ」をおいしそうに食べていたので同じものを頼んでしまった。食事をして街を見ると、コルド日本橋アネックス脇にポケットパークが用意されており、ちょうど昼休み時間だったので多数のサラリーマンやOLがお昼のひと時を過ごしていた。
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なかにはテイクアウトランチをベンチに腰かけて食している人もいた。昨日は台風も去り、都心は30度以上を記録するなどそろそろ熱中症が心配となる季節となったが、このエリアは適当に緑が配置されて涼を感じさせる演出がされていた。最近の街づくりのいったんを魅せてもらった。
参考URL → 今朝の地震
参考URL → たいめいけん
参考URL → コレド日本橋
by motokunnk | 2014-07-12 08:17 | 街の風景 | Trackback | Comments(0)

会社の忘年会にお呼ばれされ、銀座まで

11月末で定年退職した会社の所属部署で忘年会をするというお招きがあった。忘年会ということだが、私の退職祝いや部署で結婚した人のお祝いも兼ねているということなので出席することにした。
場所は本社から歩いて数分のところだそうで、メールによれば、「わかりずらいずらい場所にあります」と書かれている。開始時間に合わせて行くと迷う可能性もあったのでちょっと早めに開催場所にいけるように自宅をでた。
退職後、電車に乗るのは考えてみれば初めてだったが、ちょうど退社時間のわりに電車は始発ということもありそれほど混んでいなかった(座って銀座駅まで行くことができた)。
銀座駅につき、銀座通りにでると、通りのビル側面は思考をこらしたクリスマスイルミネーションで華やかであった。
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d0183174_1464526.jpgd0183174_147950.jpg目を歩道に移すと足元も綺麗なイルミネーションで飾られていた。幟をみると「ヒカリミチ」とあるので、この歩道に設置されたイルミネーションは「ヒカリミチ」と題されているのだろう。帰宅しネットで調べると「ヒカリミチ」というページが開設され、銀座通りだけでなく、晴海通りにもイルミネーションが設置されているようだ。
また、年末といえば社会鍋に代表される歳末助け合い運動が有名だが、募金箱も設置されているそうだ。募金箱は見かけなかったがまた来ることがあれば募金しようかと思う。
忘年会場は銀座1丁目交差点からすぐの場所ではあったが、脇道の路地に立地しており、ふつうに歩いているとまず見つけることはできない。事前に外観をチェックしておいたのとなるべく左右を見ながら歩いていたので、迷うことなく行き着くことができた。一乗寺という名からすると和食屋かと思うが、イタリアンレストランだそうだ。
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建屋は日本家屋、お店のマークは現代風、どうみても年代もの、そして料理はイタリアンというミスマッチがいいのかもしれない。
銀座にこのような店があることを初めて知った。料理はそこそこであったが、カロリーの高そうなものばかりであった。
参考URL → ヒカリミチ
参考URL → 一乗寺
by motokunnk | 2013-12-17 14:09 | 街の風景 | Trackback | Comments(0)

本日、定年退職しました

私事で恐縮だが、今日で長年勤めた会社を退職した。会社のルールで誕生月の末日が定年退職日となっているからだ。雇用延長も可能であるが、賃金が今の収入より1/4から1/3と減ってしまうし、仕事の内容は現状通り。
ストレスをかけない仕事をしなさいと医師から忠告されている身としてはここらで退職の路を選んだほうがよいのではという結論をだしたしだいである。
朝、辞令を受け取り、社内各所を挨拶まわり、午後早くに退社した。よく見る本社の風景もこれで見納めとなると何故か感傷的になってしまった。
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ただ、送別会がまだ残っており、12月に入っても京橋界隈には出没することになりそうである。
by motokunnk | 2013-11-29 16:13 | 日記 | Trackback | Comments(2)

東京スクウェアタウンでランチ

今日午後、仕事で外出する予定が入ったので、ちょっと早いが昼食を外でとることにした。そこで候補として挙がったのが先週オープンした東京スクウェアタウンである。このブログでも紹介したが30のショップ・レストランがある複合施設である。
11時半過ぎに現地につくと、それほど混雑しているというわけではなかったが、お店は開店早々とのことで気合が入っているようであった。そこで早めに店を決めてランチをとることに。無難なところでうどんを食することにした。これが私の昼食「野菜天うどんとしらすご飯」のセットである。
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なかなかの美味であった。これで千円で若干のおつりがくるお値段であった。京橋という場所柄であればまあコストパフォーマンスはそこそこではないかと感じた。また会計も席で行うタイプであったが、これはこのお店独特のものであろう。そしてこちらがそのお店「ちよまんみ」の全景である。
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食事をしてからフロアを散策したのだが、レストラン・ショップをまとめた冊子も用意されており、これならこの冊子を読んでからお店を選べばよかったと後悔してしまった。
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今度、食事をするときはネットでの口コミもたくさんありそうなのでそちらも参考にしながらお店とメニュー選びをしようかと思っている。
参考URL → 東京スクエアガーデン総合案内
参考URL → 東京スクエアガーデンFACEBOOK
参考URL → 東京スクエアガーデンテナント誘致用
by motokunnk | 2013-04-23 18:59 | 日記 | Trackback | Comments(0)

