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昨晩のNHK・歴史秘話ヒストリアはからくり儀右衛門

昨晩のNHK・歴史秘話ヒストリアは「天才発明家 からくり儀右衛門」であった。江戸時代末期に九州・久留米で生まれた田中久重にスポットをあてた番組であった。
幼少期は「いじめられっ子」だったそうで、そのいじめを守るために鍵付き筆箱を作ったことがエピソードとして紹介されていた。初めて知ったことである。小さいころから手先が器用だったそうで成人してからは数々のからくり人形を世に出している。
また万年時計も彼の作品であったことも初めて知ったことである。
とかく話題となりがちな東芝の創業者の一人でもある田中久重、巨額の不正を働いた旧経営陣はどんな思いで不正を働いたのであろうか、川崎の東芝未来科学館には創業者の部屋もあるそうだ。
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ここに万年時計やからくり人形も展示されているというから、川崎駅からも近そうだし用事を見つけて行ってみようかと思う。先日、川崎に行ったときにこのことを知っていれば足を延ばして見学できたことが悔やまれる。

by motokunnk | 2016-01-28 08:30 | 日記 | Trackback | Comments(0)

宇宙と恐竜と日本ハムの終焉

宇宙と恐竜というと、夏休みの自由研究のテーマを思い出してしまう。夏休みになるとTVでもこのテーマの特集が放映されるようだ。d0183174_08392673.jpg
昨日の歴史秘話ヒストリアでも恐竜について放映されていた。なんでも福井県で恐竜の化石が一番多く発見されているそうで、フクイの名前のつけられた恐竜もいるということである。JR福井駅前には3体の模型まで展示されているそうだ。
そして福井県には県立の恐竜博物館まであるという。まさに恐竜王国ふくいである。全国行脚をする機会があれば、立ち寄りたいと思う。番組も新しい発見があり、よくまとめられていたと思う。
プロ野球の日本ハム対楽天は楽天の一方的な試合となり、なんと6-19で日本ハムは大敗してしまった。ソフトバンクが勝ったのでこれでゲーム差は6、ゲーム差を短縮するには最短でもゲーム差の2倍の試合が必要といわれている。ソフトバンクは今季3連敗が最高なので、ちょっと6ゲーム差というのは絶望的な差と思う。
栗山監督はまだあきらめていないようだが、2位狙いでクライマックスシリーズでの逆転を目指すように方向転換をする時期が近づいているようだ。
今朝、国際宇宙ステーションに長期滞在する油井亀美也さんら3人を乗せたソユーズ宇宙船がカザフスタンのバイコヌール宇宙基地から打ち上げられた。
めざましテレビなどで生中継されていたので観た人も多かったのではないか。この油井さん、航空自衛隊のパイロットからの転身だそうだ。子どもの頃から宇宙飛行士が夢だったそうで、夢の実現を果たした油井さん、ISSでの実験も期待したい。

by motokunnk | 2015-07-23 08:42 | 日記 | Trackback | Comments(0)

御苑の花菖蒲と歴史秘話ヒストリア

昨日は早朝から女子サッカーW杯のC組予選リーグのなでしこジャパンの試合を観ていた。1-0の結果ではあったが、これでC組1位となり、決勝トーナメントへ進出である。
まだまだ長い道のりだがとりあえずは初期の目的は果たしたようだ。24日開催予定の決勝トーナメント1回戦が楽しみとなってきた。
朝食を済ませてから、明治神宮御苑に花菖蒲を見に行くことにした。例年は徒歩で明治神宮まで行き、東門から御苑にはいり、菖蒲田を観て北門から退出するのであるが、今年は全く反対のコースから行くことにした。単に気分の問題であるが、北参道は観光客も少なく自然を満喫できてすがすがしかった。
どうも原宿からの参道は最近は特に中国人観光客が多く、見た目は日本人なのだが、話している言葉は中国語、そんな集団をよく見かける。御苑には北門から入り、菖蒲田を目指すことにした。
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花菖蒲は五分咲き程度であったが、株によっては満開となっているものもあり、綺麗であった。管理する人もたいへんであろうと思う。なかにはみかたによれば人の顔そっくりな花をつけているものもあった。はとバスと思しき観光客の一団も御苑にきて菖蒲を鑑賞していた。
花菖蒲を鑑賞して帰路につきかけたところ、雨が降ってきた。出かけるときに、傘を持ってでなかったので、雨宿りをすることにしたが、雨はだんだん激しくなりやみそうもない。おかげで昼近くまで明治神宮に足止めとなってしまったのは誤算であった。
夜は久しぶりに歴史秘話ヒストリアを観た。タイトルは「あなたの知らない信長の素顔 ~英雄を記録した男 太田牛一の生涯~」である。大田牛一、信長公記の執筆者の半生を紹介している番組であった。出生からなぜ織田信長の家来となったのか、そしてメモ魔であった性格、弓の名人であったことから側で仕えることとなったことなどが紹介された。
また、明智光秀の最期についての調査や、豊臣秀頼に仕えたことなども紹介され、私の知らない違う一面を知りえたこともよかった。
今度、信長公記を読んでみようかと思う。めでたし、めでたしで終わっているそうなので読んでいても楽しいであろう。
参考URL → 御苑の花菖蒲
参考URL → ~英雄を記録した男 太田牛一の生涯~

