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今日は初午、稲荷を祭る日のようだ

今日は全国各地の稲荷神社で初午祭が行われている。
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我家の近く、金王八幡宮でもご覧のような貼紙がされており、境内社の玉造稲荷神社で初午祭が行われたようである。会社勤めの身としては平日の祭りごとには参加できないのが欠点である。早く定年を迎えて時間に自由な身になりたいと常日頃から思っているが、いざ定年になってしまうと、仕事に従事していた頃を懐かしがる、人間は他人の芝生がよく見えてしまうそんな生き物なのかもしれない。
話が横道にそれてしまったが、初午に限らず、初+干支の儀式はどんなものがあるのか初午ついでに調べてみた。まず初午であるが、
「一般に稲荷の祭日として知られる。旧暦二月の最初の午の日を言い、京都深草の伏見稲荷をはじめ大阪の玉造、愛知県の豊川稲荷、また神戸の摩耶参など、各地の稲荷神社で盛大に祭がとり行われる。
稲荷神の信仰は、農耕を司る倉稲魂神(うがのみたまのかみ~宇迦之御霊神とも表記)を祀って五穀豊穣や福徳を祈願するものですが、キツネを稲荷神の使いとして油揚げを供えたり、初午団子などを作る風習もある。
江戸時代には最も盛んな信仰となり、俗に数が多くて目につくものを『伊勢屋稲荷と犬の糞』などと皮肉ったりしたそうである。」とネットで紹介されている。なるほど、それで稲荷神社のお祭りなのかと妙に納得してしまった。さて初午の他には
初子(はつね・・・正月または11月の最初の子の日・子の日遊びが行われた)
初丑(はつうし・・・夏の土用のうちの最初の丑の日・鰻を食べる風習がある)
初寅(はつとら・・・正月最初の寅の日・毘沙門天に参詣する日)
初卯(はつう・・・   〃  卯の日・初卯詣が行われる)
初辰(はつたつ・・・  〃  辰の日・防災のまじないをする日)
初巳(はつみ・・・   〃  巳の日・弁財天に参詣する日)
初申(はつざる・・・旧暦2月の最初の申の日・春日神社の祭典)
初酉(はつとり・・・正月または11月の最初の酉の日・浅草鷲神社の祭礼)
初戌(はついぬ・・・月の初めの戌の日を「初戌の日」と称し、縁起の良い日と定めている)
初亥(はつい・・・正月最初の亥の日・摩利支天に参詣する日)
と紹介されている。これをみると初未(はつひつじ)がないようである。
どなたか、初未の祭りを知っている方がいたら紹介して欲しい。
また、初戌の日は年に12回あるようだ。安産祈願の腹帯をつける日ともいわれており、子供を授かる母親にとっては毎月あったほうがよいに決まっているから初戌は毎月あるのであろうと勝手に解釈してみた。このことを書いていたら我家でも20数年前に水天宮にお参りに行き腹帯を購入した記憶が蘇ってきた。
さて、いつになるかわからないが休みの日と初午が重なる年には初午祭なるものを経験したいものである。
by motokunnk | 2011-02-08 19:27 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback | Comments(0)

渋谷金王丸について

渋谷金王丸について_d0183174_19174163.jpg
今回は渋谷金王丸について調べてみる。前回紹介した金王八幡宮のホームページによると、
渋谷金王丸常光(しぶやこんのうまるつねみつ)は、渋谷平三家重の子で、永治元年(1141)8月15日に生まれた。重家には子がなく夫婦で当八幡宮に祈願を続けていると、金剛夜叉明王が妻の胎内に宿る霊夢をみて立派な男子を授かった。その子に明王の上下二文字を戴き「金王丸」と名付けたといわれる。
渋谷金王丸について_d0183174_19175851.jpg
金王丸17歳の時、源義朝に従って保元の乱(1156)で大功を立て、その名を轟かせた。続く平治の乱(1159)では義朝は敗れ、東国に下る途中立ち寄った尾張国野間で長田忠宗の謀反により敢えない最期を遂げた。金王丸は、京に上り常磐御前にこのことを報じたのち渋谷で剃髪し、土佐坊昌俊と称して義朝の御霊を弔った。
金王丸は、義朝の子である頼朝との交わりも深く、頼朝が挙兵の折は、密かに当八幡宮に参籠して平家追討の祈願をしたといわれる。
壇ノ浦の戦いののち頼朝は義経に謀反の疑いをかけ、これを討つよう昌俊(金王丸)に命じた。昌俊は断ることもできず、文治元年(1185)10月、百騎ばかりを率いて京都に上り、同月23日夜義経の館に討ち入り、はじめから義経を討つ考えはなかった昌俊は、捕らえられて勇将らしい立派な最期を遂げた。
とホームページでは説明されている。各地に残されている金王丸伝記によれば、ここまでは大体が似たような記述となっているようである。また金王八幡宮には写真のような祠が建立されており、中には金王丸の木像が祭られ、毎年3月には木像が公開されているようである。では実在したとして(架空の人物であるという説もある)、金王丸の墓はどこにあるかとなればこれが何と琵琶湖のほとり、和邇の集落の中にあるというのである。京都で死罪となったわけだから、その墓が近江の国にあっても不思議はないといえる。
この項は「週末の散歩道」というブログからの引用→http://lycaste621.shiga-saku.net/e96394.html

また全国各地に金王丸伝説が存在する。
この項は、「渋谷金王丸とは?」というページに詳しく書かれているのでそちらを参照して欲しい。2006年12月に調べているようです、本業が忙しくなったとあるが、何をしている人なのか、想像しずらいなあ。
ホームページ → http://www.tabizaiya.jp/konnoumaru_shiryou.htm

私の関連するブログ → もうひとつの渋谷金王丸祭事
私の関連するブログ → 再び渋谷金王丸伝説Ⅱ
私の関連するブログ → 再び、渋谷金王丸
私の関連するブログ → 金王八幡宮について/加筆しました
by motokunnk | 2010-07-20 20:20 | 神社・仏閣・城郭 | Trackback(28) | Comments(2)