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ニッサンR380-Ⅱのデビュー戦は1967年の、、、

先月末のノスタルジックカーショーでこれまた久しぶりにニッサンR380-Ⅱを見ることができた。カラーリングは赤と白のツートンカラーで1967年秋に矢田部サーキット(バンクのついた円形のサーキットで主として耐久テスト等が行われていた)でレーシングカーとしてのスピードレコード樹立のときのものである。
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それを遡ること約半年、5月に行われた第4回日本GPで必勝を約束されて昨年のR380とは全く新しいコンセプトで開発されたとのが真の目的であったのであろう。実際に4台のR380-Ⅱがエントリーされ(ドライバーは旧プリンス系が砂子と大石、旧ニッサン系が高橋と北野と仲良く2名ずつ)、同じく3台エントリーされたポルシェ906との決戦に備えていた。
結果はご存知のように昨年までプリンスのワークスドライバーであった生沢徹が見事に優勝し、R380ーⅡは2位に甘んじてしまった。ただ、レース開始直後から生沢と高橋国光のR380-Ⅱはテール・トゥ・ノーズの接戦を繰り広げ、18周目のS字で生沢がスピン、直後についてい高橋もその巻き添えを食ってしまい、生沢はすぐにレース復帰したが、高橋は大きくエスケープゾーンはずれまで回避してエンジンストール、再始動に手間取ってしまい優勝は去っていってしまったのが実際のところである。
このレースはTVで見ていたが、まさに手に汗握る戦いであったと記憶している。またこの後、生沢は同じポルシェの酒井正と後半40周過ぎからデットヒートを繰り広げるのであるが、こちらは酒井のポルシェが30度バンクでスピンしてリタイア(車は大破したしまったが、怪我はたいしたことはなかった)し、その後は燃費を考慮して若干ペースを落としてチェッカーを受けた。
これが第4回日本GPであるが、TVやその後の雑誌で見たR380-Ⅱはポルシェ906ライクなイメージがして美しかった。この頃は速いレーシングマシンは全て美しかったと記憶している(フェラーリしかり、ロータスしかり)。そしてミッドシップに搭載された直列6気筒エンジン改良型があのスカイラインGT-R(通称はこスカ)に搭載されるのである。

ウィキペディアより → ニッサンR380
ウィキペディアより → 第4回日本GP
by motokunnk | 2011-06-09 19:05 | Racing Car | Trackback | Comments(2)

日の目を見なかったニッサンR383

先日のノスタルジックカーショーで見たかったマシンのひとつにニッサンR383がある。このマシンは1970年の日本GP及びCAN-AMシリーズ用に日産自動車が開発していたものである。
しかし、その前年に起こったオイルショックの余波で1970年の日本GPは中止、同時に開発されていたライバルトヨタのトヨタ7は看板ドライバーであった川合稔がテスト中の事故で死亡してしまったため、CAN-AMシリーズ参戦を中止し、マシンの開発もストップ、ワークスとしてのレース活動も休止となってしまった。
そんな中、R383も日の目を見ることなく、ひっそりを開発が終了してしまった。その存在は噂はされていたが、、、
そして日産からR383の存在が発表されたのは1976年、そして実際にサーキットを走ったのは2006年であった。このように数奇な運命をたどったR383であるが、実際に目の前で見ると結構見事なシルエットである。1970年のレーシングカーの時流に沿ってクサビ型のボディラインをとっており、今見ても美しい。
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2006年当時のプレスリリースにR383の説明が詳しく紹介されている。そして先日のショーがyoutubeにアップされていたのには驚いた! プレスリリースには当日の写真もアップされているので、そちらも見て欲しい。私の写真より綺麗である。

プレスリリース → 「ニッサンR383」が36年の歳月を経て初走行
ノスタルジックカーショー → Tokyo Nostalgic Car Show 2011
by motokunnk | 2011-06-01 19:53 | Racing Car | Trackback | Comments(0)