by motokunnk | 2015-06-18 08:44 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ATPマスターズ初制覇へ、錦織圭の初戦は苦戦ながらも

ATPマスターズ大会のひとつであり、昨年準優勝を果たしたムチュア・マドリッド・オープンがはじまった。さきほど錦織圭の初戦となった2回戦が終わった。
2回戦の相手はベルギーのゴフィン、世界ランク21位の選手である。錦織は第1セットはバックのリターンやボレーがよく決まり、6-2と簡単に取ることができた。この調子で第2セットも楽勝かと思っていたが、ゴファンの逆襲にあってしまった。
お互いにサービスゲームをキープして迎えた第10ゲーム、錦織のサービスゲームをゴファンに初めてブレイクされ同時にこのセットも取られてしまった。
ファイナルセットに入り、ファーストゲームであるゴフィンのサービスゲームをブレイクし、錦織のペースと思いきや、続く錦織のサービスゲームをあっさりブレイクバックされ、どうも流れを錦織が掴めないで試合は進んでいった。
試合はどちらかというとゴフィンペースで錦織は防戦一方に観られたが、第7ゲームあたりから錦織圭のペースとなりそうな予感がした。
このゲーム、錦織がこのセットで初めてブレイクポイントを握った。ゲーム自体はゴファンがキープしたが、続く第8ゲームは錦織が難なくキープし、第9ゲーム。このゲームも錦織圭がブレイクポイントを握り、このチャンスをものにした。5-4で迎えた第10ゲームは錦織圭が安定したサーブ、ショットを魅せてとり、約2時間に及ぶ激闘を制して3回戦へ進んだ。
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2回戦から上位シード選手は登場するのだが、第1シードのフェデラーが敗退してしまうなど、上位シード選手にとって初戦は鬼門となっているようだ。とりあえずその鬼門を突破して3回戦進出、3回戦の相手はバウティスタ アグートである。バルセロナオープン準々決勝で勝った相手であるが油断は禁物である。
さて昨日のNHK歴史秘話ヒストリアは戦後70周年というわけではないだろうが、第二次世界大戦後期に建造された巨大潜水艦イ400の特集であった。何しろ全長120mという当時の常識では考えられない巨大さあった。
その理由は艦内に航空機を格納する格納筒を設けており、アメリカ大陸まで近づき、アメリカ本土を爆撃する目的もあったと言われる。晴嵐(せいらん)という浮上した潜水艦からカタパルトで射出され、戦略的な目的での攻撃に使用されるために計画された折りたたみ式の特殊攻撃機も紹介されており、活躍していたら大和と並んでもっと世の中に知られる存在であったと思う。
終戦後にアメリカ軍がその潜水艦を調査してすぐに撃沈させた理由もわかるような気がした、そんな特集番組であった。

by motokunnk | 2015-05-07 09:38 | 日記 | Trackback | Comments(0)

