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目黒川に架かる橋・その1

目黒川も都心に向かう部分は暗渠となっており、その上部は緑道(遊歩道)となり区民に開放されていることは先日のブログで書いたが、その遊歩道にも東仲橋という橋が架かっている。
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正確には路地に欄干柱(というにはお粗末だが)があり、その橋が架かっていたことがわかる仕組みとなっている。
さて、実際の目黒川はどこから暗渠ではないかというと、246号線に架かる大橋の下流で暗渠から解放され実際の川となって東京湾まで流れ込んでいるようである。
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渋谷川の場合と違い、ご覧のように暗渠となる部分の水量はかなりのものがある。きっと水源までかなり広い流域面積を確保しているのであろう。上部の遊歩道を見ればおのずと想像できるような気がする。
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さてこの目黒川も東京都の「清流の復活」プロジェクトの1河川となっているようである。説明プレートが用意されていた。また玉電の説明板も用意されている。玉電とは東京急行電鉄が走らせていた路面電車で渋谷から砧まで走っていた。玉電については機会があれば思い出など語ろうと思う。では目黒川に架かる橋について簡単に見ていくことにする。大橋の次に架かっている橋は常盤橋である。
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先ほどの暗渠を写した写真もこの常盤橋から撮ったものである。つい最近撮った写真なので花見をする人の姿も目立っている。この付近には水車の模型のようなものもあり、歴史を紐解く社会科見学にはうってつけかもしれない。そうこうするうちに万代橋が目に飛び込んでくる。
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万代橋の次は氷川橋である。
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このあたりまで来ると桜の木が多くなり花見見物の客が目立つようになってくる。
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東山橋の橋上には桜の写真を撮る絶好のポイントがあるらしく、かなりの人がデジカメ片手に写真を撮っている姿が見受けられた。そうこうするうちに山手通りと交差する目黒橋に到達した。
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目黒区もみどりの散歩道という散策コースを区内に張り巡らせており、このエリアは西郷山・目黒川コースとなっているようである。とりあえず、今日はここまで、次回はいつになるかわからないができれば東京湾にそそぐところまで紹介していければと思う。
by motokunnk | 2011-04-20 19:44 | | Trackback | Comments(0)

渋谷川緑道ってどこにある?

渋谷川は渋谷駅近くの稲荷橋から暗渠となってしまうことはブログで紹介した通りであるが、今から50年近く前は宮益坂下あたりでまた顔をだしていた記憶がある。ちょうど写真右の仮囲いで覆われたあたりに橋があり、その下を渋谷川が流れていたと記憶している。
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今は渋谷区の区営駐輪場となっているが、その中にステンレスの説明プレートと一緒に渋谷川緑道の標識が建てられていた。
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ここすなわち区営駐輪場のせまい道を緑道と命名したようである。一応桜の木などがあり、それなりの設えはあるが、目黒川の緑道とは大きな差があることも事実である。
そのようなことはさておき、先日NHK「ブラタモリ」で紹介されていた暗渠となった渋谷川の上を歩いてみることにする。
すぐに明治通りにつきあたるが、その通りをまたぐと、「みやしたばし」の欄干柱をみつけることができる。
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多分、ここに「みやしたばし」が架けられていたのであろう。それで宮下公園というのかもしれない。通称「キャットストリート」を原宿方面へ向かっていくと、渋谷学園(長男がここの幼稚園に通園していたので、週末はよく迎えに行っていた。幼稚園の入口が違う場所に変更になっていることに気がつき月日のたつのは早いものと思ってしまった。)を過ぎると道の真ん中にポケットパークが現れる。
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普段は児童たちが遊ぶ姿で一杯なのであろう。さらに進んでいくと目新しいお店がみえてきたあたり、風変わりな道標を見つけることができる。
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よく見ると富士山やエベレストまで何千キロという標識や近所のブティックまで何mという道標が混在しておりなかなか楽しい設えとなっている。隠田商店街には古くから商いをしているお店屋さんや新しく参入したであろうお店が混在しているが、微妙にバランスがとれているような気がした。
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そんな中、「ブラタモリ」で紹介された「隠田橋」の欄干柱を発見した。昭和33年竣功とあるが、この年に架けられたのであれば数年で渋谷川は暗渠となっているので橋自体も数年の命であったろうと思われる。
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今度隠田橋がいつまであったのか機会があれば調べてみようと思う。
さて、表参道からの通りには以前紹介した参道橋の欄干柱がある。歩道橋を渡るとそこには表参道街角庭園の説明プレートがあり、北斎の「隠田の水車」の説明がなされていた。
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それでこの参道橋をとりあげたブログでは隠田の水車がとりあげられていることが多いことに納得した(みんな孫引きでブログを作成していることにホッとしたのが実感ではある)。ここから遊歩道を先にすすんでいくことにする。
途中には渋谷区の施設などがあり、生活しやすさを追及しているような街づくりがなされているように思えた。さて、原宿橋という欄干柱がある地点までたどり着くとそこで遊歩道は終わっており、暗渠がその後どのようになっているのかは地上からは不明であった。
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後で帰宅してネットで調べると、このようなサイトがあり、ここで説明してきたことを含めて丁寧な解説がつけられていた。ちゃんと調べている人がいることに感銘した。時間があればこの先を調べてみようと思っている。