大規模開発が進むビジネス街、本社のそばにも商業ビルが今日オープン

以前、我家でも話題となっていた「東京スクウェアガーデン」が今日オープンした。我家で話題となっていたというのはカミさんが新聞(またはチラシ)で見かけた記事からである。「会社のそばにあるのでしょう」と言われ、そのときはどのエリアだかわからなかった。
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その再開発ビルが東京スクウェアガーデンとして今日オープンした。先週あたりから地下鉄のホームなどで4月18日オープンというポスターが貼られていたのでようやくどのエリアに建設中のビルかが理解できたわけである。
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施設をホームページで調べてみると「3Fに「京橋の丘」という空中庭園があり、京橋駅からエレベーターで自由に利用できる。」と書かれている。帰宅時に実際にその場所に行ってみたが、ポケットパークに近いリ広さで庭園という言葉から連想される大きな庭というイメージではなかった。リクルートが発信している「SUMO」のサイトではこの東京スクウェアガーデンを庭としてこのエリアの賃貸マンションを探すといくらですごせるかの試算もでている。都心一等地で住むことへの憧れはまだまだ根強いようである。
さて私事ながらFACEBOOKを開設してしまった。けっこう友人も開設しているようで、ここ数日は、友達探しをしている毎日である。
参考URL → 「東京スクエアガーデン」が、4月18日オープン!
参考URL → TOKYO SQUARE GARDEN
参考URL → 「東京スクエアガーデン」を庭にする都心ライフ
by motokunnk | 2013-04-18 19:15 | 街の風景 | Trackback | Comments(0)

ヤン・ヨーステンと平和の鐘はオランダつながり?

1ヶ月ほど前のテレビのクイズ番組で、ヤン・ヨーステンという人物のことを知った。なんでも八重洲の名称はヤン・ヨーステンの名前に由来しているとのことである。
確かに八重洲通りの中央分離帯にはヤン・ヨーステンのレプリカが設置されており、八重洲との関係があることがわかる。
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そこでヤン・ヨーステンについて調べてみると
「ヤン・ヨーステンはオランダの航海士、朱印船貿易家。日本名は耶楊子。ヤン・ヨーステンは名で、姓はファン・ローデンスタイン。1598年にオランダ東インド会社がロッテルダムからアジアの極東を目指す航海のために司令官のヤックス・マフが乗組員を集めている時に、ヤン・ヨーステンは応募しリーフデ号に乗組みました。」
1598年6月に5隻の船団はロッテルダム港を出航しました。新大陸アメリカで積荷を銀に換えようとしましたが失敗し、マゼラン海峡を越えて日本を目指し、日本で積荷を銀に換えて、モルッカへ行ってスパイスを買う予定でしたが、マゼラン海峡を通過するとき嵐に遭遇して、船隊はバラバラになりました。トラウ号は東インド諸島でポルトガルに拿捕され、フライデ・ボートスハップ号はスペインに拿捕され、1隻はぐれたヘローフ号は続行を断念してロッテルダムに引き返しました。残った2隻で太平洋を横断する途中、ホープ号も遭難、沈没してしまい、極東に到達するという目的を果たしたのはリーフデ号ただ1隻となりました。その上、食糧補給のために寄港した先々で赤痢や壊血病の蔓延、インディオの襲撃に晒されたために次々と乗組員を失っていきました。こうして出航時に110人だった船の乗組員は、僅かに24人にまで減っていました。
ヤン・ヨーステンが乗組んでいたオランダ船リーフデ号は嵐に遭遇して、1600年4月19日に大分県の臼杵に漂着しました。自力では上陸できなかった乗組員は臼杵城主太田一吉の出した小舟でようやく日本の土を踏みました。太田は長崎奉行の寺沢広高に通報。寺沢はヤン・ヨーステンらを拘束し、船内に積まれていた大砲や火縄銃、弾薬といった武器を没収したのち、大坂城の豊臣秀頼に指示を仰ぎました。この間にポルトガル・イエズス会の宣教師達が訪れ、オランダ人やイギリス人を即刻処刑するように要求しました。結局、五大老首座の徳川家康が指示し、重体で身動きの取れない船長ヤコブ・クワッケルナックに代わり、ヤン・ヨーステンとウィリアム・アダムス、メルキオール・ファン・サントフォールトらを大坂に護送させ、併せて船も回航させました。
その後、徳川家康に謁見して信任され、外交や貿易についての顧問となりました。江戸の「丸の内」に屋敷を貰い、日本人と結婚し、耶楊子と名乗りました。オランダ船リーフデ号漂着の成果は幕府がオランダに発行した朱印状、つまり通商許可証でした。1609年にオランダ船が平戸に入港し、それ以降、日蘭貿易が本格的に始まりました。
彼の江戸屋敷は現在の和田倉門~日比谷間の内濠の沿岸に与えられ屋敷を構えました。この地が彼の 名にちなんで八代洲河岸(やよすがし)と呼ばれて、明治まで続きました。現在は、中央区の八重洲 としてヤン・ヨーステンに因む地名が残っています。」
ということだそうだ。ヤン・ヨーステン、江戸時代初期にひょんなことで日本に漂流したオランダ人が八重洲の地名になって後世にまでその名を残すとは彼本人がビックリしているのではないだろうか。
ヨーステンのレプリカのそばには、中央区の平和の鐘も設置されている。
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「平和の鐘は資料によると1988年3月15日に中央区は世界の恒久平和と人類の永遠の繁栄を祈念し「平和都市宣言」をいたしました。三角形のアーチは、この宣言を記念するモニュメントとして、設置したものです。この平和の鐘は オランダ製で26個のベルによって四季おりおりのメロディを奏でます。」とある。
ヨーステンはオランダ人、この鐘もオランダ製、どちらもオランダに縁があるようだ。
ヨーステンの記念碑はこの他にもリーフデ号などが八重洲地区にあるようなので、次回はそれらをまとめて紹介できたらと思う。
参考URL → ここに歴史あり
by motokunnk | 2013-03-09 08:37 | 記念碑 | Trackback | Comments(0)