年末はやはり赤穂浪士の話題

昨晩のNHK総合TV「歴史秘話ヒストリア」はやはり赤穂浪士の話題であった。年末の歴史秘話ヒストリアの定番といっていいほど12月放送分には赤穂浪士に関する話が登場しているように感じる。
さて昨晩は「友と刀と五七五 ~忠臣蔵 熱き青春の物語~」と題された大高源五にスポットをあてた物語であった。大高源五の存在は忠臣蔵が好きな私でも知っている名前であり、町人に変装して吉良上野介が邸宅にいる日時を探索し、12月14日を進言した人物として有名である。
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その大高源五が藩士の頃から俳句に親しんでいたというのは初めて知ったエピソードである。また友人に萱野三平がいたことも初めて知った。萱野三平も俳句仲間であったそうだ。萱野三平自身は討入り前に家族と友人の間で板挟みをなり自害して本望を遂げられなかったが、そのことが大高源五に句集「二ツの竹」を編纂させたと紹介している。
句集には親交のあった含歓堂沾徳、宝井其角、中尾我黒、上島鬼貫など著名な俳人達の他に、赤穂浪士の神崎与五郎、富森助右衛門、岡野金右衛門の他に萱野三平の句もおさめられている。泉岳寺には大高源五の墓の隣に萱野三平の供養塔が建てられているという。先日訪れた際に見ておけばよかったと思った。確かに47士の墓の前にある図を見ると大高源五の隣には萱野三平の文字が見られる。
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赤穂浪士、忠臣蔵というと大石内蔵助や堀部安兵衛などが有名であるが、47人それぞれが知られざるエピソードを持っているということを再認識した昨晩の歴史秘話ヒストリアであった。ちなみに辞世の句は「梅で呑む茶屋もあるべし死出の山」、黄泉の世界で仲のよかった萱野三平と酒を飲みかわすことを念じて作った句なのかもしれない。
参考URL → ~忠臣蔵 熱き青春の物語~
参考URL → 大高源五
参考URL → 赤穂浪士

by motokunnk | 2014-12-18 08:43 | 日記 | Trackback | Comments(0)

24騎士団とプロ野球の話題

昨日のNHK歴史秘話ヒストリアは、大河ドラマで放映中の軍師官兵衛を支えた騎士団についてのお話であった。歴史秘話ヒストリアは大河ドラマと連動しているようで、このような企画は過去にも何回もあったと思う。
さて今回は24騎士団についてスポットをあてている。24人の武将は「井上之房、小河信章、菅正利、衣笠景延、桐山信行、久野重勝、黒田一成、栗山利安、黒田利高、黒田利則、黒田直之、毛屋武久、後藤基次、竹森次貞、野口一成、野村祐勝、林直利、原種良、堀定則、益田正親、三宅家義、村田吉次、母里友信、吉田長利」でかなり知った名もあれば、初めて聞く名前もある。
放送ではこの武将の子孫といわれる人もでてきていろいろなエピソードを語ってくれた。黒田節(武士)のモデルとなった母里友信(太兵衛)もミニ特集されており、武勇伝を知ることができたのはよかった。槍の名手で日本でも有数の槍を持っている逸話から黒田節が生まれていたとは知らなかった。
話題を変えてプロ野球について。昨日、日本ハムvs西武戦が開催された。先発は花巻高校の先輩、後輩であった。大谷翔平は10代最後のマウンドだそうだ。母校の先輩とは2度目の対決で前回は勝利している。出来はそれほどよくはなく(本人のコメント)2失点、ストレートの最速も160kmには届かなかったが、7回を投げ切り自身プロ最高となる12奪三振をマークした。
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試合は、最終回に逆転3ランを浴びて5-6でのサヨナラ負けとなり8勝目を記録することはできなかったが、日本ハムの先発投手陣では一番安定した投球をしてくれる投手であると思う。規定投球回にも達しており、二年目を迎えた二刀流がいよいよ本格化したようである。どんなスケールの選手に育っていくか予想ができない反面、楽しみも大きな選手である。
ネットでは『ライバルたちが語る「大谷翔平の160キロ」』というコラムもあり、過去に対戦したプロ野球の選手たちが大谷の魅力について語っている。一読の価値はあると思うのだが。
参考URL → ~官兵衛を支えた24人の男たち~
参考URL → 母里友信(太兵衛)
参考URL → 日本ハム対西武・写真転載サイト
参考URL → ライバルたちが語る「大谷翔平の160キロ」
by motokunnk | 2014-07-03 08:40 | 日記 | Trackback | Comments(0)