観音橋 → 散歩を楽しく/青山番外編
by motokunnk | 2011-04-16 08:39 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

目黒川散策の旅

昨晩の地震は真夜中であったが、驚いて飛び起きてしまった。時間も寝ぼけていたせいか、明け方だと勘違いしてカミさんに注意されてしまったしだいである。亡くなられた方もおり、ご冥福をお祈りする。
さて、今回は目黒川散策と題して、目黒川の上流を散策してみた。ご存知のように目黒川も246号線をまたぐ大橋から暗渠となっている。その上に何があるかというと「目黒川緑道」と名づけられた遊歩道が整備されている。
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面白いことに世田谷区のホームページの中に紹介されているのが奇妙といえば奇妙であるが、その謎は遊歩道を歩いていって解けることになる。
暗渠の上に遊歩道というのは洒落ているが、せせらぎもあり、カモのツガイが仲良く泳いでいる姿をみてほほえましく思えた。せせらぎは下水を処理して利用しているとプレイトに書かれていた。遊歩道の周りにはたくさんの草木が植えられており、地元のボランティアが清掃や草木の手入れをしているそうである。ボランティア手作りの花など花壇に植えられており、お手製の花の名前が書かれたボードが目立っていた。
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さてそうこうするうちに「目黒川緑道」の始点というべきところに到達した。ここから「北沢川緑道」と「烏山川緑道」に分岐するようである。歩いてきたので分岐と書いたが、世田谷区のホームページには2つの緑道が合流する地点から、遊歩道は「目黒川緑道」と名前が変わりとある。
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なるほどそういう見方もあるようだ。たしかに2つの遊歩道のプレイトは木製で建てられてから年数が経過しているようにみえた。確か数年前、昭和女子大の先生と花見をしたときはこの遊歩道はなかったと記憶している。平成21年に完成とホームページにあるので、やはり、2つの緑道が合流してひとつになったというのが正しい解釈であり、世田谷区のホームページで説明されているのも納得である。
by motokunnk | 2011-04-08 19:24 | 公園・庭園・遊歩道 | Trackback | Comments(0)

渋谷川に架かっていた橋

表参道から原宿方面へ歩いていていき、現在は改修工事の真っ最中であるキディランド手前、キャットストリートというのだそうだが、その入口に「参道橋」という石塔が建っている。
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橋というからにはこの付近に川が流れて橋が架かっていたのであろうと歴史を紐解いてみることにする。調べると、渋谷川に架かっていた橋だということがわかった。東京オリンピック開催のとき(今から40年以上も前のことになるが)、渋谷駅へ流れる部分は整備事業などで暗渠となり姿を消したそうである。
そのなごりが参道橋という欄干だけになってここに置かれているのだそうだ。キャットストリートの下には暗渠となった渋谷川が流れているらしい(確認したわけではないが)。春の小川のモデルとなった河骨川とはちょっと離れているが、河骨川が渋谷川の支流であったことを考えれば十分理解できる。
葛飾北斎の富嶽三十六景の中に「隠田の水車」という名がついたものがあるが、隠田(過去のブログ記事参照)という地名からしてこの橋近辺がモデルとなったことは間違いないと思う。昔は水量もあり、この地区の水源となっていたのかと思うと何やら今の渋谷川の実態を見ると悲しくなってしまう。そのために「清流の復活」プロジェクトがあるのであろうが。
by motokunnk | 2011-03-23 19:42 | | Trackback | Comments(0)