雨のビッグサイトにノスタルジックカーショーを見に

今日からビッグサイトでノスタルジックカーショーが開催されている。今回の目玉は故桜井真一郎の記念展ということで歴代のR380シリーズが展示されるということである。
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ゆりかもめを降りると普段のショーとは違い、ほとんど私一人がビッグサイトに向っているではないか、ただし、実際のショー会場では満員とはいわないが、そこそこのマニアがきていたことを報告しておく。
さてお目当てのニッサンR380シリーズは各地のフェアでその姿は見ているが、一堂に会した姿は見たことがないので是非見学しようと考えていた。朝から雨模様、日曜日は土砂降りになるかもしれないという予報もあり、午前中にビッグサイトに出かけてきた。
桜井真一郎といえばスカイラインの生みの親として有名であり、会場には50~60代のレースでのスカイラインが強かった世代の人がカメラ片手にマシンを撮る姿があちこちで見受けられた。かくいう私もその中の一人ではあるが。
さて、桜井真一郎は旧プリンスでスカイラインを開発したそうで、1964年の第2回日本GPでポルシェ904に敗退したのをきっかけにプリンスR380を開発したそうである。そしてそのR380が宿敵でもあったポルシェを破るわけであるが、そのやり方が巧妙であった。
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1966年の日本GPには滝進太郎のポルシェ906がエントリしており、プリンス(既にニッサンに吸収合併されていた)はR380を4台エントリしていた。このR380は904をモデルに製作されており、その能力では到底906には太刀打ちできないシロモノであった。そしてとった作戦はスタートで頭をとり、ポルシェの前でブロックするという作戦(少なくともTV観戦していた私にはそう見えた)をとったようであった。
そしてその作戦は見事に実り、11号車が優勝したわけである。写真の車がそのようだが、私にはブロックした黄色の8号車の印象が強く残っている(その8号車のドライバーが翌年ポルシェ906で優勝する生沢徹であった)。
雨の中レーシングマシンを見て、昔を思い出してしまうと、私も歳をとったのだなあと実感してしまった午前中であった。他のマシンも写真におさめてきたのでそれらはその思い出とともに別の機会に語ることにする。

ノスタルジックカーショーの公式ホームページ → http://www.nostalgic.co.jp/index.html
by motokunnk | 2011-05-28 18:47 | Racing Car | Trackback | Comments(2)

記憶に残るレーシングカー・その2

昨日に続いて1960年代後半のレーシングカーについてである。「トヨタ7」のライバルであった車について紹介する。その車はニッサンのR380シリーズの最強マシンと私は考えている「ニッサンR382」である。
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1969年10月に開催された日本GPで優勝したマシンが21のナンバーをつけた黄色の車体があざやかなこの「R382」である。黒澤元治が駆り、北野元を引き連れてニッサンに1,2フィニッシュをもたらしている。直前の前哨戦では「R381」の改良版で「トヨタ7」に苦杯をなめていたが、この「R382」は当初は5リッターV12エンジンであったものを日本GP直前に6リッターにパワーアップされている。この1リッターの差が「トヨタ7」に勝利した要因であると当時のマスコミは書きたてた記憶がある。
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ただ、今冷静に考えると、ニッサンワークスのドライバー(高橋国光、北野元、黒澤元治)がトヨタワークスのドライバー(川合稔、細谷四方洋、高橋晴邦他)よりも経験も豊富で、レース駆け引きにひいでいたのではないかと思う。残念なことにこの「R382」はその後翌年に1レースのみを走っただけでニッサンは公害対策に専念するとの理由でレース活動を休止してしまう。今となっては中学生だったレース好きの私のいい思い出の1台のマシンである。
この写真もお台場のイベント時に撮ったものである。他のレーシングマシンと一緒に絨毯が敷かれたひな壇ではなく、ひっそりと飾られていたことを昨日のように思い出す。
by motokunnk | 2010-12-01 19:19 | Racing Car | Trackback | Comments(0)