戦国時代の女城主の物語と名物寝台特急の引退

昨日のNHK「歴史秘話ヒストリア」は戦国時代の女城主の物語であった。井伊といって思い出すのは井伊直弼や「信長の野望」というゲームで遊んだ井伊直政ぐらいであるが、この女城主は直政の養母にあたる人物だそうだ。
直虎といういかにも男性と思える名前の由来についても番組で詳細に説明されていたし、花押というつい最近勉強した中世のサインについても説明があった。
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以前、ブログで紹介した立花誾千代は武芸が秀でていたが、この井伊直虎は政治手腕に長けていたそうである。国人という低い身分にありながら領民、寺社を領主から守った手腕は高く評価されるであろうし、養子の直政を徳川家康に仕官させた術も見事であった。
ネットで調べてみると、井伊直虎も最近の戦国ゲームに登場しているようで、イラストが多数ヒットした。いつの時代でも女性は人気が高いようだ。
「剣と紅」という単行本もでているようなので、今度読んでみようかと思う。
さて話題はかわり、JR西日本からトワイライトエクスプレスが来春をもって運行終了となる旨の発表があった。日本版オリエントエクスプレスとしてホテルのスィートルームのような個室や豪華なサロン、食堂車も用意され、人気が高かった列車である。
車両の老朽化が運行終了の原因という発表であるが、経営合理化などが遠因となっているのではないだろうか。数々の鉄道ミステリーの主役となったトワイライトエクスプレスの引退に一抹のさびしさを覚える。
参考URL → おんな城主・井伊直虎
参考URL → 井伊直虎
参考URL → 「剣と紅」
参考URL → トワイライトエクスプレス
by motokunnk | 2014-05-29 08:40 | 日記 | Trackback | Comments(0)

もうダメ武将とは言わせない・黒田長政とは?

昨日のNHK「歴史秘話ヒストリア」は黒田長政を取り上げていた。NHK大河ドラマが父親の黒田官兵衛を取り上げているので興味があり、見てしまった。
歴史とは面白いもので、同じNHKでもドラマだと黒田親子は仲がいいことになっているが、ヒストリアの場合は必ずしも仲がいいわけではなかったようだ。ドラマは所詮はフィクションであり、作者の思惑が入っているのでしょうがないことだと思う。
さて番組を見て感じたこと、学んだことは、黒田長政は城主となって名君の道を歩みだしたということ、そして黒田24騎図という24人のすぐれた家臣がいたことなどである。早速24騎図を調べてみると24人の武将名は
「井上之房、小河信章、菅正利、衣笠景延、桐山信行、久野重勝、黒田一成、栗山利安、黒田利高、黒田利則、黒田直之、毛屋武久、後藤基次、竹森次貞、野口一成、野村祐勝、林直利、原種良、堀定則、益田正親、三宅家義、村田吉次、母里友信、吉田長利」だそうである。そしてその中でも8人の武将に注目して黒田八虎として功績を称えているそうである。
その8人とは、「井上之房、栗山利安、黒田一成、黒田利高、黒田利則、黒田直之、後藤基次、母里友信」
いずれも大河ドラマにでてくる面々が多く、これからドラマを見ていくときの参考になりそうだ。歴史はいろいろな側面から楽しめるものであり、楽しいものである。
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なお写真は我家の近所にある「黒田長政」の墓所で渋谷区の指定史跡となっている。ホームページの解説には「豊臣秀吉の天下統一に貢献した福岡藩主黒田長政は、京都紫野大徳寺の龍岳和尚に深く帰依していたので、元和9年(1623)に長政が 没すると、嫡子忠之は龍岳を開山として、赤坂溜池の自邸内に龍谷山興雲寺を建立しました。寛文6年(1666)には麻布台に移り、瑞泉 山祥雲寺と号を改め、 寛文8年(1668)の江戸大火により現在の地に移りました。:渋谷区広尾5-1-21 祥雲寺」と書かれている。
蛇足ながら日本版MOOCの通信教育で「日本中世の自由と平等」を学習中である。まだ講座がはじまったばかりなので今からでも受講は可能である。
参考URL → もうダメ武将とは言わせない
参考URL → 「黒田二十四騎図」
参考URL → 無料で学べる大学講座
by motokunnk | 2014-04-24 08:39 | 日記 | Trackback | Comments(0)