渋谷川に架かる橋・その3

昨日に続いて今日は並木橋からスタートする。その前に昨日のGⅢチューリップ賞でのレーヴディソールの勝ち方は想像以上であった。スタートは出遅れせずにでたのでこの段階で、勝利は確実とは思っていたが、最後の直線でもムチは使わずに騎手はしごくこともせず、ほとんど馬なりで他馬を置いてきぼりにした速さは世代随一といってよい。日本ダービーに挑戦して欲しい逸材である。
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さて橋に戻り明治通りと旧鎌倉街道の交差する場所に並木橋は位置するが、現在の並木橋は橋名が新並木橋となっているのをご存知だろうか。では並木橋はどこにあるのか、実はその渋谷駅寄りにあるのが並木橋である。一歩通行の路地であり、渋谷駅への近道(人通りが少なく、私などはよく利用している)として知られている。
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また並木橋は代官山や青山といった観光スポットの中間にも位置しているので、東京都も「清流の復活」という説明板を設置して都の事業説明をしている。
路地を渋谷駅方面に向かっていくとトランスコスモス本社脇に明治通りへつながる細い橋がある。
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名前が「徒歩橋」と書かれておりこれで「かちばし」と読むそうである。車1台が通過できるレベルの狭さであり、急いでいると気がつかずに通り過ぎてしまう橋といえそうだ。
マスプロ電工東京支店(こんなところに東京支店があるとは知らなかった!)を横目に見ながら、渋谷駅新南口から明治通りにでる道には八幡橋がある。
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この橋は帰社時によく通る橋であり、私としてはなじみ深い橋である。
さて紹介する橋も残りあと2つである「金王橋」がそのうちのひとつである。これは以前地域猫を紹介したブログを書いたが、その居酒屋さんの目の前に架けられている橋である。
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猫を撮りにきたと思われるアマチュアカメラマンが大きな写真機を持っている姿を見ると、このスポットも一部猫愛好家に間では有名なのかと思ってしまった。写真右の奥に見える場所が居酒屋さんでその入口そばに小屋がおかれている。
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そして渋谷駅に接するように「稲荷橋」が架けられており、この橋から先は「暗渠(あんきょ)」となっている。私の少年時代の記憶によれば、確かにこの場所から暗渠はスタートしていたが、宮益坂方面(現在のみずほ銀行あたり)にも渋谷川が顔をだしており、橋がかかっていたような記憶がある。そのせいかもしれないが東京都のホームページには「宮益橋」の名前を見ることができる。
現在では「稲荷橋」以降は暗渠となり、原宿、そして新宿方面へと向かっている。最後は落合水再生センターとさきほど紹介した東京都の「清流の復活」には書かれている。これによると神田川も書かれており、都の河川局では親戚のような扱いとなっているようである。渋谷川に架かる橋を調べてみたが、橋の名前を取ってみても地元の旧跡からとったものや単純にネーミングしたものなど種々雑多であったが、地元住民にとってはなくてはならない交通の手段として活用されているように感じた。
時間を見つけて今度は「古川」に架かる橋を調べてみよう。

渋谷川・古川に架かる橋 → http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/kasen/ryuiki/08/printPDF/sibuhuruhasi.pdf

おまけの写真と、、、
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トランスコスモスやマスプロ電工に限らず、渋谷駅新南口にはメジャーな企業の本社や事業所ビルが建ちならんでいる。2社以外にも協和エクシオ、村田機械などがその代表であるが、後数年後にはJR埼京線渋谷駅も今の山手線渋谷駅の横に動くことが決まっている。そのとき新南口はどうなるのであろうか、最近は駅入口に空車のタクシーが客待ちをしている光景を目にすることが多い。このような風景はなくなってしまうのであろうか。
by motokunnk | 2011-03-06 08:49 | | Trackback | Comments(0)