20数年ぶりの京橋エリア

今日から、20数年ぶりの京橋エリアである。前あった本社の同じ場所に新本社が建設されてあり、私にとっては20数年ぶりの京橋本社への通勤である。
朝は、銀座線渋谷駅から京橋駅までと昔と同じ経路であるが、残念なことに会社支給の定期の経路は渋谷駅~東京駅である。なんでも最短時間より、最安値を選択した結果だそうで、従業員にはやさしくない典型的な会社のようである。
まあ会社批判はこの程度にし、朝はヒカリエのエスカレータで2階にあがり、連絡橋を渡って銀座線の渋谷駅へと向った。渋谷駅は朝早い時間帯のわりには混雑しており(バス通勤だったので朝のラッシュは久しぶり!)、1本待ては座れる状態であった。迷わず、1本待って座って京橋駅まで行くことにした。
京橋駅は昔と変わらずに駅から改札口まではエスカレータなどはなく、階段のみが設置されていた。JRと違ってユニバーサルデザインにはなっていないようである。駅自体の大規模な改修を行わないとバリアフリー対策はできそうもないので、東京メトロとしての計画はないようである。
新しい本社はエントランスから、ICカードによるセキュリティゲートがあり、やっと本社ビルといえる設備になった。各フロアにも同様の設備があり、トイレからの帰りにもICカードは必要である。これで、ネームプレート兼用のICカード着用が徹底される。
今までは各フロアのパントリーにあった自販機はなく、代わりに、食堂内にコンビニが入って営業を開始していた。ただし、土日は休業とか、休日出勤の場合は、近所で買物をしてからオフィスに入らないといけないので休日出る場合は注意しておかなけらばいけない。
こんなことで1日があっという間に過ぎてしまった。近辺の様変わりした景色についてはおいおい紹介したいくことにする。さて明日はどんな1日になるのやら?
by motokunnk | 2012-07-17 19:13 | 日記 | Trackback | Comments(0)

今日が最後の浜松町オフィス

と言って、今日で退職というわけではない。長く親しんだ浜松町のオフィスで仕事をするのが今日が最後である。来週からは新社屋である京橋に引っ越しての仕事である。
京橋オフィスは20数年ぶりである。もともとは旧本社が建っていた場所に新本社を建設したので、景気がよければ10年ほどで新社屋を建設して引っ越す予定だったようである。
それが、バブルが弾けて20数年かかってやっと新本社を建設しての引越しである。サラリーマン生活30数年で2度目の本社移転を経験するとは思ってもみなかった。ある意味では幸せなサラリーマン人生を過ごしているのかもしれない。来週からは新オフィス、考え事をして、渋谷からバスに間違えて乗らないように気をつけないと。
by motokunnk | 2012-07-13 18:36 | 日記 | Trackback | Comments(0)

散歩を楽しく/ドールハウスの世界

今日は朝から関東地方は雨模様ということで、日課である散歩は取りやめて部屋の片付けをすることにした。といってもため込んでしまったガラクタの整理であるが。
d0183174_1114569.jpgさて先日仕事で東京駅近くの会社を訪問した帰りに八重洲地下街で「ドールハウスの世界」なる展示コーナーを発見した。磯貝吉紀というドール作家の作品を中心に展示されており、非常に精巧に作成されており、スケールさえいわなければ本物といってもいい出来栄えである。
ドールハウスというと、女の子が収集していた人形の小さな家というイメージしか持っていなかった私であった。
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しかし、この氏の作品を見ていると本当にこの中で生活しているようなリアル感がでており、やはり一芸を極めた人の作品は見る人に何かしらの感動なりインパクトなりを与えてくれるものだということを感じたしだいである。
今月末まで八重洲地下街のメインアベニューで展示されているので、近くに行った際にはちょっと寄り道してみてはいかがであろうか。決して損はしない寄り道となると思うが。残念ながら磯貝氏は今年亡くなられてしまい、この作品展が遺作展とのことである。
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中央区観光協会特派員ブログ → 八重洲地下街でドールハウスの世界
by motokunnk | 2011-10-22 11:16 | 街の風景 | Trackback | Comments(0)