靖国問題とNHK歴史秘話ヒストリア「誠義」について

国会でも靖国参拝問題が質疑でとりあげられ、安倍首相が答弁している。
「国のために命を落とした英霊に尊崇の念を表するのは当たり前だ。わが閣僚はどんな脅かしにも屈しない。その自由を確保している」(毎日新聞から転載)
主旨はごもっともである。また、答弁では当初は批判はなかったが、いつごろのころからか中国、韓国では靖国参拝の非難の声があがったかが不明であるとも言っていた。そこで、いつから中国は非難を始めたのかを調べてみることにした。
すると面白いことがわかった。それによれば眉唾ではあるが、大手マスコミが騒いでそれに同調した形で中国が非難するようになったとのことである。
「興味深い事実は、A級戦犯が初めて合祀された後に大平首相、鈴木首相が参拝していますが、その時には中国は何も抗議していない、と言うことです。その後の「戦後政治の総決算」を掲げた中曽根首相の参拝時に初めて文句を付けてきたのです。敗戦国が自分の戦争を正当化するのは気にくわない、という面も当然ありますが、中国としては外交カードの一つとして使ってきた、と言うことでしょう。」
とありそのあと「ただ、これは朝日新聞や毎日新聞などの日本のマスコミが大騒ぎして忠告したので、中国側も何も言わないわけにはいかなくなった、というところもあります。日本の一部マスコミは正義のために靖国批判を行ったと思っていたらしいですが、その結果は、日本国民の間で靖国神社に対する関心が高まり、中国に文句を言われるのは不快だということで、靖国参拝支持が増える、という事になってしまいました。」とまとめている(参考URLサイトからの転載)
真偽のほどは確かではないが、当時は反政府としての意識が強かったマスコミであるからたぶんこの論調は間違っていないのではないか。出雲大社のホームページなのでいささかかたよってはいるようだが、靖国問題をこのように考えている人もいることは参考になるのではないかと思う。
また村山談話についても侵略という言葉の定義について戦勝国と敗戦国で解釈が違っており(当たり前の話である)、それが中国や韓国の非難の対象であるならそれは間違っているという安倍首相の発言にもある部分で納得できる。
そんなことを考えながら、NHK歴史秘話ヒストリアを見て、この認識を再確認した。私の中ではこの番組は歴史を側面から眺めているのが好きで暇があればよく見ている。このブログでも何回か紹介している。昨日のタイトルは「新選組最強ヒーロー!斎藤一 ~会津藩・松平容保との絆~」であった。d0183174_1939257.jpg
番組はエピソードという形で3部からなっており、まず1では斉藤一と会津藩主松平容保との出会いを中心に語られている。斉藤一は下級武士であったが、新撰組では剣の腕は超一流だったそうで、新撰組・京都時代には、複数の事件で名前が挙げられており、藩主からも一目をおかれていたようである。
時代が大政奉還から江戸城開城となり、会津戦争が勃発した段階で何と斉藤一は新撰組隊長となって獅子奮迅の活躍をしたという。近藤勇の処刑後は土方歳三が隊長をしたと思っていたが、このとき土方は怪我をしていたそうで治療のため、会津を離れていたらしい。それで斉藤が隊長となり、会津戦争に参戦したようだ。
会津戦争では会津藩が孤立無援となってしまったが、なぜ会津藩が新政府から攻撃されるか意味がわからないとの説明もあった。京都守護として治安を担当していたのになぜそのことで罰せられなければいけないのか、処刑した人たちが政権をとっただけで罰せられるのはおかしいと。
戦争というものは戦勝した方の論理がすべて真で、負けた方の論理はすべて悪というように見られてしまうようである。このあたりが靖国問題との関連があると私は感じた。
エピソード3では会津戦争で死亡したと思われた斉藤一が藤田姓で存命したおり、警察官となって余生を過ごしたことが紹介され、子孫の人から松平容保から拝領された半紙が家宝として伝えられているとの紹介があった。せいぎという言葉から思い浮かぶ漢字は「正義」であるが番組では「誠義」という漢字を使っていた。
正しいというより「まこと」の義を重んじるという意味で使われるようである。確かに誠とは何か、斉藤一にとって松平容保との絆の強さに報いることが誠義を貫くことであったのかもしれない。
参考URL → 新選組最強ヒーロー!斎藤一 ~会津藩・松平容保との絆~
参考URL → 靖国神社問題を分かりやすく整理してみる
参考URL → 斎藤一(イラスト出典元)
by motokunnk | 2013-04-25 19:39 | 日記 | Trackback | Comments(0)

散歩を楽しく/東京人3月号と田中稲荷神社

今朝のニュースでは首都圏は積雪、数センチ積もるとの予想がでていた。いい具合(?)に予報は外れて雪が降らず。行き帰りとも足元をさほど気にせず歩くことができた。予期せぬ積雪に驚くよりはましかもしれない。どうも天気予報は先月の大雪(首都圏にしてみれば)以来、積雪に対しては慎重な予報をしているようである。準備させしておけばあわてることはないのかもしれない。
さて昨日帰宅すると食卓の上にこの雑誌がおかれていた。雑誌名は「東京人」、最新号である。その特集はご存じの方もいると思うが「渋谷100年物語」である。文字通り1冊丸ごと渋谷の特集となっている。d0183174_19534434.jpg
私としても興味があるので、読む終わったら見せてほしいとリクエストしておいた。早速読み終えたとみえ、食卓の私の席に置いてあったので手に取ることにした。確かに目次をみると丸ごと渋谷一色である。私にとっては懐かしい写真もあれば初めて聞く話もあった。
「3月16日に東急東横線・東京メトロ副都心線の相互乗り入れが始まり、渋谷はいよいよ大変貌のときを迎える。「山の手の下町」「米軍の残り香」「サブカルのたまり場」「消費文化の発信地」「若者のまち」……。さまざまなキーワードとともに語られてきたこのまちはどんなDNAを紡ぎ出しているのか。歴史を紐解き、未来を大胆に展望する。」とキャッチにあるようにさまざまな角度からの考察がいっぱいある。
先日、東横店で開催されていた写真展の写真も数枚以上は転載されていたし、1964年当時のジオラマ作成の顛末記も掲載されておりなかなか読み物としては面白かった。その中で気になる記事があったというよい気になる手書きの地図があった。この地図である。
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記事のタイトルは「五島慶太、石川栄燿、坂倉準三 鉄道都市「渋谷」を創った三人のカリスマ」であり、渋谷駅を中心とした開発についてである。初期の渋谷駅が現在の埼京線・渋谷駅のあたりに作られていたことも驚きであった。そしてその近くに「田中稲荷」が書かれている。近所で「田中稲荷」という名称の神社は存在しないので、カミさんとも不思議だねと会話をしたが、ネットで調べてみてあることを発見した。
田中稲荷とは「豊栄稲荷神社」だそうである。昭和31年に田中稲荷と豊沢稲荷を合祀し、昭和36年の区画整理事業で現在の場所に遷座し神託によって「豊栄稲荷神社」と社名を変更したそうである。謎は解けたわけであるが、いろいろと知らないことがまだまだある渋谷である。
主なコンテンツ
特集 
半歩先の未来を拓く 渋谷100年物語
宇崎竜童  ジァン・ジァンという試練
コシノジュンコ ストリートと店の有機的な関係
海保香織 NHKディレクター 「カワイイ」は世界語になった
座談会 コラボレーションが生まれるまち 混沌のなかに出会いあり
社会デザイン研究者 三浦展×國學院大学教授 上山和雄×シブヤ経済新聞編集長 西 樹

桜丘町、鶯谷町、鉢山町 東急トランセで行く微地形散歩 案内人・皆川典久
神宮前、原宿 渋谷川の暗渠をたどる 案内人・田原光泰
円山町、神泉町、道玄坂 花街の栄華と、少年時代の記憶を求めて 散歩人・山本一力 案内人・佐藤 豊
東、広尾 鎌倉古道から江戸の「境界」へ 案内人・田原光泰
五島慶太、石川栄燿、坂倉準三 鉄道都市「渋谷」を創った三人のカリスマ 
参考URL → 東京人
参考URL → 「郷土の鎮守様~渋谷区中南部の神社散歩」
by motokunnk | 2013-02-06 19:54 | 街の風景 | Trackback | Comments(0)